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家出したら異世界だった  作者: shino
ハインアークの司書
40/78

017

 そんなこんなで魔法を初めて使えた夜の、翌日。ちょっと不服そうなドロシーと共に、俺は仕事だった。昨日と同じグループで、今日は遺跡を調べるとのことだ。


「昨日見つけた通路に入ります。二カ所ありますが、私たちが調べるのは片方だけで、もう一方は別のグループに頼むことになりました」


 とは、ネディアさんの言だ。


 グループは変わらない。ユルズとカルマ、そしてユーリさん、アルニカさん、ネディアさん。そこに俺とドロシーを加えた7人構成だ。


 俺たちが先に発見した側の通路の前で、改めてユーリさん、アルニカさん、そしてドロシーが通路を調べていた。ユルズと俺は周囲の警戒。もし通路の先から危険が迫ったら、最初にドロシーが対応することになる配置だ。


「ネディア、多分大丈夫です。降りてきてください」


 ユーリさんの言葉で、地上に残っていたメンバーも通路に降りる。俺とユルズは飛び降りたが、ネディアさんとカルマはかけられた梯子を使っていた。


 通路は規則的な石ブロックで作られている。ランタンで照らされている部分を見てみたが、特に変わったところはない。前の世界のレンガ……よりは一回り大きいくらいかな。表面は暗い灰色に見えるが、ランタンのオレンジの光に照らされているので、本来の色とは違うのかもしれない。


「推測通りの材質ですか?」


「ええ、そのようですよ。この遺跡に、おそらく造器がある」


 造器。魔法で自動的に生物を生み出す装置。質量保存の法則とか、どうなってんだろうな。


 ユーリさんの言葉にネディアさんがなにか専門用語を交えて答え、そこからはクライアント三人の議論タイムになってしまった。なので、俺たちは通路の先を伺う。もちろん俺は、《闇除けの呪文》を使って、暗闇でも見えるようにしている。ランタンが少し眩しいが、呪文を使っていない人もいるので、分担は成り立っていた。


 湖の側は……あれは、下に降りる階段か? 反対側は、突き当たりまでは一本道の通路になっているみたいだ。階段は不自然に道が途切れて、天井も見えるからそうだと判断したが、実際のところは行ってみないと分からない。


「みなさん、ひとまず湖の側、おそらく下り階段になっている場所を調べようと思います」


 ネディアさんが少し大きめの声で、全員にそう言った。ユルズやカルマも異論はないのか、小さく頷く。


 ドロシーが通路の開かれた部分に使い捨ての簡易的な明かりを置いた。これは二十四時間の間だけ明かりが持続するようになっているらしい。照明器具としては比較的安価で、一時的に設置する明かりとしては悪くないんだとか。ただし、ランタンほどではないが比較的大きいので、持ち運ぶときは三、四個程度にするのがセオリーなんだとか。


 全員で通路の先、天井のある四角い穴蔵に入っていく。


 天井には奇妙な紋様が描かれていた。病目の大蛇(アゴラディレス)の腹部ほどじゃないけど、陰影のある不気味な彫刻だ。それが規則的に繰り返しながら続いている。俺たちが入った通路は、最初から開かれた部分だったらしい。なぜそうなっているのかは分からないが。


「こういう遺跡って、多いの?」


 周囲を警戒しつつ、ドロシーに聞いてみた。


「さあ、私あんまり興味ないのよね。ただ古い建物が残っているっていうだけなら、街中にもいろいろあるし」


「そうなの? それって、ハインアークにも?」


「一応ね。水を舐める猫(リロリティ・リンク)の稀覯書塔とか、あとはいくつかの商館と、議会のある建物もかなり古いはずよ」


「古いってどれくらい?」


「うーん、数百年、とか聞いたことがあるわね」


 数百年。そんなに歴史ある建物がゴロゴロしてるのか。いや、そもそもハインアークっていう街が数百年前からある、ってことか。歴史の長い街だな。


「正確には、三百年ほどですね」


 俺とドロシーの会話を聞いていたネディアさんが、話に入ってくる。


「ハインアークに堅牢で大きな建物が建てられるようになったのは、大きな商人ギルドが生まれてからです。今も残っているハインアーク発祥のギルドは二つで、それらが中心になって作ったんですよ。土木事業は労働者を呼び込むため、そして同時に需要を拡大するためでもあったわけです」


「なるほど。それじゃあ、ハインアークが街として発展する契機だったわけですか?」


「そうですね。それまではあくまでも旅の中継地点といった位置づけだったようです。現に、二九〇〇年頃に執筆されたウェルディア大陸見聞録という古典には、ハインアークという街の名前ではなく、西の交易点と記録されています」


 残念だが、俺は今が何年なのか知らない。少なくとも三二〇〇年よりも後だってことは分かったけどさ。


 そもそもこの世界の暦ってどうなってんだろ。


 そんな会話をしつつ、遺跡の中を進んでいく。ランタンが石レンガの壁に陰影を付ける。俺たちはその中を進み、やがて階段を下りた。階段の角度は比較的緩やかで、十数メートルほど続いている。それさえも降りると、通路の両脇に細い溝が現れた。


「この溝、水の流れがあります」


 アリシアさんが左右の溝を覗き込む。地面に四つん這いになってにおいを嗅いでいた。


「無臭ですね。多分、普通の水だと思います。あんまり触りたくはないですが……。苔もないですし、もしかしたら危険な液体かもしれません」


「ふむ。まあ、そもそも苔はほとんど見られない洞窟だから、一概には言えないが……。危険が考えられる以上、触らない方が良いね」


 通路の左右の溝は、先にもずっと続いているみたいだった。そして、ここから先はどうやら少し複雑な構造をしているらしい。いくつかの脇道が確認できる。おそらく、ネディアさんも眼鏡を使って同じものを確認しているだろう。


 またグループ分けかと思ったが、遺跡内部の地図を作るのも目的らしく、また別れた後で合流できるとも限らないということで、このまま七人で進むことになった。


「まて、何か聞こえる」


 ユルズがそう言って全員に警戒を促したのは、いくつかの角を曲がったところだった。広い通路や水が流れ出ているポイントなどを発見していて、どうやらこの遺跡が何らかの特殊な目的のために建造されたものだという推測が出てきていた。


「これは……羽音、ですか?」


 ユーリさんがユルズに応じる。たまたますぐ側にいたアリシアさんは、耳をぴくぴくと動かしている。


 現在位置は広い通路から腋にそれた細い通路で、天井も低い。俺には何も聞こえないが、耳のいい三人には確かに感じられるようだった。


「数が多いな。斑食虫(ディグルハ)……か? だとしたらヤバいぜ」


 ユルズの言葉に、俺は昨日見た光景を思い出す。確か、この時期は斑食虫(ディグルハ)の大量発生時期だという話だった。嫌な予感がする。


 細い通路には溝があるだけで、身を隠すような場所はない。少し前に戻ればその限りじゃない。確か、広い通路にはかなり深めの溝がって、数センチの深さの水が流れているとのことだった。その溝に身を隠せば、斑食虫(ディグルハ)の群れをやり過ごせる可能性もある。


「向かってきていますか?」


 ネディアさんが素早く尋ねる。耳のいい三人が頷いた。


「ネディア、戻りましょう。広い通路に出れば、あの深い溝に身を隠すことができます。数匹であればやり過ごせるでしょう。あの虫は人を襲いますが、攻撃性が著しく高いわけではありません」


「溝に流れている液体の安全性は確認できていませんが……仕方ありませんね。もし何もなくても、ひとまず戻って他の通路を探索します。ここは後回しです」


「っ! 急げ、羽音が近づいている。気づかれたかもしれねえ!」


「コースケ、先導して。目があるでしょ。私は最後尾にいるから」


 ドロシーが短く告げ、俺の背中を押す。そのままこれまでの進行方向とは逆側の先頭に出る。


「行きます。少し急ぎましょう」


 そう言って走って通路を引き返す。ランタンの明かりは工ネディアさんのものと、アリシアさんのものだけだ。二人とも俺よりも後ろにいて、前方には俺自身の影ができている。それでも、暗闇に何があるか正確に把握できれば、躊躇せず走ることができる。


 数秒走ると、すぐに羽音が追いかけてきた。ここまで来れば俺にも聞こえる。背後からじわじわと迫ってくる。ブンブンという羽音。相当な数だということが、その羽音だけで分かる。


 平衡感覚さえ狂わせるような、気色の悪い生々しい音に、焦燥感が募って呼吸が荒くなる。


 追いつかれたら全員死ぬかもしれない。


 死ーー俺が死ねば、シアラも死ぬ。ドロシーも、死ぬかもしれない。


 羽音が迫る。あと数秒も走れば、広い通路に出る。ちょうどこの通路と直交する構造になっていて、通路に出てすぐ右か左に折れれば、深い溝ーー水路に飛び降りることができるはずだ。飛び降りたらすぐに移動しなければ、次の人が降りられない。


「左右近い方に飛び降りて!」


 そう叫んで、俺は右側に飛ぶ。水路に落ちて、水が跳ねる。幸い、底が滑りやすいといったこともなく、すぐに場所を空けることができた。すぐ後にこちら側に跳んだアリシアさんは、俺を飛び越えて着地する。跳躍力がヤバい。続いてユルズ、ドロシーが降りてくる。


 直後、羽音が轟いた(・・・)。圧縮された空気が吹き出したように、体にぶつかる。軋むような音を立てながら飛ぶ無数の斑食虫(ディグルハ)が、高速で遺跡中に広がっていく。


「危なかったわね。でも、これで終わりじゃない」


 ドロシーの言葉が羽音の中、微かに聞こえた。腰から短剣を抜いて構える。


 水路の先。ほとんどの斑食虫(ディグルハ)が縦横無尽に飛び交うなか、はぐれた数匹がこちらを伺うようにしていた。


 ユルズが槍を構えたところで、俺は失敗を悟る。まずい。俺の失敗というわけではないが、けれどこれは少なくとも致命的な事態に思える。


 つまり……武器を持った人間が、こちら側に偏ってしまった。

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