015
説明回。長い。
「えっと、じゃあよろしく、シアラ」
「はい、よろしくお願いします!」
なんか気合い入ってるシアラさんだった。
場所は野営地から少し離れた場所で、ドロシーは荷物などを見るために残っている。で、僕たちは借りているランタンを地面において、そこから少し離れて向かい合っていた。
ランタンの光がシアラの鎖骨に陰影を生み出していて、エロい。兄妹でも舐め合うくらいセーフだよな。ていうかこの世界遺伝子ってあるんだろうか。ないならもうやっちゃっても問題ないと思うんだけど。ていうか異世界人である俺とこの世界の人間の間に子供って生まれるんだろうか。
試すか。
「それで兄さん、魔法についてドロシーさんになんて教わりましたか」
シアラが無警戒に尋ねてきた。俺は頭を冷静にした。落ち着け。
いくら二人きりとはいえ、野外で事に及ぶわけにはいかない。見られる危険性もあるし、どこか落ち着ける場所にしなければ。いや、そうじゃなくて。今は魔法の練習……訓練タイムだ。いかんな。大分混乱してる。
男ってのは皆こうなってしまうんだよ。
「兄さん?」
「ああ、悪い。えっと、魔法についてね。……まあいろいろ説明されたけど、要するに『空想を具現化するもの』ってのが俺の理解かな」
「『空想を具現化するもの』ですか。間違ってはないですけど、曖昧な表現ですね」
「仕方ない。元々、ドロシーの教え方が直感的なのは俺も思ってたんだよ。そこから広い集めた情報から推測して理解してるから、どうしても曖昧になってるとは思う」
「そうですか……。理屈っぽく説明した方がわかりやすいかどうかは、試してみないことにはわかりません。ドロシーさんの教え方が合わなかったからと言って、私の教え方と相性がいいとも限らないので、その辺りは相性が良ければ御の字くらいに考えておいてください」
「了解。その辺りは何となく分かるよ」
前の世界でもよくある話だったからな。あの先生は分かりやすいけど、この先生は分かりにくいとか。ある人にとって分かりやすい説明が、他の人にとっては分かりにくかったりもするし。そこはもう、相性の問題で片付けるのが現実的だ。より多くの人が理解しやすい説明というのはあるんだろうけど、この場合は生徒が一人である以上、その人がわかるかどうかが全てってことになるんだし。
「では改めて魔法の説明をしますが……。ええと、魔法というのは『想像力によって世界を書き換える技術』です。ええと、そもそも現代魔法はエーテル論という基礎理論から成立していることが多いのですが、この辺りの説明からした方が良いかもしれません」
「現代魔法とエーテル論?」
わざわざ『現代』魔法と表現するってことは、古代魔法でもあるんだろうか。……ありそうだな。失われた魔法の技術みたいなの。大抵そう言うのって、失伝した魔法の方が強いって相場は決まってるんだよな。
「ええ、現代魔法とエーテル論です。現代魔法というのは魔法の便宜上……あるいは、学術上の分類で、エーテル論を基礎にした現代魔法理論によって整理された魔法のことです。それ以外のものを「非現代魔法」とか呼ぶこともあります」
「そこは古代魔法じゃないんだ」
「ええ、そうですね。古い時代に成立した、とくに神話や伝承を再現する魔法は古代魔法と呼ぶこともありますが……。現代に生み出される新たな魔法でも、現代魔法理論を基礎にしていないものは多く存在しますので、非現代魔法という方が正しい、という話ですね」
「ふうん……。まあ、ちょっと分かりにくいけどわかったよ。それで、そのエーテル論っていうのは?」
「はい。エーテル論ですが……ええと、先に断っておきますが、これは概ね正しいとされている理論に過ぎず、魔法のすべてを説明するものでもない、ということを念頭において聞いてください」
「ん、了解」
ニュートン力学を包括する相対性理論が存在したとか、そういう可能性が十分に考えられる、ってことね。そういったことをシアラでも知っている辺り、この世界の教育の方が日本よりもずっと誠実なのかもしれなかった。義務教育がないから、逆に知識人のレベルがあがるというか、知識を学ぼうとする人の姿勢がしっかりしている、という感じなのかもしれない。
「エーテル論は、この世界はエーテルというもので満たされているという考え方です。エーテルは精神感応性という性質を持っていて、世界のあらゆるものは想像力の影響を受ける……、というのが基本ですね。その想像力によってエーテルを変質させ、現象になるほど強く操ることによって、魔法と呼ばれている現象が発生するわけです」
ふむ。まあ、何となく分かった。魔法は単に「強く想像すれば具現化する」ってだけだと思ってたけど、実際のところ、その想像に反応するものがって、それが想像通りに変化することで、魔法が生まれる、って感じか。
「分かったけど、それが分かった所で大きな炎を起こせたりするものなのか? ドロシーの《千の火剣》みたいなさ」
俺がそう尋ねると、シアラは俺から一歩退いて両腕を上げ、無骨な掌を上に向けた。竜の爪のあるその掌は、小さな祭壇のようにも見えた。……ゆっくりと、その爪が赤い光を帯びる。爪の表面を覆うように、そしてより長く、鋭くなるように、赤い光の爪ができる。
「これが、アテアグニ族に伝わる魔法の一つです。私たち竜人は、生まれた時からのような魔法を知っています。……これ、厳密には魔法器官を伴っているものなので、呪文の性質も強いのですが」
ギラギラと輝く赤白い爪。それがぼんやりと照らしたシアラの顔は、引き締まっていて、ベッドの中で見るような不安げな面持ちは感じられなかった。
彼女の両親は商人だったかもしれないし、今の彼女の志も商売にあるのかもしれないが、けれど、彼女は本質的な部分で戦士なんじゃないだろうか。そう思わせる顔だった。
「この魔法を兄さんが使うことは多分難しいですが、まあ、解説用だと思ってください。この魔法は、自分の爪を延長するという想像で使います。最初は微かに伸びる程度です。何度も繰り返し使っていくうちに、自分の射程が伸びたらどうなるのか、どこまで傷付け、何まで防げるのか。そういった事柄が経験として蓄積され、少しずつ射程を伸ばすことができるようになります」
「……つまり、こういうことか。魔法は経験によって裏打ちされ、より鮮明に想像できるようになる」
「ご明察です」
シアラは満足そうにうなずいた。
「小さな火種からはじめて、巨大な炎を操れるようになります。一滴の水から、やがて雨を降らせるようになります。小さな切り傷の治癒から、四肢を再生する魔法に発展します。想像力は経験によって補えます。問題は、最初ができるかどうかです。初めから実用性のある魔法を使うよりも、とにかく小さな魔法を使えるようになることが重要です」
一度できたことは、『そう想像すればそういう現象が起きる』という安心に繋がる。それは想像力を補うから、より魔法は発動しやすくなる。そういったことだろう。
「なるほどな。つまり、俺がやるべきはそういう『小さな魔法』をとにかく発動させることだ、って言いたいんだな」
そうすればいずれすごい魔法も使えるようになる……はずだ、と。
シアラは俺の答えに満足そうに頷く。
「そういうことですね。兄さんの理解が早くて助かります」
両腕の爪の魔法を解いて、シアラは俺に近づき、
「それじゃあ、今日は兄さんの好みの魔法を探す所からはじめましょうか」
と言った。
「好みの魔法? ん、それって、シアラの使える魔法じゃだめなのか?」
「私の魔法は特殊なものが多いですから。砂漠の民の信仰に由来したものか、あるいはアテアグニ族の魔法が主なんですよ。兄さんはエーテル論を基礎にした方が良いと言いましたが、実際のところ、私が教えられる現代魔法は限りがあります。攻撃で言えば、これくらいですねーー《魔法の矢》」
シアラが右手をついっと上げると、白い光の弾ようなものが浮かび上がる。そして右手の動きに合わせて、それは光の軌跡を描きながら風切り音と共に直線に飛び、数メートル先の地面に激突した。思ったより激しい音がして、地面が抉れる。……骨折くらいしそうな勢いだった、と思う。
「これが戦闘魔法と呼ばれる系統の魔法の中で、最もシンプルなものです。物質をイメージして、そしてそれが飛ぶのをイメージする。いろいろと応用も利きますが、私が使える現代魔法はこれだけです」
「これって、慣れるともっと大きいのを出したり、いくつも同時に出したりもできるの?」
「もちろんできますよ。その分難易度は跳ね上がりますが」
「失敗したときはどうなる?」
「上手く発動しないか、途中で集中力が切れて……この魔法なら、生み出した光の弾なんかを空中に保持できなくなったり、それが消えちゃったり、飛ばせても勢いがなかったりしますね。結局、失敗の原因になった「想像力が不足していた箇所」がどこだったのかによります」
「なるほど……。いやまあ、そうか。そうなるよな」
想像力が足りなかった部分は、想像力が足りなかったなりに再現される。その結果を、魔法を使った人が「失敗」だと評価するってことかな。
「現代魔法ってのは、どういうのがあるんだ?」
「いろいろありますよ。古い神話や伝承を現代魔法で発展させたものもありますし。ドロシーさんが使えると言っていた《岩の槍》も現代魔法の一つですね。それから、《千の火剣》も現代魔法として再編されたんじゃなかったかな……。この辺りの再編の事情は詳しくないですが、メジャーな魔法はだいたい、現代魔法に組み込まれているはずです」
「ふうん……。うーん、できればドロシーやシアラと被らないのがいいんだよな。パーティの役割は分担しておきたいというか」
「うん? なんですか、それ?」
「いや、なんでもないよ。まあ、ちょっと考えてみるから待ってて」
前の世界のゲーム脳が抜けない俺だった。
ドロシーが岩と炎、シアラが……格闘、ってことになるのかな? 一応ドロシーも近接戦闘はできるみたいだし。だとすると、俺は支援特化の回復役? 支援ってのは多分、《呪文の王》の権能とも相性がいいと思うし、それ系にするか。
エンチャンターとか、シャーマンとか、白魔法使いとか、そういう役回り。
「他の人を支援するっていう魔法はある?」
俺がそう尋ねると、シアラは難しそうな顔をした。
「支援って、どういうのを想像してます?」
「仲間の攻撃力を上げるとか……いや、これ、ゲーム脳だな完全に」
攻撃力が上がるってなんだよ。あれは武器の性能とか、キャラクターの性能を抽象化して数字にしているものであって、実在するものじゃない。
「……攻撃力というのが物理的な力だというなら、他の人に魔法を使うこともできますけど。でも、それって自分に使う方がずっと楽ですよ」
「そりゃそうか……」




