013
斑食虫の死骸の脇を通り抜けて、俺たちは先に進む。
先ほどと同じようにドロシーが先導し、俺が背後から暗闇を覗き込む。……得に変わったことはない。不安定な足場に注意しながら、周囲を観察するユーリさんを急かさないペースで進む。ランタンの明かりは再び元通りにしていた。これがないとユーリさんは歩きづらいだろうから。
そろそろ湖の外周を半ばほど進んだと思える頃だった。俺は闇の中に、奇妙なものを見つける。いや、これを奇妙だというのは、もしかしたら俺が無知なだけかもしれないけど。
つまり、人工的な溝、だった。天井のない通路が地面に埋まっているみたいな溝。その通路は進行方向に対して斜めに伸びていて、手前側は湖に、奥側はどこか分からない場所に向かっている。露出しているのはたまたま俺たちが通りかかったこの場所だけだ。湖側も奥に続いている側も、岩石の下敷きになって、四角い穴がぽっかりと開いている。
「ちょっと待って、何かある」
俺は二人にそう言って、先導するドロシーを追い越して通路にランタンを向けた。足下に広がる人工的な、大きな溝のようにも見える通路が光に照らされる。材質はこの洞窟の他の部分とは異なり、黒っぽいガラス質の石のようだった。
「遺跡……のようですね」
ユーリさんが呟く。なるほど確かに、埋もれてしまった古代文明の遺跡、のように見えないでもない。
……あまり驚いてないように思えるのは、気のせいだろうか。もしかしてユーリさん、こういうのが見つかるかもしれないってわかってた?
いや、そうか。よく考えれば魔造生物を作り出している魔法具を探してるってことだったな。それがこういった遺跡の奥に安置されていて、そこで魔造生物が生み出されて続けている。稼働し続ける無人の遺跡ってのは、ファンタジーゲームだとお決まりのシチュエーションだ。
「この上を渡るのは少し難しいですね……。一度下に降りて、また上ることはできますか?」
「私は可能ですが、できれば梯子を用意するか、簡易的な橋を渡すか、あるいは迂回した方が良いと思います」
そう言ってドロシーが俺を見る。確かに俺はこの高さだと上れない気が……。……あ、そっか。暗闇を見れるのは俺だけだった。迂回ルートがあるか調べろってことだろう。俺はすぐに周囲を見渡す。
「……迂回は、できそうですね。行ってみないと確実なことはわかりませんが」
もう少し湖側に近づけば、湖の淵を通ることができそうだった。……この通路、湖の内部にも続いてるのか? けれど、通路には一切水気がない。だとすると、湖の底よりも下に向かって通路が伸びているのかもしれなかった。こう、階段みたいな。
「では、ひとまず迂回しましょう。その前に、すこし見ておきたいので、待っていてください」
ユーリさんはそう言うと、耳をくるりと回して目を瞑る。周囲を警戒しているみたいだ。俺も素早く視線を走らせる。特に通路の奥、岩の下に入り込んでいる影の中を。微かに発行している鍾乳石とは違って、黒っぽい材料でできている通路の内部は見にくい。けれど、とにかく見える範囲に生き物が潜んでいるということはなさそうだった。
安全だと判断したのか、ユーリさんが通路に飛び降りる。足音もなく着地し、きょろきょろと周囲を見回す。それからランタンを地面に置いてぺたぺたと壁を触ったり、床に四つん這いで這いつくばって何かを調べたりしてる。……四つん這いがエロいとは言えない。
ちなみに彼女、荷物はネディアさんのところに預けているので、今は比較的軽装備だった。腰にナイフはあるし、ランタンも持っているが、かさばりそうなものは放置してある。邪魔にならないよう体にぴったりとくっついているファッションだ。けっこう厚手の服なのだけど、出過ぎない体のラインがかえって可愛らしく、なんかこう、リビドーを持てましている俺としては辛いものがある。
てかこの世界、可愛い子多いよな……。男も含めてだけど、平均値が高いというか。俺、浮いてないよな?
しばらくそうして調べていたユーリさんだったが、満足したのかドロシーに引っ張り上げられて上によじ上ってきた。ドロシー力強いな。俺の方が非力かもしれない。
「まあ見たらわかりますけど、この通路は人工的なものですね」
そうでしょうね。
こんなのが自然物だったらファンタジーがファンタジー過ぎる。……いやでも、この世界ではゴーレムは自然の生物なんだっけ? でもさっきのトカゲは製造された生き物なんだよな。なんか、そう考えると、見ただけで人工物かどうかなんてわかんないのかもしれない。
「ともあれ、一度ネディアのところに持ち帰らないとダメですね。行きましょう。アルニカたちのグループにも、この通路のことを伝えなければなりませんし」
「じゃあ、進みましょうか。コースケ、後ろはお願いね」
「了解」
短いやり取りをして、再び歩き始める。少し道を戻って、より湖に近いルートを歩く。少し足場が悪いが、注意していれば通れないということもない。
進行方向に目を向けると、ランタンの明かりが見えた。どうやらユルズたちのグループみたいだ。狭い通路ですれ違うのもどうかと思い、開けた場所で彼らを待つ。しばらくすると、岩陰から三人が現れた。
「よお、やっと合流だな」
三人とも特に怪我などはないみたいだった。けれど、ユルズの槍には血の跡が見える。何かと遭遇したのかもしれない。
「ユーリ、そちらはどうでした?」
「通路のようなものを発見しました。アルニカの方は?」
「こちらでも一つ、通路を発見しました。湖の地下に向かっている階段でしたが」
「私の方も、階段までは確認していませんが、湖の地下に繋がってるのではないかと思います。これは大きな発見かもしれません」
手を合わせて楽しそうに話す二人。女の子が仲良さそうにしているのを見ると和むな。
「コースケ、そっちには何かいたか?」
猫耳少女に和んでいると、ユルズが声をかけてきた。
「ん、ああ。でっかい虫がいたよ。あと、トカゲみたいな生き物がそいつに食べられてた。灰色のやつ。ユーリさん曰く、魔造生物らしい」
「虫は見なかったが、魔造生物ならこっちにもいたぞ。あれは蜘蛛みたいなやつだったな」
「それは虫じゃないのかよ」
「いや、ちょっと違った感じなんだよな……。見ればわかると思うんだが、虫ってわけではない」
ふむ……。どんなのだろう。あんまり見たくない。
「まあともかく、お前も気をつけろよ」
「ん、ああ。まあ、ありがとな」
謎のやり取りをして、ユルズ達と別れる。なんで突然フレンドリーだったんだ、アイツ。
なんかキモいな。
今度はユルズ達が歩いた道のりを、俺たちが歩く。相変わらずドロシーが先頭で進んだ。
途中でユルズ達が殺したであろう蜘蛛っぽい四本足の生き物がいたが、確かに蜘蛛っぽいけど蜘蛛ではなかった。薄い円盤みたいな体に、放射状に四本足が生えていて、牙とシッポのようなものがある。灰色の体だった。背中は甲羅みたいな雰囲気になっていて、鱗のようなものが体表を覆っている。爬虫類にも機械にも蜘蛛にも見える、変な生き物だった。
「魔造生物はわりと何でもありですからね。魔法器官を備えさせれば、物理的に無理がある体でも問題なく動かすことができますし」
というのはユーリさんの言である。
それから、俺たちが見つけた通路と似た造りの階段も見つけることができた。アルニカさんが言っていたやつだろう。こちらも地面に埋まるようになっていて、確かに階段の下る先は湖の底よりずっと下のようだった。
やっぱり、湖の底に何かあるのか?
そう思うけど、それを調べるのは俺の仕事じゃないしな……。明日の調査でもうちょっと面白いところが調べられると良いんだけどな。
やがて俺たちはネディアさんの待っている最初の地点に戻ってきた。ネディアさんはランタンを灯して簡易的な椅子を広げ、寛いでいた。何かが襲ってきたらどうするつもりだったんだろう。……いや、ネディアさん本人も多少は戦えるのかもしれない。そうでないと、一人で待ってるなんて言い出さないだろうしな。
「お疲れさまです。どうでしたか?」
ネディアさんは俺たちを見つけて神経質そうに尋ねた。もうちょっと愛想良く労えと思わないでもない。ああ、綾乃の笑顔が恋しい。
ユーリさんが通路を見つけたことや斑食虫と遭遇したことを報告していると、ユルズ達も戻ってくる。一通り報告が終わったところで、ネディアさんが口を開いた。
「了解です。もうすぐ暗くなり始めますし、今日の調査はここまでにしましょう」
こうして、調査の前半は終わりを告げた。




