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家出したら異世界だった  作者: shino
砂漠を泳ぐ蛇
17/78

009

「そうか、まあ、とりあえずーー沈めよ」


 男が目の前にいた。剣を大きく振り上げて、筋肉が動いている。振り下ろされる。剣は恐ろしく早い。だが俺は、それを多少の余裕(・・)を持って観察できる。


 剣の詳細を分析する。体を右側にずらし、側面を観察する。時間が僅かに遅くなったような錯覚。持っている剣からは力を抜き、低く構える。


 男の持つ剣の側面、そこに彫り込まれた呪文式を見つける。そしてタイミングを合わせて剣を回し、そのうちの一点に刃を合わせる。俺の持つ剣は恐ろしく軽い。非力な俺でも取り回せるくらいに。


 呪文式の急所とも言えるそのポイントに、雷を帯びた俺の刃が接触する。


 バチリと、乾いた音がする。


「チッ」


 男が舌打ちをする。右にかわした俺を追撃するように、横に振り上げつつの一線。けれど、男の顔は驚愕に見開かれる。


 剣速を補助する呪文式は打ち消した。それで手応えに違和感を感じたんだろう。


 でももうダメだ。


 俺が勝つためには一瞬で勝負を決めるしかない。だから、次で詰みだ。


 さらに一歩右に踏み出しながら、至近距離で剣を引いて構え、男の脇腹目がけて突き刺す。


 ずぶりと。


 肉を突き刺した感触がする。鱗はどうやら上手くすり抜けられたらしい。


 ずるずると肉に刃は入っていく。


 腕に肉の中を滑る感触が伝わる。


 男の顔が驚愕に見開かれる。


 風が刃に沿って男に纏わり付く。


 男が抵抗しようと腕を動かす。剣を捨てて殴り掛かってくる。最小限の動きで、俺をただ突き飛ばすために。


 それを無視して、刃を思いっきり押し込む。


 そこまでだ。


 男の拳が俺を捕らえて、吹っ飛ばされる。剣を手放す。同時に、男もふわりとバランスを崩して、地面に磔にされる。


 視界の端でそれを見て、俺は地面にぶつかって転がる。受け身の取り方なんてしらないから、もろに痛みが体を襲う。あちこちをぶつけて、ギャラリーの手前で止まる。


「いってえ……!」


 思わず声が漏れる。時間も戻ってくる。剣を手放したから、呪文の効果が切れたのか。そう理解する。背中と足が痛い。転がった時に足首を変な感じにぶつけたのかもしれない。鈍い痛みだ。


「あー、マジ痛い。ヤバいなこれ。喧嘩とかやるもんじゃねえ」


 無理矢理に体を起こして、地面に座り込んだまま男の方を見る。男は楽しそうに地面に磔になっていた。


「な、なんだこれ! 動けねえ! おい誰だこの剣を渡したやつは! 卑怯者!」


 ああ、小物臭を感じる。思わず菩薩のような気持ちになる。ギャラリーから背中をばしばしと叩かれ、しきりに褒められた。剣を渡してくれた男が、俺が渡したのは普通の剣だって言ってる。まあ、確かに普通の剣だったな。


 慌てたように何人かの男が近づいて、トカゲ男に突き刺さった剣を抜こうとするが、


「い、いてえ! なんだこれ、肉が引っ張られてるぞ! 反しでも付いてんのか……! おいやめろ、抜くな!」


 まあ、そうなる。


 理屈はドロシーが持ってた抜けない短剣のものと一緒だ。即席だから、多分数分もすれば効果は切れるだろう。痛むから体と足を引きずって立ち上がり、男のところに歩いていく。


「よお、(とど)めもさしてほしいか?」


「糞が! ふざけんなよ、ギャラリーの中に協力者がいるんだろうが! この剣だって! 卑怯だぞひょろいの!」


「おいてめえ、往生際がワリーな」


 俺が言い返そうとして口を開こうとした瞬間、ギャラリーの方から割り込む声があった。でかい男だ。確か、昼にもいたやつだ。


「ただでさえ俺らの憩いの場で騒いでんだ。その上、兄ちゃんに喧嘩で負けたら卑怯だのなんだのって騒ぎやがって。単にてめえが油断してただけだろうが」


 俺の傍らに立って、トカゲ男を見下ろすでかい男。なんかアレだな。怪獣合戦みたいだ。


「二度とこの酒場に足踏み入れんなッ! 二度とだッ! 見つけたら全員で追いかけ回してやるからなッ!」


 それはもう恫喝なんじゃ。そして店の評判にも影響するんじゃ。コリトさんの方を見ると、爆笑してた。何なんだあの人。


 コリトさんの隣にいたシアラにも目をやる。シアラは困ったような、喜んでいるような、曖昧な表情でこちらを見ていた。


 なんか力が抜ける。


「あー、もう良いや。とりあえず満足したし、俺はもう中に戻るわ。じゃーな」


 ふらふらと歩きながら酒場の方に足を向ける。屈強な男達に出迎えられて、ほいほいと酒場の中に通され、テーブルに座らされた。いつの間にか倒れていたテーブルやイスは元通りになっている。


「いやー、兄ちゃんすげえな。最初助けてやらなくてすまなかったな」


「ひょろいから死ぬんじゃねえかと思ってたが、魔法使いだったのか。しかしあんななまくらでよくあんな芸当ができたもんだな」


「兄ちゃん旅人だろ? シアラに惚れたのか?」


 口々に絡んでくる。雑い。そしてうるさい。いつの間にか酒が大量に回り始め、宴会みたいになってるし。


「おい兄ちゃん、名前なんて言うんだよ」


「あ、コースケです」


「コースケか、良い名前だな。よしみんな! コースケに乾杯だ!」


 俺に剣を渡してくれた筋肉質の男が木のジョッキを掲げると、酒場のあちこちから乾杯の声が聞こえる。コリトさんが楽しそうにジョッキを運んでいる。何個同時に運んでるんだよってくらいの数運んでる。どうやって保持してるんだあれ。


 ああ、俺が勝ってもトカゲ男が勝っても、多分勝った陣営が盛り上がるって思ったんだろうな。だから笑ってたのか。いや、単に面白くて笑ってた可能性もあるか。あんな大人にはなるまい。


 しばらくそうやってもみくちゃにされていると、シアラがやってきた。手には木の箱を持っている。宴会の主役はもう俺じゃなくなっていて、少し離れたところで飲み合いが始まっていた。楽しそうだけど、絶対に加わりたくない。暑苦しい。


「あの、足、歩き方変だったから、手当てします」


「ああ、ありがとう。お願い」


「任せてください」


 シアラに足を引っ張り上げられ、膝の上に乗せられる。アテアグニ族の爪はこういった作業に向いてないような気がするけど、まあ、ここで断るのもなんだかなぁ、って感じだし。断ったら気にしそうだし。治療して貸し借り無しって思ってくれるなら良いか。俺は貸しだと思ってないわけだし。


「……あの、あ、……ありがとう、ございました」


 喧噪にまぎれそうなくらい小さな声で、シアラが言った。


「気にしないでいいよ。さっきも言ったけど、むかついたから喧嘩売っただけだし」


 シアラが施してくれる不器用な治療を眺めつつ、そう答える。なにかの葉っぱを刻んだようなものに薬を垂らして、それを皮のようなもので包み、その上から包帯を巻いていく。なかなかに見なれない治療だ。湿布、みたいな感覚なんだろうか。


「あの、コースケさん。さっき何をしたんですか? 魔法ですか?」


「いや、俺は魔法は使えないんだよ。まだ練習中で。あれは全部呪文だよ」


「呪文であんなことができるんですか?」


「うーん、俺にはできるけど、一般的な技術かどうかはちょっとわかんないな。まあ呪文の研究家とでも思っておいてくれたら良いよ」


「剣か光っていたのは? それと、どうして最初、あんなに綺麗に(かわ)せたんですか?」


 なんだ? なんかやけに食いついてくる。バトルジャンキーなのかこの子?


 治療を終えた足を下ろして、具合を確かめつつシアラに教える。


「剣が光ってたのはハオカーの力を使ったんだよ。雷の精霊ってやつ。で、動きが早かったのもそのおかげ」


「《(いかずち)の加護》ですか? でも、《(いかずち)の加護》は魔法ですよ」


「ああ、いや、俺はそれ知らないんだけど。でもまあ、魔法でできることが呪文だけでできても良いじゃん」


「それはまあ、そうですけど……」


 どこか納得いかない表情で首を傾げるシアラ。


「あと、剣を抜けないようにした呪文と、剣で刺した相手を拘束するように風の精霊にお願いしたんだよ」


 お願いというよりは命令に近いけれど。


「でもあれ、長続きしないからな。さすがにもう解けてるんじゃないかな。刺したの脇腹だけど、死なないよね?」


「はい、ルルギエア族はあの程度の傷では死なないです。放置していると分かりませんが。それに、多分あの商隊の中に神官もいるのではないでしょうか」


 ああ、そう言うのもあるのか。ヒーラーってやつだな。便利そう。


「あ、それでさ。俺も質問したいんだけど」


「えっと、なんでしょう?」


「あのさ、そもそもなんで揉めてたの?」


 これは俺としてはかなり気になる所だ。途中からイベントに参加したので、経緯がいまいち把握できていない。


 シアラは困ったように笑って、それから目を伏せる。少しためらって、口を開いた。


「コースケさん、お願いがあるんです」

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