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家出したら異世界だった  作者: shino
砂漠を泳ぐ蛇
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006

 パンを食べられるだけ食べて二階に上がると、ドロシーがベッドで眠っていた。灰色の髪が少し汗ばんだ頬に張り付いていた。


 部屋は簡素で、デスクと大きめのベッドが一つ。俺とドロシーが二人で寝てもそんなに暑苦しくないサイズのベッドだ。あれだ。ラブホとかにありそうなサイズ感の。なんでこんな部屋なんだ。誘ってんのか。


 ドロシーを見る。


 すーすーと寝息を立てて眠っている。旅慣れているとはいえ俺より小柄な女の子だし、やっぱり疲れが溜まってるんだろう。道のりもまだ半分だ。ここで不必要に体力を消耗するのは良くない。ああ、良くないとも。


 それにきっとこう無防備なのは信頼の証だ。出会って五日目で信頼も何もあったもんじゃないけど。


 首に巻き付けている黒いマフラーみたいな布はそのままで、ローブも脱いで旅装束だけになっている。ブーツは脱いでいて、体を拭いたのか、ベッドの脇に水の溜まった桶が放置されていた。そういえば、夕方に回収するから放置していてくれって、宿を取ったときにコリトさんが言っていた気がする。


 ベッドに座って何となくドロシーの顔を見る。起きている間はあんまりじっくり観察すると嫌がられるので、こうやって改めてまじまじと顔を見るのも新鮮な気がしてしまう。


 起きていると表情のせいで年上に見えるけど、いや、実際に年上だけど、こうして眠っていると年下にしか見えないかわいい顔だ。童顔ってやつだな。


 どうしてドロシーは一人で討伐者をやってるんだろう。危険な職業だと思うけど。それに、俺を助けてくれた本当の理由もわからない。


 半分以上勘だけど、ドロシーには何か理由があって俺を助けてくれたような気がする。理由もなしに人助けなんかしない性格に思える。もちろんただ見かねて助けてくれたって可能性がないわけでもないんだけど。


「……ま、俺も寝るか」


 ドロシーの隣、一人分空けられたスペースに横になって、目をつむる。


 ……寝れない。


 砂漠ではあっという間だったんだけどな。


「コースケ?」


「……あー、起こした? ごめん」


「いや、結構寝たから大丈夫」


 衣擦れの音が背後から聞こえる。ちょっとエロい。


「あの子は? シアラだっけ」


「あの後いろいろあって、今は別行動ってことになるのか? いや、別に一緒にいる理由もないんだけど」


 何となく背を向けたまま答える。


 そういえばドロシーって年上だし、いろいろ経験豊富なんだろうか。だとしたらこれやっぱ誘われてんのか。まじかよ。まじかー。いやー、これヤバいな。もうヒモ一直線でいいんじゃねえの俺。


「不穏な気配を感じるのだけど」


「気のせいです」


 即答しておいた。


「……ねえ、なんであの時、あの子に声かけたの?」


「あの時って、今朝のこと?」


「そう。別に声かける必要なんてなかったし。私も危険はなさそうだと思ったけど、それって安全ってことでもないんだよ。あの子が一人で盗賊のまねごとをやってるかもしれないんだし」


 ……言われてみれば確かにそうだ。


 思えば、あんなでかい爪を持ってる種族を相手に、俺は結構不用心だったかもしれない。


「そんなに深い理由はないんだけど、なんとなくだよ。素通りするのもなんかなって思ったし」


 シアラが俺たちに興味なさそうだったから。


「私のときは武器持ち出したくせに」


 ……うん? なんだ、そんなこと気にしてるのか。なんというか、ちょっと意外だった。そういうこと、気にしなさそうなのに。


「……いや、ほら、あの時は仕方ないっていうか」


「ふうん。ま、いいけど」


 背後から立ち上がる気配がして、ドロシーの足音が遠ざかる。


「じゃあ、私も何か食べてくるから」


「おお、いってら」


 そう言ってドロシーは部屋を出て行った。


 思わずため息をつく。何を気にしてるんだろうな、ドロシーのやつ。


 いやでも、確かに善意で助けた人にいきなり武器を持ち出されたら嫌な気分になるかもしれないな。そのときはスルーできても、後で見知らぬ人に不用心に声かけるのを見たりしたらちょっとムっとするかもしれない。


 まあそういう気分だったんだろう。


 疲れてるだろうし、愚痴っぽくなってるのかもしれない。親父だったら殴られてるな。


 まあいいや、眠ろう。


 夕方にはドロシーが起こしてくれるだろうし、寝よう。


 


 ◇ ◆ ◇


 


 寝苦しくて目を覚ますと、夕方手前だった。ドロシーに起こされるのを期待してたけど、世の中そんなにうまくいかないか。


 部屋に差し込む光の向きと色で、なんとなく時間を察する。こういう「なんとなく」が増えてきているのを自覚して、この世界に順応し始めているな、と思う。


 順応することは良いことだ。そうすることによって、多くのストレスを無視できる。


 だったらなんで家でなんてしたんだって話になるけど、そこは掌を返させてもらう。人には限界がある。


 上半身を起こして体を伸ばす。筋肉が弛緩して気もちいい。空気が乾燥していて、口の中がべたつく。少し頭もくらくらするし、水不足かもしれない。下に行って水分補給して、ドロシーを探すか。そう思って立ち上がる。


 部屋を出て一階に下りる。酒場には屈強な男たちじゃなくて、商隊の一団のような人たちがいた。酒を飲んで楽しそうに談笑している。夕方の早いうちにここに到着したってことだろう。裕福そうな身なりの男と、その脇に座っている強面の戦士が、どうやらその場の主役らしかった。


 酒場を横切りながら聞こえてくる会話によると、強面の戦士は商隊の護衛で、途中で現れたモンスターをいとも簡単に倒してしまったらしい。病目の大蛇(アゴラディレス)でもなければ砂漠の生き物に敵なんていないとか宣言している。俺にもアレくらいの度胸と強さがあったら、少しはドロシーの助けになるんだろうけどな。


 戦士は今まで見たことも無い種族で、鱗のような肌をしていて、すこし顔立ちが細かった。トカゲ人間かなにかっぽい感じがする。竜人みたいなアテアグニ族とはまたちょっと違った風貌だ。


 ようやくカウンターにたどり着くと、ドロシーが寝そべっていた。コリトさんが俺を見て肩をすくめる。


「おいオニーサン、この子、アンタの連れだろ? 保護者ならしっかり管理しときなよ。酔いつぶれてやがる。カウンターだったから良かったけど、テーブル席だったらどっかの男にお持ち帰りされてたぜ」


 そういわれて、確かに周囲の男の気配が、なんというか、こう、アレっぽいのに気づく。ドロシーに手出したら殺す、と思ってとりあえず周囲に視線を向けとく。誰とも目が合わなかった。良かった良かった。


「いやあ、なんというかすみません。迷惑かけたみたいで。でも俺は保護者じゃないっすよ。むしろこの子が俺の保護者なんで……」


「なんだ、オニーサン尻に敷かれてんのかよ。情けねーな」


 そういってカラカラと笑われてしまった。


 ドロシーの肩を揺すって顔を覗き込んでみるけど、起きる気配はない。ため息をついてドロシーの隣に座る。


「コリトさん、お酒じゃないやつください」


「この時間は酒しか出さねーよ?」


「え、喉かわいてるんですよ……。お願いしますって」


「ああ、そういう……。仕方ないな。ついでに飯食ってくか? オジョーサンが雑に支払いしてくれたから、まだお金残ってるぜ」


「じゃあ無駄遣いにならない範囲で飯もお願いします」


「あいよ」


 注文を受けてコリトさんはカウンターの奥にあるキッチンに引っ込んだ。すぐに出てきた。早い。いったい何秒で料理できるというんだ……!


「ほれ、食え」


 出された料理は、ナンで肉とか野菜を巻いてソースをかけたみたいなビジュアルだった。何肉だろうか。結構うまそうだ。ちょっとピリ辛っぽいソースの香りが食欲をそそる。それが二つ、木の皿に並べてある。


「じゃあいただきます」


 手でそれを一つ持ってみると、まだすこし暖かかった。食べる。うまい。パンと赤い果実ばっかりだったので、肉のうまみが体に染み渡る。肉の質だけで言うなら前の世界の方が断然上だけど、こっちだって負けてない。なにより久しぶりに食べる肉だ。


 二つともすぐに食べてしまう。ゴトリとテーブルにマグカップが置かれた。


「ほれ、ご所望のドリンクだ。アルコールはないよ」


「どうも」


 マグカップを手に持つとどうやらスープのようなものらしかった。赤い。スープを口に含んでみると、すこし酸味のある味だった。あの赤い果実をつかったスープみたいだ。


「あんまりおいしくないってか、飽きた味だろ?」


「いえ、缶詰よりはずっとおいしいですよ。あの赤い実って、栄養価が高いんでしたっけ?」


「そうそう。砂漠の必需品だよ。もちろん砂漠じゃ取れなくて、ここから東に行った町の特産品なんだけどな」


 そういえばドロシーもそんな感じのことを言ってたっけか。


「おーいコリト! 酒追加!」


「あいよー!」


 他の客の注文を受けて、コリトさんがカウンターから離れる。カウンター席に座っているのは俺と、机にうつぶせたドロシーだけだ。


 ……そういえばここに着いてすぐの時も、机にうつぶせになって怠そうにしてたな。もしかして体調でも悪いのか?


 そう思ってドロシーの寝顔を再度覗き込む。酔っぱらってるのか顔が赤い。カウンターの上に投げ出された手はジョッキを握っていて、半分くらい酒が入っている。表面が加工されている木のジョッキを覗き込むと、透明な液体がまだ半分くらい残っていた。きついアルコールの匂いがする。けっこう度数高いんじゃねえのか、これ。


 もう一度ドロシーを揺さぶってみる。


「おい、ドロシー大丈夫か。体調悪いんなら、今日はここに泊まっても良いぜ」


「んぅあ……。うー? コースケ?」


 寝ぼけていらっしゃる。


「あー? あー、んー、そっかー。私、寝てたのね」


「おう。涎垂らしながらな」


「死になさい」


 顔面に拳が打ち込まれた。もちろん俺の顔面に、ドロシーの拳が、だ。痛い。


「全く、デリカシーってもんがないのよ。そんなだから女の子が困るのよ!」


「ああ? 誰が困ってるんだよ」


「……うるさい死ね」


 再び殴られた。理不尽。

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