009
「まあ、私はどっちでもいいから、コースケが決めていいわよ」
投げやりなドロシーだった。
……いや、違うのか。そもそもドロシーなりに選んだのがここにある依頼なわけで、だとするとどちらを選んでもドロシーとしては問題ないって判断してるんだろう。あとは俺がどれを選ぶかってことか。
ふむ……。
「ドロシー、護衛の方にしよう。それで、俺も一緒にいく」
「そのこころは?」
「人数が多い方が生存率が高そうだというのが一つ。四人のうち一人は俺になるから戦力は多少落ちるかもしれないけど、そもそも討伐依頼じゃなくて護衛依頼ってことは、本質的には保険をかけたいって依頼のはずだ。運次第だけど、危険が少ない可能性が高いと思う」
「……まあ着眼点は悪くないわね」
ドロシーは片目を瞑ってため息をついた。
「でも、護衛依頼としてはこれは報酬が破格よ。その辺りは相場を知らなかったから仕方ないかもしれないけど……。だから、ある程度の危険は想定しておかないとダメってやつね」
ああ、うん。なるほど。これは相場より高いのか。
依頼料は一人頭で銀貨六十枚。俺も同行するなら合計で百二十枚になる。スタートは明後日の朝からで、二日続けてになるんだっけか。
「まあどれでもよかったし、コースケが選んだならそれにしましょ」
「いいのかよ」
「問題ないわ。問題はむしろ格好だけど……。うーん、格好や装備は呪文の専門だからって言っておけば良いかな」
……なんかいろいろと不安に感じられてきた。
「あのさ、やっぱ俺はついていかないってのは……」
「来てくれないの?」
ドロシーが俺をじっと見る。目に圧力を感じる。綾乃の手料理を前にしてお腹いっぱいだから食べられないと言おうとした時と同じような目だ。つまり、半分の懇願と半分の恫喝。
俺は女の子の涙よりこういう目の方が苦手だった。
「……いや、行くよ。行きますとも。それで、報酬は頭数が増えるから百二十枚。完了はちょうど四日後だから、それで宿代なんかも問題ないな」
「そうね。一応失敗する可能性もあるけど、その場合でもいくらかの金額は保障してくれるみたいだし、大丈夫でしょ」
……ああ、不安だ。そう思ってシアラの方を見ると、彼女はにっこりと微笑んだ。
「兄さん、頑張ってくださいね」
「お、おう。任せとけ」
そういった流れで、俺の初仕事が確定したのだった。
◇ ◆ ◇
翌日はシアラとともに市場を見て回り、ドロシーと共に冒険者ギルド悠久の風に立ち寄った。悠久の風はドロシーのようなフリーの冒険者にも依頼を出しているギルドで、珍しいらしい。普通は冒険者も特定のギルドに所属して、そのギルドに舞い込んだ依頼をギルドに所属する冒険者が受けるような形式なんだとか。けれど、それだけでは旅を続けながらも冒険者家業をやっているドロシーのような人に仕事が行き渡らないので、悠久の風はそういったギルド未所属の冒険者にも仕事を斡旋しているらしい。
悠久の風を立ち上げた人物が旅を愛する性格だったために、その理念を今でも引き継いでいるのだとかいう話だった。
悠久の風の建物は雑然としていて、待合スペースはいろいろな人物でごった返していた。旅装束で浮かないかちょっと不安だったけど、似たような格好の人も多かった。よく考えれば依頼を発注しにくる人も立ち寄るはずなので、全員が冒険者ってわけでもないのかもしれない。
ドロシーとともに手続きを終える。依頼には同行するが正式な冒険者ではないということで、ドロシーが持っていた爪のペンダントと同じものを作ってはもらえなかった。あれは身分証なので、いろいろと試験のようなものが必要らしい。人間性診断みたいなところだろうか。まあそうだよな。犯罪者や狂人の身元を保証するわけにもいかないってことだろう。
「そのペンダントに使われてるのって、何の爪?」
と聞いてみたところ、
「火竜のものが多いけど、私のは二角竜のものね」
との返答だった。まあ、当然ながら火竜も二角竜も俺の知らない生き物だ。
受付をしてくれたお兄さん曰く、もう二人はギルド側で選んでくれるらしい。その時にドロシーが俺のことを呪文師だと伝えていた。まあ相性とかもあるんだろう。受付のお兄さんの値踏みするような目が居心地悪かった。
昼過ぎからはフィーナさんに伝えた通り、図書館に行った。そこでまたいろいろと精霊について書かれた本を教えてもらい、閉館までずっと読んで過ごした。今日もフィーナさんが戸締まりの担当だったらしい。本当だろうか。
「そういえばあなた、明日は私がいないわよ」
帰り際にフィーナさんにそう言われる。そういえば、俺も明日は図書館に行けないことを伝えていなかった。
「あー、すみません。明日からは俺も仕事なんですよ。なので、二日くらいは顔を出せないと思います」
「そうなの? へえ、それは奇遇ね」
「ええ、まあ。なのでまた三日後に伺うと思います」
俺がそう言うと、フィーナさんは少し考えるような仕草の後で、薄く笑った。
「ええ、そうね。三日後に会いましょう」
悪戯っぽい笑みだった。なんだよ。気になるな。
とはいえその日はそれだけで別れた。
宿に戻り、シアラが買ってきた鹿肉のステーキを調理してもらった。なるほど、ドロシーが食べたいと言うだけのことはある。かなりおいしい。……ちなみに、こっちの世界にも米はある。日本米とは違ったなんかぱさぱさした米だけど。パエリアのような料理にして食べるのが一般的みたいだった。こっちもこっちでおいしい。なんだっけ、インド米? ってことになるんだろうか。
「二人とも明日は朝からですよね? 私も付いていったらダメですか?」
シアラがそう言い出したのは食事中だった。
「ん、んー、どうだろ。どうして?」
「いえ、やっぱりなんだか不安で……。ドロシーさんは心配していませんけど、兄さんは大怪我しそうな気がしちゃうんです」
縁起でもないことを言わないで欲しい。
「うーん、大丈夫だと思うけど……。シアラが付いてくるなら、多分メギルマ洞の入り口までかな。食事は支給されるっていうことだったけど、シアラの分はないはずだから、自分で用意することになっちゃうかもよ?」
「街で食べてもお金はかかりますし、そこは心配しても仕方ないと思います。夜はメギルマ洞の近くで野営でしたよね?」
……そうか、よく考えれば、俺とドロシーが一晩街にいないってことは、シアラは一晩だけ一人で眠ることになる。俺を心配してるってのも嘘じゃないと思うけど、もう半分は多分、一人の夜が怖いんだろう。
ドロシーもそれに思い至ったのか、微かにため息をついてこちらを見た。
まあ、シアラも連れて行けるなら連れて行った方が良いだろう。
「良いんじゃないか。もちろん勝手にって訳にはいかないだろうから、依頼してきたギルドに確認を取らないとダメだろうけど」
「……うーん、じゃあ、シアラも朝一緒に来て、同行できるかどうかその場で聞いてみましょ。それが手っ取り早いわ」
ドロシーがそう言うと、シアラはぱあっと笑顔になる。かわいい。
「ありがとうございます、ドロシーさん!」
「はいはい、どういたしまして」




