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家出したら異世界だった  作者: shino
ハインアークの司書
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025

「随分、高く付く依頼だったわね」


 ドロシーが周囲を警戒しながら、そう言った。


「……ま、そうだな。確かに。想定外が多すぎて、割に合わないって思うよ」


「……ねえ、コースケ。その、ごめんなさい」


 ドロシーがこちらを見ずに謝った。その表情は見えない。


 なんでドロシーが謝るんだ? 何かドロシーに落ち度があっただろうか。そう思って少し思案するが、すぐには思いつかなかった。


斑食虫(ディグルハ)の大量発生のこと。依頼だけじゃなくてハインアークのことを下調べしていたら、きっと気づけたわ。私の調査不足で危険な目に合わせて、ごめん」


「…………」


 それは、けど、考え過ぎと言うか、ドロシーの責任じゃないんじゃないのか。だって、そんな裏事情までいつも調べてたら、いくら時間があっても足りないだろう。俺はそう思ってしまうが、けれど、ドロシーにとってはそうじゃないんだろう。


「あのね、これだったら二人で受けられると思って、ちょっと嬉しかったのよ。コースケと一緒で、はしゃいでたの。それで、多分、冷静じゃなかった」


 ドロシーは、感情の無い声で言葉を続ける。


「なんとなく嫌だったのよ。シアラが旅に同行することになったのが。別にコースケのことが好きだから嫉妬したとか、そういうんじゃないのよ。私とコースケはただの旅仲間で、それ以外に一緒にいる理由が無いじゃない。本当のところ、あなたは私と一緒にいなくても良い」


 それは、そんなことは、ない。俺はーー俺もシアラも、ドロシーがいなければ生活ができない。シアラだって、今お金を持っているわけじゃない。西風の薔薇売り(ノグレリア・フルート)を頼れば最低限の生活はできるかもしれないけれど、それだって俺の分も賄える保証はない。俺にもシアラにもドロシーは必要な人間だ。


 ……けれど、今後はどうだ。


 シアラの行商がうまく行って、きちんとお金を稼げるようになって、俺が魔法と武器を使えるようになって、二人だけでも大丈夫になったら。


 それでもドロシーが俺たちと一緒にいる理由は、あるのだろうか。


「ルディアにあなたをつれていくのだって、そうすればあなたは生活ができるようになるからでしょう? だから、私じゃなくても良いのよ、コースケは。誰でも良い。私はあなたの乗り物みたいなものね」


「そんなことは……」


「私はずっと利用されてきたわ」


 否定しようとした俺の言葉を退けて、ドロシーの独白が続く。


「もちろん一方的にじゃないけれど……。そして、それは放浪の討伐者の宿命かもしれないけどね……。私は死の危険が伴うような仕事でもやってきた。家を出て旅をして、それからはずっと一人で、都合の悪い仕事ばかりをあえて請け負って、生きてきたのよ。もちろんそんな依頼ばかりじゃなかったけれど……命を落としかけたことだって、何度もある。今日みたいな混成チームで、裏切られて見捨てられたこともあるわ」


 ユルズは……ユルズは、最後に、倒れる直前まで俺たちのために槍を振るった。自分の死を悟っても、依頼人のためか、即席の仲間のためか、カルマの敵討ちだったのかわからない。けれど、最後まで必死になって戦ってくれた。


 そんな人ばかりじゃない、ってことだ。当たり前に他人を守る人がいれば、当たり前に他人を見捨てる人もいる。


「だから私は、きっと、コースケに安心させてほしかったのよ。私だけだって言ってほしかった。あなたにとってたった一人の身内になりたかったの。言ったでしょ、最初に会った時に、コースケが。俺にはお金も人脈も無いって。本当に何も無いなら、私を特別な(・・・)一人(・・)()選んで(・・・)くれる(・・・)


 そう思っていたのよ、とドロシーは言った。


「妹によく言われたの。私は姉さんだって守れるよ、って。あの子は強くて、私のことを良く分かってた。私の家は魔術師の家系だって、この間話したよね?」


 ハインアークに到着した日の夜だ。


 あの日、俺と出会った時の話と、それからドロシーの身の上話を聞いた。


 魔術師の家系。ここからずっと東にある街で、ドロシーは魔術師の名門の家に生まれた二人姉妹の姉だった。優秀さで妹には劣らなかったが、家がずっと次いできた魔法を、彼女は上手く扱うことができなかったのだと聞いている。


「魔術師として父と母が求めるものに応えられなかった私は、全部投げ出して家を出たわ。その時から、何も無くなった私は、私自身しかなくなった私は、きっと同じように孤独な人を探していたのよ。隣に立って歩いてくれる友達か、仲間を」


 隣に立って歩いてくれる友達か、仲間。


 俺はーー俺には、良太と綾乃がいた。境遇が似ていたわけじゃない。暴力を振るう親父と戦っていたのは、俺だけで、二人はまた事情が違った。けれど、二人は俺を選んでくれていたし、俺だって二人を選んでいた。利害だってもちろん勘定に入れて、全部ひっくるめて、俺に取って二人は大切な存在だった。


 思い出と、執着と、友情と。いろいろなものが、俺と二人の間にはあった。


 ドロシーには、そんな相手がずっといなかったのだろうか。代わりのきかない相手として、ドロシーを選ぶ人が。


「それが辛いってことじゃないのよ。辛くはないの。悲しくもないし、寂しくもない。でも、コースケにとって私だけが唯一この世界の味方だったら、ずっとほしかったものが手に入るんじゃないかって思っちゃったの」


 ドロシーが今やっているのは、欲望の吐露だ。


「だから、ごめんなさい。私が失敗したのはーー」


「ーーもういい!」


 思わず叫んでいた。俺の方を見ないまま、ドロシーが肩を震わせる。小さな肩だ。あんなに巨大で凶暴な蛇や、空を駆けるワイバーンを殺せるところで、それがドロシーの何を支えるんだろう。


「もういいよ、ドロシー。そんなこと言わなくても。まだルディアまでの道は長いんだろ? だから、その間に、ちゃんと思い出を作ろうぜ」


 俺がドロシーにできるのは、せいぜい、綾乃からもらった言葉を思い出しながら、話すことくらいだった。


「思い出があればさ、仲間なんだよ。思い出ってのは消えないんだ。起こった過去は変わらないんだ。これから先、俺とドロシーが離れ離れになっても、もし万が一そんなことがあっても、思い出だけはたった一つなんだ。だからさ、いっぱい思い出作ろうぜ。そうしたら、俺とドロシーは、思い出の分だけ特別なんだ」


 綾乃に言われて嬉しかったことを、必死に思い出しながら、俺はドロシーに言い募る。


「こんな風に死にかけたことも、あのでかいゴーレムから逃げ回ったことも、砂漠で大蛇に立ち向かったことも、シアラを助けたことも、ドロシーに魔法を教えてもらったことだって、この十数日でだって、こんなに沢山のことがあったじゃないか。ルディアにいくまでに、どれくらい、こんな経験をすると思う? もっと沢山だ。それが全部、俺とドロシーだけのことだろ。シアラだってその中にいるかもしれないけど、俺たちだけの思い出だって沢山できる」


 ーー君も私も、私と君の特別な人に、少しずつなっていくんだよ。積み重なった思い出が、どんどん誰かを特別にしていくんだから。


 ああ、くそ。綾乃に会いたくなってくる。あの心にしみる、暖かな笑顔に会いたい。


「死ぬときまで、いつか死ぬときまで、俺はドロシーのことを覚えてる。それに、別れるとも限らないじゃないか。俺がドロシーと一緒にいる理由がないなんて、そんなことないだろ。俺はドロシーに感謝してる。友達だとも思ってる。何度可愛いって思ったか分からないし、何度尊敬したかも分からないさ。何も無い俺をここまで連れてきてくれて、さっきだって俺の命を優先してくれただろ」


 ーーもしあなた達二人がコースケを見捨てるなら、私はあなたたちを見捨てるわ。


 遺跡の中で言ってくれたあれ、嬉しかったんだよ。


「だいたい、ドロシーから、俺が離れられると思ってんのかよ。俺は君に、いろんな意味で依存してるんだ」


 かっこわるい台詞だ。自分で言って、自分でそう評するしかない。でも、俺に言えることは、俺の持っている言葉なんて、そんなもんだ。


「だから、ドロシーが俺にとってなんでもないなんて、悲しいこと言わないでくれ」


「……わかったわ」


 ドロシーは、小さく言った。


「ちょっと、へこんでたのよ。気にしないで。それと、聞いてくれてありがと」


 振り返らずに、ため息をつくような、呆れたような、ほっとしたような、少しだけ軽くなった声音でそう言った。それからシアラとフィーナさんと合流するまで、俺たちは何も話さず、ただ沈黙を保っていた。

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