001 ハインアークの司書
家出したら異世界だった俺は、ドロシーという女の子と、シアラという新しい妹と、三人で旅をしていた。
ドロシーは灰色の髪とかわいい顔立ちが特徴の、けど顔立ちの割にツンツンしている女の子で、俺を養ってくれている。砂漠で着ていた薄手のローブを脱いで、旅装束だけになっている。
シアラは青い髪と強かな金色の瞳を持つアテアグニ族で、複雑な経緯によって俺の妹になった少女だ。砂漠ではフード付きの外套を羽織っていたけれど、こちらもそれは荷物の中にまとめてしまっていて、これまでと比較すると少し身軽な格好だ。
もっとも、首もとの露出は激しいし、腕も鱗のある部分は全部晒しているわけなので、まあ、そのな? そんな感じだ。
砂漠を抜けて到着した街は、交易都市ハインアーク。
西に俺たちが渡ってきたカンデラ砂漠、東にハインディア平原、北にはログレス大渓谷、そして南にグレルゴディ湿地帯を持つ、多様な自然に囲まれた城壁を持つ都市。ここは、サーギア地方の西の主要都市であり、同時に他の様々な都市同士の流通の中心地でもある。
より正確に言うならば、流通経路の中心地に街が生まれていったという方が正しいらしい。駅ができるとその周囲が発展する、みたいな現象と同じなのだろう。小学校の社会科で習った。
城壁が街の周囲を囲んでおり、土地があるものの農業は行なわれていないみたいだった。街の出入り口は東西南北に四カ所と、加えていくつか特別な出入り口があるらしい。俺たちは西側の門を通って、普通に中に入る。俺は身分証はなかったけど、ドロシーに養われているということで、問題ないっていう扱いだった。マジでヒモだ。
ちなみにドロシーが見せていたのは何かの生き物の爪を使ったペンダントで、シアラは模様の刻んである四角い小さな石盤だった。それぞれ、討伐者と商人の証らしい。
俺もそのうち、手に職をつけたい。旅しながらの商売って、商人と討伐者以外に何かあるのかなぁ……。ファンタジーもののお約束でいうと、吟遊詩人とかか?
「兄さんって身分証も持ってないんですね。実は犯罪者ですか?」
「いや、そうじゃないんだけどさ。ちょっと説明が難しいっていうか、まあ、後で話すよ」
シアラの疑問をはぐらかして、三人で街を歩く。
甲殻竜は街の入り口で返したので、今は三人とも歩きだ。西側にはカンデラ砂漠を越えてくる人がほとんどなので、他の街で借りた甲殻竜を返す場所があるというわけだった。
今の時刻は昼過ぎで、食事を済ませてから宿を探すか、宿を探してから食事にするか、少し迷うような時間帯。とはいえもう休みたいのが正直な所だったので、先に宿を探すことになった。
「この街なら、やっぱり北東の広場近くよね。人が多いけど、おいしい食べ物がたくさんあるし」
ドロシーが楽しそうに前を歩く。元気だ。もしかして疲れてるのは俺だけなのか?
「何年か前にここで食べたリンゴの蜂蜜付けがとても美味しかったです。ドロシーさんは食べたことありますか?」
「もちろんよ。あれは甘くて最高の味わいよね……。個人的には鹿羊のステーキが食べたいわ。歯ごたえがあって柔らかい肉がとても美味しいのよ」
「想像しただけでよだれが止まりませんね」
肉食系女子かこいつら。……いや、少なくとも竜は肉食なのか? でも砂漠でパン食べてたしなぁ……。やっぱ人に似てると雑食なのかね。
ハインアークの町並みは美しかった。やはり交易都市というだけあって、お金の流れが多いんだろう。政治がどうなっているのかよくわからないけど、今のところ治安が恐ろしく悪いという印象は受けない。
木で骨組みされた家が立ち並んでいて、それらも質素ではなく、花壇や金属製の装飾が施されている。
地面は石畳で、前の世界にもありそうな町並みだと思う。さすがに建物の精度なんかじゃこちらの方が劣るだろうけれど、雰囲気はすこし古いヨーロッパの街といった感じだ。
今歩いている区画は露天なんかは少ないものの、オープンテラスになっているカフェのような業態の店が多いらしい。旅人らしい衣装の人もちらほらと見かける。食品を扱っている店や食堂が割合的には多い。他には、すこししっかりとした店構えのアクセサリー店や、武器・防具などを扱っている店、日用品や生活雑貨を扱うお店などがある。
道を歩いている人も多い。大きな荷物を背負った旅人風の人もいるし、子供を連れた主婦のような人もいる。それから、劇団のような集団も見たし、剣を腰に携えた鎧姿の騎士もいた。
竜車や馬車も時折見かける。馬はさすがに見たことがあるけれど、竜車を引いているのは甲殻竜ではなく、もう少し筋肉質な小型のトカゲのような竜だった。肌が灰色で、動きが俊敏そうな印象だ。
実に雑多な街だ。
そうやって歩き回って宿を見つけて、ドロシーとシアラと僕で一部屋借りる。大きめの部屋だけど、きちんと個室だ。他の宿泊客と同室だと、まあ、いろいろとまずいので。借りる時に受付をしてくれたおっさんに、「なかなかやるな、兄ちゃん」みたいな視線を向けられた。引きつった笑みを返した。
夜になるとうなされて一人じゃ寝れないからというシアラと、二人だけにしておくのは何となく不愉快だからというドロシーの意見を尊重した結果がこれだ。
俺のリビドーは未だに解消されていない。そろそろ十日くらいになるかな。辛い。
シアラがドロシーに抱きついて眠り、そして俺は一人部屋でリビドーを解消する。これが一番平和で誰も損しないはずなのに、何故だ。
「おー、値段の割に良い部屋じゃない」
ドロシーがそう言ってベッドにダイブする。
「柔らかーい。落ち着くー」
なんか子供っぽくなってかわいい。シアラもまねしてドロシーの隣にダイブする。そして二人でいちゃつき始めた。
借りた部屋は、まあ口には出さないけど、オアシスの部屋よりずっと綺麗だった。そもそも土地が違うし街の規模も違うから、当たり前ではあるんだけど。大きめのベッドが二つと、テーブルにイスが四人分。窓の外には狭いテラスまである。
ドアの錠には恐ろしく簡素な呪文式が施されていた。調べてみると、この街でしか使えない防犯のための呪文らしい。そういうのもあるのか。
楽しそうに遊んでいる二人を放置して、ベッドの下に荷物を置く。ついでに旅装束の外套も脱いで、ベッドの上に放り投げる。
「二人とも。楽しそうなところ悪いんだけど、早いとこ飯にしようぜ。そして俺は疲れたから寝たい」
「あれ? 兄さん、観光はしないんですか?」
「明日でも良くない?」
「まあ、それはそうですけど……」
シアラは不服そうに唇を尖らせる。
……なんか、前から思ってたんだけどさ。シアラとドロシーの性格と外見って、組み合わせ間違ってるよな。見た目かわいい系のドロシーがキツい性格で、見た目キツい系のシアラは意外とかわいい所が多いんだよ。ギャップ狙ってんのかよ。
別に嫌じゃないけど、なんかなぁ。世の中って不思議だ。
「まあ、急ぐ旅でもないし。いろいろ話したいこともあるし、シアラは行商もするんならいろいろ見て回りたいでしょ? 一週間くらい滞在しても良いかもね。お金が少し足りないから、一度何か仕事しないといけないとは思うけど」
お金の管理はドロシーに任せっぱなしの俺だった。
まあ、特に数学とか経済に詳しいわけでもなく、せいぜいバイト代程度しかやりくりしたことの無い俺が口出しできる分野でもあるまい。俺の両親も、いろいろひどいだけで稼ぎは結構なものだったからな。主に母親の。
……あれ? もしかして俺が今ヒモしてるのって、あのろくでもない親父の遺伝か……?
…………。
考えるのは止そう。誰も幸せにならない。
自分がろくでもない男に成長してく可能性に全力で目をつむりつつ、外出の準備をする。
「なあドロシー、荷物ってここに放置しても大丈夫なもん?」
「んー、まあ盗まれる可能性も無くはないわね。外套くらいなら放置してもかまわないと思うわよ。一応鍵もかけられるみたいだし」
「了解。じゃあ、ナイフとかは持ってた方が良いよな」
「そうね。食料とか毛布は放置で良いと思うけど。もし盗まれたらまた稼いで買えば良いし。ついでにこの宿の悪評でも流してやりましょう」
悪そうな顔でそうのたまうドロシー嬢。いろいろと酷い話だった。
「というか、昼はこの宿で食べるでしょ? まだ食堂空いてるみたいだったし。美味しいものを食べるのは夜でも良いと思うのよね」
「ま、そうだな。じゃあとりあえず、下の食堂に行ってみるか」
「そんな……。鹿羊のステーキはお預けですか……?」
「そうだなー。それはまた今度なー」
泣きそうな顔のシアラの頭をグリグリと撫でつつ、俺たちは宿の一階に下りていった。




