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家出したら異世界だった  作者: shino
ハインアークの司書
37/78

014

 メギルマ洞の最も一般的に使われている出入り口の近く。そこに設置された野営地で、俺たち四人は食事をしていた。四人というのは、俺とドロシーと、シアラとフィーナさんである。間違ってもユルズなどと一緒に飯を食ったりはしない。


 むしろフィーナさんが輪に加わっているのが謎でもあった。


「ほらシアラ、そんな保存食ばっかりじゃだめよ。私の分あげるから、しっかり食べなさい」


「う、うん。ありがと……」


 フィーナさんがシアラに渡したのは、パンにゆでた肉や野菜を挟んでソースをかけた食べ物だ。ノリとしてはハンバーガーに近い。素手で持って食べられる食事で、今回の調査隊の正式な参加者に配給される食事だった。俺とドロシーの分もあるが、シアラの分はない。俺のをあげようと思ってたんだけど……。


 パンを受け取ったシアラが、嬉しそうにはにかむ。かわいい。いつも通り鎖骨の露出したファッションだった。いや、今そこは重要じゃない。


 フィーナさん、昼の間にシアラを攻略しやがった。恐るべき手管だ。


 ……まあ、シアラの方に隙があったというのも大きいんだろう。隙というか、やっぱり寂しさがあったんだろうな。コリトさんや両親のことは、まだ彼女の心から消えていない。それでも初対面の人と打ち解けて、笑顔を見せられるというのは、心の健康のために良いことだろう。


 俺は内心で、シアラの微笑みが偽りでないことを祈っておく。もし彼女が本心から笑っていなかったとしても、それを見抜くだけの時間の積み重ねは、まだ俺たちには無い。


「それで、二人とも調査の方はどうだったの? まあ後でネディアにも聞くけど、気になるから教えなさいよ」


 フィーナさんが食事をしながら、昼のことを尋ねてくる。既に日は落ちており、野営地の各所にあるたき火と、天幕の下に吊るされたランタンだけが光源だった。それでも十分に明るい。


「特にこれといって変わったことはなかったかな。思ったより幻想的な洞窟で、ちょっと得した気分でしたよ」


 俺は素直な感想を答える。


「あ、でも人の手が入った遺跡みたいなものを見つけたな。明日はあそこを重点的に調べるんじゃないんですかね?」


「へえ、それ面白そう。良いなー。私も同行したい」


 フィーナさんが詰まらなさそうに口を尖らせる。この人、最初あった時から適当なことばっか言ってたけど、今では話し方も砕けてきていて、より一層適当さに拍車がかかっている気がする。


「フィーナさんも頼めば一緒に来れるんじゃないですか? そんなに危険はなかったですよ」


「うーん、今回は留守番って約束なのよね。それに、危険がなかったっていうのはたまたまだと思うけど?」


「……どういうこと?」


 フィーナさんの発言に、ドロシーが尋ね返す。危険がなかったっていうのはたまたま、というのが引っかかったんだろう。フィーナさんは少し思案して、それから口を開いた。


「メギルマ洞って、例年、斑食虫(ディグルハ)の大量発生源になってるのよ。大量発生と言っても、それで虫の甲殻が手に入るし、ハインアークは農業よりも交易だから、そんなに被害はないんだけどね。ただ、少なからず怪我や事故の元にはなってるから、街に住んでる人でこのことを知らない人はいないわ」


「そういえば、一匹だけ遭遇した斑食虫(ディグルハ)は卵を抱えたわね。今が繁殖の季節ってことかしら?」


「うーん、私は虫には詳しくないから、わかんないなー。でも確かに、大量発生の季節はだいたい今頃ね」


 ……んー? なんか、変な気がする。気のせいか?


 パンを齧りつつ、思案する。虫の大量発生の季節があって、それが今頃。で、洞窟には卵を抱えた斑食虫(ディグルハ)がいた。そのことは街の人なら誰でも知っている。


 なんか、あとちょっとで思いつきそうなんだけど。すごいモヤッとする。


「どうしたの、コースケ?」


 ドロシーが俺の顔を覗き込んでくる。距離が近くて、俺の思考は一気に吹っ飛んだ。心臓の鼓動が速くなるのがわかる。おっとりとしたドロシーの目が、俺を覗き込む。


「いや、なんでもないよ。ちょっと考え込んでただけ」


 慌てて顔を背ける。心臓に悪い。


「そう? ならいいんだけど」


 ドロシーは俺の返事を聞いて、すぐに元の位置に戻った。


「そういえば、苦痛好む真理アグリローア・ココロゥはこの洞窟の魔造生物を作り出している魔法具を探してるんですっけ?」


 俺は話題転換を兼ねて、気になっていたことをフィーナさんに尋ねる。


「その魔法具ってどういうものなんですか? それと、どうしてこの洞窟にあるってわかるんです?」


 これはネディアさんに聞きづらかったことだ。余計な詮索をしていると思われるかもしれないというのと、雑談をしにくい雰囲気の人だったから。ユーリさんやアルニカさんに聞いても良いんけど、湖のとき以外はずっとネディアさんも一緒だったしな。そもそも、調査中はあまりいろいろと話をする空気でもなかったし。


「魔法具の造りは見てみないと分からないわね」


「そうなんですか?」


「魔造生物を作る魔法具のことを造器って言ったりもするけど、形も性能もバラバラなのよ。古代文明の遺物っていうやつ。いろいろな錬金術ギルドが確保したり調査したり、頑張ってるんだけどね。製造には至ってないの」


 古代文明の遺物……。なんかロマンのある響きだな。


「メギルマ洞にその魔法具があるっていう根拠は、魔造生物がいるからよ」


「魔造生物は造器っていう魔法具からでないと生み出されない、ってことですか? だから、魔造生物のいる場所には、造器がある」


「その通り。魔造生物は寿命が短い傾向にあるし、繁殖能力を持たないものがほとんどなのよ」


 なるほど。つまり、ある一定の地域より外に現れることは滅多にないってことか。


「まあそんなところね。んー、よし。それじゃあ、私はネディア達と打ち合わせがあるから、また後でね。シアラちゃん、頑張ってねー」


「が、がんばります」


 何を頑張るんだよ。


 背伸びをして悪戯っぽい微笑みでシアラにそう告げたフィーナさんは、軽やかな足取りでどこかにいってしまった。どこかにというか、普通にネディアさんたちのいるところだろうけど。


「さて、どうする? 今日も魔法の練習してから寝る?」


 食事を終えたドロシーがそう尋ねてきた。


 数日前、砂漠での旅すがらにはじめた魔法の訓練は、可能な限り続けていた。相変わらず俺が魔法を使える気配はないが……。普通こういうのってさ、こう、現代の知識を応用してより高度な魔法が使えたりするもんなんじゃないのかね。より自然現象に逆らわない範囲で物事をイメージした方が魔法が発動しやすいとか、そういう理屈が成立しそうなもんだけど。


 そうはいっても、俺は別に成績優秀な方じゃないしな。創作が趣味だったというわけでもないし。そもそも趣味ないし。趣味なんて持とうものなら親父が黙ってなかったからな。


「うーん、まあそうだね。そんなに疲れてもないし。……この辺だとやりにくいから、もうちょっと開けた所に行ったほうがいいかな」


 そう言ってドロシーに応じると、ドロシーは少し思案するような顔をして。


「まあそうね。洞窟に少し近づいた辺りが悪くないんじゃないかしら。荷物は放っておいても誰も盗まないとは思うけど、一応シアラ、見ていてくれる?」


「あ、あの、それなんですけど」


 ドロシーに話を向けられたシアラが、ちょっとおどおどと応じる。言いにくいことを言おうとしているように、ちょっと視線をそらして。緊張しているというか、恥ずかしがっているというか。


「今日は私が兄さんに魔法の手ほどきをしたいです。あの、ダメ……ですか?」


「…………」


「…………」


 沈黙。ドロシーの表情は残念ながら見えないが、シアラはドロシーを伺うようにチラチラと見ていて、何故か顔が赤い。緊張しているのか? 俺に魔法を教えたいって言うだけで? なんでやねん。


「えっと、俺は良いけど」


「コースケは黙ってて」「兄さんには聞いていません」


「なんで!? 理不尽!」


 俺には師を選ぶ権利さえないというのか!


「……コースケに今まで魔法を教えていたのは私なんだから、これからも私が教えた方が良いと思うんだけど」


「それはそうなんですが、今まで兄さんが魔法を使う兆しさえなかったではないですか。私が教えたらもしかしたら使えるようになるかも知れません。聞いていると、ドロシーさんは感覚の話ばかりしていましたし」


「か、感覚の何が悪いのよ! 魔法なんて感覚で使えるようになるものじゃない!」


「それは感覚だけで使える人の理屈です! そうじゃない人もいるんですよ! 兄さんはあれだけすごい呪文が扱えるんですから、魔法が使えないはずがないんです!」


 ズルしている身としては非常に耳が痛い。ていうか、『呪文の王』の話はしたよね?


「それに! ドロシーさんばっかり兄さんと二人でいちゃいちゃしててずるいです!」


「シアラだって毎晩毎晩コースケと二人で一緒のベッドに入ってるくせに! 兄妹とか言っても義理みたいなもんなんだからもうちょっと自重しなさいよ!」


 周囲のメンズ冒険者から圧力ある視線が突き刺さっている気がするが、気のせいだろう。というか、こいつらなんで喧嘩してんだ。この喧嘩の主原因はなんだ。


「うるさいうるさいうるさいです! とにかく今日は私が兄さんに魔法を教えたいんです!」


 結局、その後もいろいろと悶着があったんだが、シアラの宣言にも似たその言葉の通りの流れとなったのだった。

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