011
メギルマ洞。ハインアークの南東に広がる平原の地下を、雨水が広く削り出して生み出された広大な洞窟。まあ、要するにそこは鍾乳洞だった。
ぬるぬると光っている岩肌を、慎重に歩く。俺とカルマが最後尾で、その前に調査隊の三人。前方がユルド、さらに前方がドロシーだった。ユルドとドロシーの位置が近いのが腹立つが、流石に仕事中はドロシーにちょっかいをかけることもないようなので、今のところ様子見している。
調査隊は二人の猫耳少女と一人の眼鏡系男子だった。名前は……ユーリ、アルニカ、ネディアだったか。赤毛猫耳と金髪猫耳。ついでに神経質そうな色白眼鏡だ。猫耳の二人は興味深そうに洞窟の内部を見渡しているが、眼鏡はそこまででもなさそうだった。
メギルマ洞は薄暗いが、全く光がないわけではない。所々、地上まで穴があいていて、明かりが差し込んでいる。また、この鍾乳洞を形作っている岩石が光る性質を持っているらしく、乳白色の岩肌がぼんやりと輝いているのだ。なかなかに幻想的な光景だ。
所々に水脈や滝があり、その流れは至って静かだ。滝といっても、大量の水がざばざばと流れ落ちるようなものではなく、岩肌を少しずつ流れ落ちる水の膜がある、みたいな感じのだ。わき水って表現の方がしっくりくるかもしれない。
今回の調査隊は全部で四グループ。そのうち一つが、ネディアさんをリーダーとする俺たちのグループだった。
フィーナさんとシアラは洞窟から少し離れた場所にあるキャンプで待っている。他にも何人か、予備の人員とか他の冒険者の付き添いとか、あるいはフィーナさんのような立場の人なんかが同行していた。時刻は昼を過ぎていて、昼食後の調査開始だった。
明るさをしぼったランタンで周囲を照らしながら、ドロシーの先導とネディアさんの指示に従って進んで行く。途中で小さな昆虫を見つけて捕まえたり、あるいは立ち止まって調査隊の三人があれこれと話し合ったりすることはあるが、事故のようなものもなく危険な生物とも遭遇しなかった。
個人的には魔造生物ってのを見てみたいけど。
乳白色の淡く輝く岩石が、ぼんやりと道のりを暗示している。そこにランタンの光が差し込まれ、暗闇と白っぽい岩肌のコントラストが強くなる。そんな景色を繰り返しながら進んでいると、大きく開けた場所に出た。
「これは……。湖のようですね」
ネディアさんが呟く。見ると、眼鏡が燐光を放っていた。暗視の呪文みたいなものがあるらしい。眼鏡に呪文式を刻んであるんだな。
「なかなかのサイズですね。上下に広いわけではなく柱状の鍾乳石も残っている……。崩落の危険性は少なそうですね」
「どうします?」
ドロシーがネディアさんを振り返って尋ねる。どこかで擦ったのか、頬が汚れていた。
「ふむ……そうですね、今日はこの湖の周囲を一通り調べて終了としましょうか。ここまで大きいものがあるとなると、明日の調査計画を見直すのも良いかもしれません」
「わかりました。それじゃあ、誰かがここに残って、グループを分けますか?」
「そうですね、皆さんはどう思います? 私としてはドロシーさんの提案の通りにするのが、手っ取り早くていいと思うのですが。意見を聞かせてください」
「俺は反対だな」
最初に言ったのはユルドだった。
「グループを分けるなら前衛はそれぞれに付くのがセオリーだが、この面子の場合、俺とドロシーちゃんは離れない方が良い。……いや、別に変な意味じゃない。単に、分野の違いが問題だって言いたいんだ」
睨みつけたら言い訳がましい台詞が継ぎ足された。
「俺が使うのは槍だ。威力が高いが取り回しにくい。それに対してドロシーちゃんは短剣使いだろう。間合いは狭いが器用に動ける。この洞窟には大型の生物も小型の生物もいて、どっちもそこそこに危険だって聞いてる。小さいのしかまだ見ちゃいないが、ドロシーちゃんしかいない状況で大型に遭遇すると危険度は跳ね上がるだろう。そういう特性の差があるから、前衛は分かれない方が良い」
まあ、言っていることはごもっともだ。少なくとも彼はドロシーの切り札である《千の火剣》を知らないから、そういう判断をするのは間違ってない。それに、どっちにしろ《千の火剣》は今回だと三回までしか打てない。ドロシーがあの魔法を使うには、ガラス片が必要になるからだ。そのストックが三個しかない。
そう考えると、確かにユルドの主張は正しいと思うし、安全性を優先するなら分かれるべきじゃない。……ユルドの主張がどうであれ、安全性だけを取るなら絶対にグループ分けなんてすべきじゃないんだけど。
「ご心配痛み入るけど、私は大型生物が相手でも問題ないわよ。そもそも私は魔法を使って戦うタイプで、短剣は単純に使い勝手が良いから使ってるだけ。このパーティーで前衛なのも、その方が都合がいいからよ。ユルドがちっちゃいやつ相手に槍だと戦えないって言うなら話は別だけど」
「なっ……そんなこたねえよ!」
「じゃあ、あなたの主張はひとまず取り下げね」
取り下げられた。ユルドもドロシーが言うならと思ったのか、渋々ではあるが引き下がる。
「危険度っていうなら、哨戒能力が問題ですよね」
次に発言したのはカルマだ。
「これまではドロシーちゃんが先行していましたが、グループ分けするなら哨戒をつとめる人物もう一人必要です。ネディアさんの代わりに進行方向を決められる人間も必要になります。元の場所に戻るだけならユルドの方向感覚があれば大丈夫だと思いますけど、暗視の魔法具はおそらくネディアさんしか持っていませんよね?」
「いや、予備は一つある。ただ、こちらは待機組に持たせたいな」
「だったら、その辺の問題でグループ分けは却下ですね。このまま湖の周囲を調べましょう」
暗視の魔法具……。さっき光ってた眼鏡か。そういえば、これまでの道中でもネディアさんの眼鏡が光ってたことがあった。あれが暗視の力を発動してた時……みたいだな。うん。
「その呪文なら使えるぞ」
「ほう……?」
俺がそう言うと、ネディアさんの目が光る。カルマはこちらを見て疑ってるのがありありとわかる目を向けてきた。ドロシーは普通だった。
「試しに使ってみてくれいないか?」
「ああ、はい。えっと、《我が目、外縁の空、地平までの道のりを辿る霊気、気高き光の妖精の寵愛無き旅路に幸あれ、世界との接点は切り繋がれ、また解け結われる》」
呪文を唱える。視界がぼんやりと青白くなり、色の区別がつきにくくなる。ランタンが少し明るすぎるように感じる。そして湖の全貌を見渡すことが出来た。
鍾乳石が何本も自ら突き出しているこの湖は、ぐるりと一周することが出来そうだ。外周は曲がりくねっていて、いくつかの水路と接続されているらしい。俺たちがはいってきたのと同じような道がいくつかあった。
「すごいな、君は。闇除けの呪文を空で詠唱できるとは思わなかった。あの複雑な呪文を正確に唱えられるのは珍しい」
呪文式の詠唱は普通に難しい。《呪文の王》の権能で他の人よりは簡単に唱えられるんだろうけれど、そもそも内容のわりに詠唱が長いのだ。キーワードで作動するようにあらかじめ準備されているような魔法具だったら、大抵は一言だけの詠唱で済むんだけど。図書館の稀覯書塔にあったランプみたいなやつ。
「フン、気持ち悪いインテリ野郎が」
ユルドがなんか言ってるけど気にしない。
「あ、俺としては、哨戒より連絡の方が問題かなと思いますけど、そこはどうですか? グループ分けするなら、何かあったときのための連絡手段が必要じゃないかと思うんですが」
以前、砂漠で超大型の生物がオアシスに向かっているのを発見した時、ドロシーが信号弾みたいなものを空に打ち上げていた。ただ、この狭い洞窟の中であの手段は使えないだろう。何か別の方法が必要になる。
「そうですね。そこについては二つほど手段を用意しています。一つは信号用の松明です。もう一つは連命石ですね」
「なるほど。それがあるなら多分大丈夫ですね」
ネディアの言葉にドロシーが頷く。それがどういったものかはわからないが、ドロシーが大丈夫だと言うなら大丈夫なんだろう。
「これで哨戒の問題は解決ですね。他に懸案事項はありますか? なければ、グループ分けして左右からぐるりと湖を回りたいと思うのですが」
ネディアさんの言葉で、グループ分けが始まった。




