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家出したら異世界だった  作者: shino
ハインアークの司書
33/78

010

 翌朝。集合場所であるハインアークの東門には、数十人からの人だかりができていた。弓を持った人、大きな剣を持った人、ドロシーのように武器を隠してそうな人など、様々だ。あるいは、少し仕立ての良さそうな服を着ている運動の出来なさそうな人もいる。


 その中に俺は見知った人を見つけた。フィーナさんだ。思わず近づいて声をかける。


「フィーナさん、おはようございます」


 俺が声をかけると、フィーナさんはこちらを見て驚いた様子もなくひらひらと手を振った。


「おはよう、貧相な研究家さん。奇遇ね」


「奇遇だって言うわりには驚いてなさそうですね。僕がここに来ること、知ってたんですか?」


「まさか、知らないわよ。そうかもしれないと思っていただけ」


 ……なるほど、昨日の意味深な微笑みはこれを予想してのことだったのか。


 ドロシーとシアラは先に名簿を持っている人のところに行って、シアラのことを話しに行っている。そのため、とりあえず今は俺一人だった。


「フィーナさんは水を舐める猫(リロリティ・リンク)に所属してるんですよね? 今回の調査にはどういう経緯で参加するんですか?」


「調査を行ってる苦痛好む真理アグリローア・ココロゥに、うちの図書館から何冊か貴重品を貸し出してるのよ。その監督と、あとは好奇心ね」


 なるほど。好奇心は猫を殺す。……いや、やっぱ今の無し。縁起が悪い。フィーナさんは猫ってより豹って感じだけど。


 フィーナさんが首を傾げると、ふわりと花の香りがした。この香りにも慣れた。独特のすっとした甘い香りは、嗅ぐと少しだけホッとする。なにかこころを落ち着ける作用でもあるのかもしれない。


「あなたは冒険者ってことになるのかしら?」


「一応、そういう建前でここにいます。まあ肉弾戦は無理なんですけどね。呪文専門なんで」


「魔法じゃなくて? やっぱり、珍しいのね」


「まあその辺は複雑な事情があるんですよ……」


 ドロシーと共に魔法の練習は続けているが、未だに成功した試しはない。そう言えば図書館には魔法の入門書みたいなものはないんだろうか。たとえば、発動が比較的簡単な初心者向けの魔法をしたためた本だとか。そういうのから練習した方が良いかもしれない。


 そう思ってフィーナさんに聞いてみようと思ったが、それはドロシーの声に遮られた。


「コースケ、その人、知り合い?」


 背後から声がしたので振り返ると、ドロシーとシアラがこちらに来ていた。シアラが安堵したように顔を緩めているところからして、どうやら同行の許可は貰えたらしい。


 俺はドロシーとフィーナがお互いに見えるよう、少し立ち位置をずらす。


「おかえり、ドロシー。紹介するよ。この人は俺が通ってる図書館の……司書、ってことになるんですかね?」


「そうね。はじめまして、ドロシーさん。ギルド水を舐める猫(リロリティ・リンク)のフィーナ・ルルイエよ」


 そう言ってフィーナさんがドロシーに手を差し出す。なるほど、こちらの世界にも握手という文化は存在するらしかった。あるいはこの国か。


「はじめまして。私はドロシー、フリーの討伐者よ」


「あら、それは頼りがいがありそう。そちらの子は?」


 フィーナさんが体を傾けてドロシーの背後にいるシアラを見る。再び安心する花の香りがした。


「あ、はじめまして。シアラです。えっと、兄さんの妹、です。ただの付き添いです」


 それは紹介になってないぞシアラ。誰が兄か言わないとわかんないだろう。状況的には俺しかいないけども。


「へえ、妹ね。なるほど、君は年下の女の子に『兄さん』って呼ばせて喜ぶ性癖があるのね」


「違います」


 ニヤニヤと嫌らしく笑うフィーナさんに、真顔で断言しておく。


「その辺りは複雑な経緯ってのがあるんですよ……。えっと、ドロシー、何か俺が聞いておくことってある?」


「私たちと一緒にパーティーを組む二人がもう到着してるらしいのよね。二人と顔合わせをしておいたほうが良いかも。舐められないようにね?」


 うっ……。まあ、善処します。


「それじゃあ、フィーナさん。また後で」


「はいはい。二人とも頑張って。シアラちゃんは暇人同士、お話ししようね」


「あ、はい。よろしくお願いします」


 なぜか律儀にお辞儀をするシアラだった。この二人、何話すんだろう。


 話し振りからして、フィーナさんも待機組なのかもしれない。シアラの話し相手になってくれるならありがたい。一人で残して変な男に絡まれたりしたら最悪だからな。殺すかもしれん。殺人は良くない。


 そんな益体もないことを考えながらドロシーの案内に従って、二人の人物と対面した。


 一人は屈強な男で、オレンジの毛皮を手足に持つ獣人だった。瞳は縦に割れ、まだ若さの残る顔つきだ。ガタイの良い高校生って感じ。手には槍、腰にはホルスターに三本のナイフを吊っている。ナイフの柄には輪が取り付けてあるところを見ると、多目的ナイフみたいな扱いかもしれない。サバイバルナイフみたいな感じの。


 もう一人は背の低い中性的な……多分、男だ。俺の胸元くらいの身長の男。耳が尖っている所を見るに、そういう種族なんだろう。妖精みたいな感じのやつ。弓を腰に吊っていて、アクセサリーも沢山身に付けている。うるさそうだ。


「お、女の子と一緒になるのは久しぶりだな。俺はユルド。こっちのちっこいのはカルマだ」


 カルマ! そんなかっこいい名前をこんなモブっぽいやつに使っていいのか!?


「私はドロシー。こっちの何も出来なさそうなのはコースケ。私とユルドが前衛ってことでいいのかしら?」


 ドロシーがそう言いつつ、カルマに視線を向ける。カルマは悪く言えば軽薄そうな、良く言えばフレンドリーな笑みを浮かべた。


「そうだねー。僕は弓使いだし、そっちのおにーさんは魔法専門みたいな感じがするし。とりあえずは哨戒をドロシーちゃんかユルドがやって、僕とおにーさんは調査隊の近くで待機っていう感じで良いんじゃないかな」


 俺は『おにーさん』でドロシーは『ドロシーちゃん』かよ。俺に喧嘩売ってんのかこのガキ。


 ユルドがカルマの発言に同調する。


「そうだな。俺とドロシーちゃんがペアってことでいいだろ。よろしくな、ドロシーちゃん」


 そう言ってユルドがドロシーの肩に手を回そうとする。


 これはダメだな。腹立つ。これは男の安っぽいプライドの争いだ。俺は今戦争を仕掛けられている。良いだろう。応じてやる。


 俺はユルドの腕を掴んだ。


「……なんだよ、にーちゃん。何か気に入らないのか?」


「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。えっと、ユルドだっけ? 君さ、不用心なんじゃないのかなって思って」


「何?」


 ユルドの表情がぴくりと歪む。見下ろすように俺を睨みつけて、その鋭い瞳を細くする。腕を振り払おうとはしない。


 ドロシーが無表情で、カルマが呆れたように、俺たちを見ていた。


「俺の何が不用心だってんだ? 初対面のお前に何がわかる? それとも、女触られそうになったくらいでキレてんのかよ。みっともねーな」


「お前の方こそ、みっともないって。この腕輪、ちゃんと手入れしてないだろ」


 《呪文の王》の権能が教えてくれるのは、不完全(・・・)な呪文式。ユルドの腕輪の効果は、戦意の現象化。シンプルにいうなら「攻撃力アップの腕輪」だ。ただし、完全な呪文式なら、だけど。その効果は既に失われてしまっている。


「腕輪だけじゃないな。その槍には二つほど呪文式が刻まれていたみたいだけど、一つは既に潰れて使い物にならない。最近槍の貫通力が落ちたんじゃないか? 加えて、腰のナイフも二つはダメになってるな。それじゃあただのナイフだ。ポーチの中に魔法薬があるけど、それを保存する瓶も使い回しで、いくつかは保存の呪文が欠損してる」


 矢継ぎ早にユルドの杜撰さを指摘していく。冒険者としてのプライドがあるなら引き下がるし、ないならもっとやり方を変えれば良い。


 予想通り、ユルドは目を見開いてわなわなと肩を振るわせた後、乱暴に俺の手を払った。痛い。


「糞が! お前何者だ! なんで俺の手持ちの状態がそんなにわかる!?」


なんで(・・・)? そんなこと、今重要か? 今してるのは、女に鼻の下伸ばしてる暇があったら、もっと真面目にやったらどうなんだって、そういう話だろ?」


 正面からユルドを睨みつける。殆ど間近でにらみ合うようになる。これは親父のやり方だ。


 先に目をそらしたのはユルドだった。


「……ああ、悪かったよ。でもな、覚えてろ。……いくぞ、カルマ」


「はいはーい。それじゃあね、ドロシーちゃんと、コースケ」


 それだけ言い捨てて、二人はさっさと離れて行った。離れてどうするのかは謎……いや、お互いに頭を冷やす必要があるだろう。


 今更気になって周囲を見渡したが、俺たちの小競り合いは特に目立ってもいなかったらしい。ちらほらと視線を感じたような気がしたが、露骨に見ているやつは皆無だった。


「コースケ、あんたいったい何してくれたの?」


 ゾワリと、背筋に冷水を浴びせられたような悪寒が走った。


 見るとドロシーが激怒していた。目が据わっている。そしてなんかオーラみたいなのが見える。禍々しい怒りのオーラだ。


「い、いや。だってアイツ、ドロシーに触ろうとしたし。馴れ馴れしいじゃん……? それにほら、俺も舐められたらダメだし、力を見せる口実にもなったというか……」


「だからって険悪なムードにしてどうすんのよ。ああいう喧嘩にはちゃんと落とし所を作ってあげて、相手が折れたところで仲直りまでするものなの」


「な、なるほど……。そうだったのか……」


 いわれてみれば確かに、一緒に仕事をするわけだから険悪なムードなのは問題だろう。何か対策を考えなければならないかもしれない。


「だいたい肩くらい触られても平気よ。どこぞの貴族令嬢じゃあるまいし」


「いやドロシーが平気でも俺が平気じゃないんだって……」


 俺の言葉に、少しの間があく。そして急に、ドロシーの顔が赤くなる。おお、劇的な反応だ。


「……何言ってんのよ。馬鹿じゃないの」


 それだけ言って、ドロシーもさっさとシアラ達の方に歩き出した。ふむ。これは押せばワンチャンあるのでは……? 前の世界から引きずっている思春期男子の業を捨て去るチャンスが近づいているのかもしれない。そろそろ十二日目で辛いし。間違ってシアラ襲いそうだし。


 そんな益体もないことを考えながら、俺もシアラ達のところに戻った。

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