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家出したら異世界だった  作者: shino
ハインアークの司書
31/78

008

「それでは、今後の方針を話し合いたいと思います」


 あれから宿に戻って夕食を済ませた俺は、宿の食堂でドロシーとシアラと一緒にテーブルを囲んでいた。


 この宿の食堂はオアシスの酒場と比べてずっと穏やかだった。あちらが荒くれ者のたまり場なら、こちらは冒険者のたまり場といった雰囲気だ。いろいろな装いの人が集まっているが、それぞれが関わることもなく、かといって暗い雰囲気もない。なんというか、そうだな、賑わってる時間のファミレスみたいな感じだろうか。俺たちが飲み物片手にミーティングをしようとしているように、食べずに会話ばかりしているテーブルも多い。もちろん、食事を楽しんでいるテーブルもある。


 そんな雰囲気のこの場所で俺たちが決めなければならないのは、ドロシーが宣言した通り、今後の方針っていうやつだ。


「なあドロシー、まあなんかいろいろ話さないといけないってのはわかるんだけどさ。でもそれってこうやって改めて場を設けるほどのことなのか?」


 俺たちは昨日、それぞれの過去についてある程度腹を割って話したばかりだった。ドロシーもシアラも俺が異世界人だということは(納得しているかどうかは別の問題としても)知っているし、俺もドロシーとシアラの過去……というか、俺と出会うまでの経緯についても聞いている。ドロシーが俺と出会う直前のエピソードははっきり言って予想外というか、驚かされるものもあったし、なんとなく腑に落ちる部分もあったわけなんだけど……。まあ、その辺りの話は置いておこう。


 ともかく、そういった諸々の絶対にしなければならなかった過去の話は、一通り終えてしまったわけだ。


 もちろんこれからどうするかっていうのは決めなくちゃならないんだけど、とりあえず生計を立てながらルディアに向かうというのは確定しているはずだった。ルディアというのは学問の都市で、そこにたどり着けば俺も自活できるようになるだろうし、生きるために必要な技術もなにか習得できるだろう、ということだ。シアラの目的地はないが、ともかく行商の勘を取り戻すまでは俺たちに同行するということになっている。


 ルディアまでたどり着いてどうするかは、その時にまた決めようということだって話している。


 だとしたら、ドロシーが話したいことというのはなんだろう? そう思っての質問だった。


「この街での過ごし方と、金銭の問題ですか?」


 俺の疑問に答えたのはシアラだった。宿の食堂ということで薄手でちょっとサイズの大きいTシャツのような格好だった。ゆるい胸元に鎖骨が覗いている。


「その通り、さすがシアラね」


 ドロシーがシアラの言葉に頷く。


「単純に、この街から次の街に行くまでの路銀が必要よね。今の手持ちだと少し足りないから、稼がないといけない。ついでにシアラが行商を始めるなら、元手が必要になるわよね。シアラがお金を持ち逃げするとかそんな心配はとりあえずしてもしょうがないし、借金するにしても私個人の持っているお金よりは少ない額にしておいてもらった方が安心できるわ」


 そういわれればその通りだった。行商ってことは、要するにこの都市では安い品物を仕入れて、他の都市でより高く売って、その差額を利益にする商売なはずだ。ってことは、最初に商品を仕入れるお金が必要になる。これが元手ってことだ。


 シアラもいくらかのお金は持っているだろうけれど、どうせならまとまった額の方が良いだろう。


「まあ、そうだな。えっと、じゃあこの街を出るまでに何をしないといけないか、っていうことを話すってことで良いのか?」


「そういうこと」


 ドロシーが満足そうに頷く。対照的にシアラが不安そうに眉根を寄せた。


「えっと、でも最初の約束では、私はお二人に迷惑をかけないっていうことが条件だったと思います」


 ああ、そういえばそうだったか。シアラは病目の大蛇(アゴラディレス)をいつかドロシーに討伐してもらうために、旅に同行してその手伝いをすることを報酬に、その依頼を引き受けてもらったんだった。俺としてはもう建前のようなものだと思っていたけれど、シアラの中でそれは建前などではなく、重要な事柄だったらしい。


 そして「手伝いが報酬」を言っている以上、あまりドロシーに迷惑をかけることはしたくない……たとえばそれは、行商の元手を出してもらうことであっても、どうしても気になってしまうといったところだろう。


 律儀だった。


「迷惑をかけないっていうなら、この条件はなおさら呑んでもらうわよ。私の用意できる範囲での借金なら、行商に失敗してもすぐに挽回できる。そうでないなら、同行者の私たちが困ったことになるかもしれないじゃない」


「そんな変なところからお金を借りたりしません!」


 シアラが少し声を荒げた。ちょっとだけ怒ったような表情だ。


「落ち着けよシアラ。シアラがが金を借りる時にヘマをするって言いたいんじゃないよ、ドロシーは」


「コースケの言う通りよ。私たちはもう旅の仲間で、誰かが失敗したら多かれ少なかれ誰かが挽回しないとダメ。だから最低限のリスク管理はしてかないといけない」


 ふむ。なんかまあドロシーの言ってることはすごい正しいけど、アレだな。ファンタジー世界でビジネスマンみたいなことやってるのがすごい違和感というか、なんだかなーって気分だ。


 ドロシーの言葉にシアラは渋々といった様子だったが頷いた。


「……わかりました。すみません、ムキになってしまいました」


「いいのよ、気にしないで。それで話を戻すけど、必要なのは路銀と予備の資金とシアラの行商の元手ね。路銀は私が感覚でどれくらい必要かわかるし、予備資金もそう。ただ、シアラが必要な金額はちょっとわからないから、それを教えて欲しいのよ」


「そうですね、うーん」


 少しの間、シアラが首を傾げて目を瞑る。頭の中で何かの計算をしてるのかもしれない。


「交易金貨で六枚分くらいあれば、とりあえず十分だと思います。そこまで大きなものを持ち運べないので、南の方から輸入された香辛料と、北の狼の毛皮を選ぼうかと思っているんです。狼の毛皮は保存方法が少し気になるので、もしかしたらやめるかもしれないんですけど」


「了解。交易金貨六枚分ってことは、えーっと、カルノトーツ銀貨だと……だいたい百二十枚くらいあれば十分ってことね。次の街までの食料と予備の路銀を会わせると八十枚分くらいは必要だから、会わせて銀貨二百枚分の仕事か。んー、二つくらい探す必要があるかも……?」


 この世界の通貨はわりと複雑で、たとえば金貨や銀貨にも種類があるし、それぞれ価値も少しずつ違う。交易金貨というのは正確にはウェルディア大陸交易金貨で、カルノトーツを含むいくつかの国で共用されている金貨だ。もうひとつ話題に上ったカルノトーツ銀貨は、カルノトーツ国が発行している銀貨らしい。ちなみにここハインアークも、カルノトーツという国に属しているとのことだった。


 交易金貨一枚が、だいたいカルノトーツ銀貨二十枚くらいの価値があるらしい。こういうのを為替っていうんだっけか。当然だけど日によって価値は変動するし、お金の交換は両替屋でやることになるので、その時に手数料などをとられることになるので、単純に交易金貨一枚イコールカルノトーツ銀貨二十枚ではないとのことだった。難しい話だ。もうちょっと真面目に現代経済の授業を聞いておけば良かった。


「この間のワイバーン討伐の報酬はどれくらいだったんだよ?」


「だいたい銀貨二百枚分くらいかな? コースケの旅装束を買ったり、竜を借りたりもしたから、四十枚くらいしか残ってないのよね」


 ドロシーがさらりと言ったが、養われている身分として非常に胃の重くなる言葉だった。


「この宿に宿泊すると一晩で銀貨二枚、食事は三人合わせて銀貨だいたい七枚くらい。一日九枚は必要だから、まあ四日以内にひとまず宿代だけでも稼ぐ必要はあるのよね」


「一週間くらい滞在するんだっけ? ってことは、二十枚は消費するとして、合計で二百二十枚?」


「その辺りの資金は予備資金で数えてるから、込み込みで二百枚ってところね。四日以内に一本片付けて百枚、そこから二日以内にもう百枚、って感じかな。デカいのを一つ受けても良いけど、リスクもあるのよね……。ガラス片も使ったから調達しないといけないし。必要なお金の量が一気に増えたから、わりと不安要素多いわね……」


 ドロシーが疲れた顔でため息をついた。


「……なあ、その、俺に何か手伝えることってないか」


「んー、コースケがそう言ってくれるのは嬉しいけど、うーん。難しいわね。私の仕事についてきてくれてもいいんだけど、内容によっては足手まといだろうし」


「うっ……」


 足手まといというフレーズは中々にくるものがある。ついでにシアラがドロシーをちょっと睨んでいた。


「まあ何にせよ、いくつか候補は持ってきたのよ。とりあえずこの中でコースケにも手伝えそうなものがあれば、まずそれを受けてみても良いかもしれないわね」


 そう言ってドロシーは紙の束をテーブルにドサリと置いた。五・六枚ほどあるそれらをとりあえず俺は眺めてみる。……でもまあ、当たり前だけど何が書いてあるのかは読めなかった。


 シアラの方を見ると意図が通じたのか、彼女はため息をついてそれらの紙の束の内容を読み上げてくれる。情けない話だった。


「兄さんは本当にダメダメですね」


 などと小言も言われたりした。


 そんな感じで一通りそれらの内容を確認したところによると、合計で五つの依頼書の写しと、ドロシーが必要だと判断して写してきた一枚の資料だった。


 依頼書の中から報酬が銀貨百枚に満たない二つを除き、ついでにバカ高い一つも排除する。銀貨五百枚、内容は北の森林の最奥にいるドラゴンの角を折ることらしい。金額からして危険度が高そうだった。


「えっと、残ったのは宵色の瞳(リーフ・アルーラ)の『北の森林で夕闇狼(ア・ルーラ・リル)を二十匹』と、苦痛好む真理アグリローア・ココロゥの『メギルマ洞実地調査の護衛』か」


「ってことになるな。えっと、夕闇狼(ア・ルーラ・リル)ってのは?」


「音を消す能力を持ってる狼よ。わりと難敵だけど、ちゃんと罠を用意すれば難しい相手じゃないわね。コースケが来れば音を消す能力を無力化できるかもしれないけど……夜行性なのが難点ね」


「じゃあメギルマ洞ってのはどんなところ?」


「この街から南東にいくと、平原の地下に広がった洞窟があってね。雨水が複雑に削り出したっていう洞窟らしいんだけど、苦痛好む真理アグリローア・ココロゥが最近その洞窟の調査をしてるのよ」


 ふむ。こちらの方が危険度は少ないように思えるけど、どうなんだろう。


「調査の護衛の方が良いんじゃないか?」


「そっちの方が危険度が少ないとは思うんだけど、えっと、シアラ。こっちの資料もコースケに読んであげて」


「あ、はい。えーっと、ふむ……。そうですね、メギルマ洞の現在の調査状況のうち、一般に公開されている成果をまとめたものですね。どうやら、メギルマ洞には魔造生物と比較的巨大な昆虫種が生息しているらしいです」


 魔造生物……? と、巨大な昆虫……? すごい嫌すぎるし、なんかミスマッチな組み合わせだ。


「そういうこと。ある程度調査が進んで、調査隊を小分割して編隊しなおすらしいのよ。それで護衛を増やす必要が出てきたらしいわ。二グループ、それぞれ四人ずつ。私とコースケがいくなら、二人はどこか知らないペアと組むことになるわね」


「それはなんというか、俺が不安要素だな」


「そうなのよねー」

貨幣の下りはあんまりじっくり検討してない……。

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