005
ギルド、水を舐める猫。俺の知るどんなゲームにも登場したことは無いが、図書ギルドらしい。前の世界風に考えるなら、私設図書館ってところだろうか。
ハインアークの北西区。そこそこ大きな通りに面したその建物は、思ったよりデカかった。
三つの建物を渡り廊下で接続したような構造になっている。大きな建物が一つと、塔のような建物が二つ。
大きな建物には出入り口があって、ここからでも受付カウンターのようなものが見える。開け放たれているらしい。
塔のうち一つは道を挟んだ向かいにあって、まるで前の世界の都市みたいに渡り廊下が道上を横切っている。もう一つの建物は道沿いに向かって右手にあって、こちらは小さな建物の上を渡しているような構造だ。
建物は白っぽい石でできているらしく、艶のない材質だ。大きな建物は黒い装飾が至る所に施されていて、かなり洗練された造りになっている。
塔の方はそれよりは簡素だ。道沿いの塔の方にも出入り口はあるらしいが、道向かいの塔にはそれらしいものは見えない。用途が違うのかもしれない。
「でかいっていうか、なんていうか。良い意味で想像を裏切られたな」
もうちょっとこじんまりとした図書館をイメージしてたが、なんかかっこ良すぎる。
出入りしているのはすこし身なりのいい人ばっかりで、旅装束そのままの俺が入るのには少し勇気がいる。
ちなみにシアラは西風の薔薇売りに置いてきた。いろいろ調べたり、何を仕入れるか検討するそうだ。多分、道中にある集落に生活必需品を売るか、あるいは薬などを売るかもしれないと言ってた。売れるんだろうか。なによりそれ、他の人もやってんじゃなかろうか。不安だ。
まあ、ともあれ。
入らないことには知りたいことも知れない。
頑張って中に入る。頬に風を感じると、突然紙の匂いがした。入り口をくぐった瞬間だ。なんだ? と思ってみて見ると、どうやら空気の膜を作る呪文式が使われているらしい。これはこれでハイテクだった。
図書館の中は外見通り広かった。正面に吹き抜けがあって、二階の通路も見える。天井から日の光が差し込んでいて、どうやらガラス張りになっているらしかった。
吹き抜けになっている部分は、ロビーっぽい雰囲気で、テーブルや椅子が並んでいる。そこに腰掛けて本を読んでいる人もいれば、何か書いている人もいる。ただ、誰もがすこしだけ高級な装いをしていることは、ここからでも分かった。
「そこのあなた、この図書館は初めてなの?」
声をかけられた。受付のような形で設置されているカウンターの向こう。三人ほどいるその場所の、一番出入り口に近い場所。そこに、大きな花飾りをつけた女性がいた。
金色と深緑がまだらに混ざった髪に、白とオレンジの花飾りがよく似合っている。でもなんか、頭だけで花壇みたいだ。肌は白っぽくて、赤い筋のようなものが頬に入っている。見たことの無い外見だった。なんていう種族なんだろう?
カウンターにいる他の二人は忙しそうに応対しているが、この人だけは暇そうだ。不人気なんだろうか。美人だと思うけど。
特に目が。切れ長で挑発的で退廃的な目はなかなかそそるものがある。紫の瞳がエロい。
花壇系女子は俺を手招きする。ほいほい寄っていく。あの二人と違って胸あるし。
「あんた、ここは観光施設じゃなくて図書館なのよ」
「知ってます。本を読みにきました」
俺の言葉に美女は胡散臭そうな顔をして、それから俺の全身をくまなくじろじろと観察した。
「貧相」
「返す言葉もありませんね」
「この図書館はアンタみたいな貧乏人が来ていい場所じゃないんだけど?」
ほう? 言われて俺は周囲を見渡す。なるほど、確かに身なりの良い人が多いな。知ってたけど、パフォーマンスだ。
「そうは言っても、貧しい人が入れない図書館なら、そもそもこの辺には建てないのではないですか?」
ハインアークの北西区。別に裕福な区域ではない。むしろ、庶民あるいは中流の家が多い場所と聞いている。
なにより俺が入れない場所をグルードさんが勧めるはずも無い。あの人は商人だから、この図書館のことも良く知っていて、その上で俺に勧めたはずだ。
「……なんだ、頭は回るのね」
「そりゃどうも」
つーかこの人なんなんだろう。ここの職員なら、客……じゃねえな。施設利用者にこの態度ってのはどうなんだろうか。
そして開口一番が嘘だしな。
「それじゃあ貧相な君は、この図書館に何をしにきたの?」
「ああ、そうだ。えっと、呪文言語で書かれた本っていうのはありますか」
言った途端、引かれた。蔑むような目で少し体を逸らされた。辛い。
「呪文言語を記録に使ってる文明は存在しないわ。神様くらいじゃないの? いたとしても」
「あれ、そうなんですか? あー、困ったな。……それじゃあ、いろんな呪文式の例が載ってる本ってありますか?」
「それならあるわよ。稀覯書塔の二階ね。案内してあげるわ」
言うが早いか、彼女は隣に座ってた女性に「ちょっとこの人を案内してくるから」と告げて、カウンターを迂回して出てきた。手招きされたので、ついていく。
女性に近づくと、花の香りがした。香水でも使ってるんだろうか?
黒いローブの上から太い帯を巻いている。ローブには金色の刺繍が施されていて、なかなかに綺麗だ。胸元には猫をかたどった銀色のアクセサリーが光っている。
「ついてきて」
短くそう言って、女性は歩き始める。ブーツでもはいているのか、カツカツと乾いた足音だ。
女性の花の匂いと本の匂いとの中を歩いて、階段を一階分登って、渡り廊下を通る。渡り廊下の側面は広いガラス張りの窓になっていて、通りを見下ろすことができた。どうやら道向かいにあった塔が目的地らしい。
キコウショ塔だっけ? キコウショってなんだろ。レア本ってことか?
女性はペースを変えずに歩き続ける。俺もついていく。渡り廊下の塔側は両開きの扉になっていて、呪文式が施されていた。魔法的に対応させた鍵に反応して、扉に記述されたいくつかの呪文式を停止する造りになっている。
空間の連続性隔離、時間的追尾の回避、施錠、意味停止、覚醒的魔力減衰……エトセトラ。
なんかものすごい強固だ。呪文式そのものの認識阻害もあるけど、《呪文の王》の権能には通じないらしい。
「水を舐める猫の司書、フィーナ・ルルイエ。鍵言、《欺く懊悩》」
女性の言葉に反応して一部の呪文式が起動し、どこか別の場所から呪文が発動して、扉の呪文式が起動する。随分と迂回していた。
扉が開いて、中が見える。本の匂いが濃くなり、冷たい空気が流れ出た。
「さあ、どうぞ」
女性に促されて、中に入る。
円形の塔の外周はすべて本棚だった。蜘蛛の巣のように階段が駆け巡り、本棚の前には棚のように通路が走っている。
ワンフロアごとの高さは俺の身長の三倍はあるだろうか。ところどころに高い場所にある本を取るための動かせる簡易な階段がある。天井から青白い光が降り注いで、塔の内部を照らしていた。それに加えて、流線型にデザインされたランタンが高い天井から吊るされている。まるで空中に鬼火が浮かんでいるみたいだ。
扉を潜って中に入る。冷たい、乾燥した空気。この塔の内部だけ、時間が止まってしまっているようにさえ感じられる。
「すごいところですね、ここは」
「ここに来た人間の中で、多分最も安直な感想よ」
「表現力に難があってすみませんね」
すこし刺っぽく言ってみた。負け惜しみだ。女性も中に入ると、塔の入り口は閉じられた。
どうやらここは二階部分に該当するらしく、さらに下があった。外周に沿った円形の通路の一部から、下向きに伸びる階段がある。
「ここには五十年以上前に書かれた本が沢山保管されているの。思春期の女の子の日記から、偉大な魔法使いの認めた魔法書の原典まで、幅広くね」
「後者はともかく、思春期の日記は破棄してあげたほうがいいのでは……」
黒歴史が懇切丁寧に保管されてるとか、生き地獄だ……。




