010
「ああ、そう。私が寝てる間にそんなことがあったんだ。へー。ふーん。それでそんなに仲良くなったのね。良かったわね女の子と仲良くなれて」
不機嫌そうにぐちぐちと絡んでくるのは、まあ、もちろんというかなんと言うか、ドロシーだ。
翌朝。早朝。潰れた男共はコリトさんとシアラで二階と三階の空き部屋に放り込んで、まだ日の出る直前のこの時間は人がいない。というか、俺たちしかいない。俺と、ドロシーと、シアラと、カウンターで楽しそうにこちらを見ているコリトさん。ウェイトレスの女の子も寝ているみたいだった。
「それで? シアラのお願いってのが、病目の大蛇を討伐することだから、私にも手伝えって? はっ! 冗談じゃないわよ」
ですよね。知ってた。
いや、俺も無理だと思う。あいつでかいもん。屋久杉が空飛んでるみたいな感じだもんな。倒せねえよ。
不機嫌そうにパンを頬張るドロシーはシアラを見る。目が怖い。
「それで、そもそもなんで病目の大蛇を討伐したいわけ? 理由は?」
「それは……その……」
シアラが言いにくそうに俯く。その様子を見てドロシーがため息をついた。
「理由も話せないんじゃ、協力はできないわよ。仮に挑むとしても、命がけよ、命がけ。第一三人で挑むような生物じゃないわよ、アレ」
まあそうだよなぁ。ていうか倒せるのかよ。某狩りゲーじゃあるまいし、あんなでかいの倒せないって。
「そもそも報酬はどうするのよ。あんた払えるの?」
「あ、あの……な、なんとか払いますから……」
シアラの返答にドロシーが再度ため息をつく。話にならないわね、と呟いて、赤いスープを飲み始めた。これでこのやり取りはおしまい、って感じの態度だ。
俺もシアラが大蛇に執着する理由は聞いていない。だから助け舟の出しようがない。お金に関しては意見できるはずもない。ドロシーの稼ぎでこうして飯を食っているわけだし。そう思いつつ、パンを咀嚼する。固いが、保存用のやつよりはずっとうまい。
しかし、お願いされた以上、なんとか叶えたいって気持ちももちろんある。
……でもなぁ。あの蛇だよ? でかいよ?
ドロシーでも無理なんじゃねえの、って思う。
「なあドロシー、そもそもあの蛇を倒すことはできるの?」
「準備があればできなくもないわ。あいつって要するにデカいだけだから、輪切りにしてやれば良いのよ。いくつか準備があれば可能ね」
「あん? そうなの?」
「そうよ。私を誰だと思ってるのよ」
いや、ドロシーはドロシーだろ。何だそのノリ。厨二っぽい二つ名とかあるのか。
「その条件ってのは?」
俺が尋ねると、ドロシーはちらりとこちらを見て、不機嫌そうに舌打ちをする。怖い。
「一つ目はあの蛇が地面に転がってることね。まあ、あいつが厄介なのは広がったお腹が空を飛んでいるからよ。下半身は引きずってるわけだけど、首を落として体も輪切りにしないと死なないから、これは必須条件。ただ、まず無理ね。空を飛べないほどあいつを傷つけるうちに、こっちが食われるから」
なるほど。ごもっともだ。あいつを撃ち落とすのは並大抵の労力じゃ難しいだろうな。俺は頷く。
「次ね。輪切りにする手段が必要よ。具体的には巨大なガラス片と十分な時間ね。《千の火剣》の応用で、でっかい魔法の刃で首と胴を切断することになるわ。ただ、私が欲しいサイズのガラス片なんて、こんな場所では用意できないと思うのよね」
その通りだな。砂漠でガラスが手に入るかどうかと聞かれれば、手に入りそうにないと思う。いや、ガラスって砂でできてるよな? だったら頑張ればいけるのでは……? でもまあ、困難なことに変わりはない。ひとまずは頷く。
「それに加えて最後の理由。気が乗らない。私は気が乗らない依頼は受けない主義よ」
それは蛇を倒せるかどうかには関係がないのでは? 思わず首を傾げる。
「何、コースケ。不満でもあるわけ?」
「いや、不満はねえよ。ただ、蛇を倒すための条件とは関係なくないかって思っただけで。でもまあ、モチベーションってのは大事だし、言ってることは分かるさ」
俺はモチベーションを理由に夏休みの宿題を最終日まで残しておくタイプだったし。
「……です……か」
「うん?」
シアラのつぶやきに、ドロシーが首を傾げる。いつもの仕草だ。
「それを用意すれば、……病目の大蛇を、殺して、くれるんですか?」
絞り出すような、けれど芯の通った強い声色だった。
「え、ええ。もちろんよ。報酬まで合わせて、きっちり条件を満たせるなら、殺してあげるわよ」
ドロシーが少し気圧されつつも頷く。
「討伐者ドロシーの名に掛けて、あなたが病目の大蛇を殺すための条件を満たすなら、私必ず殺してあげるわ」
「そうですか……」
……?
なんかシアラの様子がおかしい気がするけど、なんだ?
隣に座っているシアラが、まるで決意を決めるかのように深呼吸をした。
「だったら、私をあなた達の旅に連れて行ってください。そしていつかこの砂漠に戻ってきて、大蛇を倒してください。お願いします」
そう言って、シアラは頭を下げた。
これには、さすがにドロシーも俺も言葉を返せなかった。何だその流れ。急すぎるし、意味が分からない。
なんで旅についてくるって言う発想になったんだ……?
「旅の手伝いをします。私は行商人の娘です。だから、旅についていってきっと役に立つと思います。旅の手伝いを報酬にしてはいけませんか」
「本気で言ってるの?」
ドロシーが怪訝そうに確認すると、シアラは真剣な表情で頷いた。
「本気です。それであの蛇を殺してくれるなら、かまいません」
……場が沈黙した。
ドロシーもさすがに二の句が継げない様子で、俺も何も言えなかった。黙って観戦していたコリトさんも、意外そうな表情をしている。
「……あの蛇を倒せるなんて言ったのは、ドロシーさんが初めてです。だから、ドロシーさんが倒してくれるなら、何でもします」
さらにシアラが言葉を続ける。
それにはドロシーもため息をついて、両手を上げた。
「もう勘弁。そこまで真剣に言われたら、断れないじゃない。分かったわ。あなたが旅に同行して、あの大蛇一体に見合うだけの仕事をしてくれたら、いつかここに戻ってきてきっと殺してあげるわよ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
途端にぱあっと笑顔になるシアラ。強かな顔立ちが柔らかく綻ぶ。かわいい。
「ただし、いつかあの大蛇にこだわる理由も話してちょうだい。そうじゃないとなんか納得がいかない」
「それは……いえ、分かりました。いつか必ずお話しします。きっと。今はまだ、その、心の準備ができていませんが……」
心の準備が必要なほどの理由なのか。なんというか、想像もつかないな。
けど、シアラが旅に同行してくれるってことは、これはアレか、ハーレムパーティーってことになるのか。いかんな。ただでさえいろいろとしんどいのに、女の子が増えるのは俺の精神にまずい影響を与える気がする。しかも鎖骨がエロい子と足がエロい子だ。理性がピンチ。
「はあ、じゃあ、食事も終わったし、少し買い物をしてから出発するわね。シアラは旅の用意はどれくらいでできる? 夕方まで出発を遅らせても良いけど。どうせ予定ではこれで丸い一日遅れることになるけど、そもそも急ぐ旅路でもないしね」
「あ、私の準備は大丈夫ですけど、何か買い物をするなら昼間で待った方が良いものが手に入ると思います。この時間はあまり店が開いてないので、粗悪品を高値で売りつけられるかも知れません」
「なるほど。じゃ、コースケの特訓でもやって時間を潰して、今日は夕方に出発しましょうか。食料も少し追加しておきたいしね」
……なんか、女子同士で仲がいい雰囲気になってて、ハーレムっていうか尻に敷かれてるパシリって未来図が見える。辛い。




