002
「鋭い岩が飛び出すのよ。それをちゃんとイメージして、自分なりの引き金で発動するの」
いつも通りの説明をいつも通りに言うドロシー。そんなので成功したらヤバいって。脳筋女。
内心で悪態をつく。
ドロシーはどうも直感的というか、ある種の天才らしい。呪文と魔法もまともに区別していなかったし、根本的な部分で実践派だ。使えれば理屈はどうでも良いというタイプ。だから、説明がものすごくアバウトになる。
こっちとしてはやりにくいことこの上ない。
天才は教育者になれない、という諺を普通に体現していた。
「《岩の槍》は槍の形状を引き合いにした魔法だから、長さと細さと鋭さが重要なの。《岩の槍》っていう名前で別のものを発動しても良いけど、要するに岩で槍を作ってそれで敵を穿つわけだから、それっぽい方がいいはずよ」
「それっぽいってなんだよ……。じゃ、別に岩の剣とか、岩の刃っていってもいいわけ?」
「別にそれがおかしいってことはないんじゃない? 要するに攻撃手段として使えればいいわけよ」
「適当だなぁ……」
まあしかしながら、確かにその通りだ。いや、その通りか? 魔法ってのはイメージの産物だとか言うんだし、名は体を表すっていうし。なんというか、《岩の槍》という名前だから、ちゃんと槍をイメージしなければならないんじゃなかろうか。
ただそれで言うならば、俺は槍をまともに見たことがない。日本で見たことのある武器なんて、特殊警棒とスイスアーミーナイフと竹刀くらいだ。それに加えるなら、まあ京都旅行で見た木刀とか、包丁とか、果物ナイフとか、そんな感じか……?
槍という武器には、なじみがない。
ただ鋭い岩で良いのであれば、《岩で突き刺す》とか、《鋭い岩》とか、そんなんでも別に良いわけだし。槍ってキーワードが魔法と強い関わりがないとしても、少なくない関わりはあるのではなかろうか。
「良太みたいな考え方だな」
あいつは「三角関数と二次方程式の解の個数の問題はもうあるから、この幾何学の問題で三角関数は使わないんじゃないかな? 少なくとも試したいのはそこじゃない」とか良いながら数学の答案を書くやつだった。
こういう考え方になんとか思考って名前があるらしいけど、なんて言ってたかな……。メタン思考? メビウス思考?
「リョータ? それは誰なの」
ああ、聞こえたか。俺は首を傾げるドロシーに応じる。
「前の世界の友達だよ」
「コースケの友達ね。叶うなら会ってみたいものね」
残念だがそれは無理だな。良太でも、さすがに世界を渡るなんて無理だろうし、できるとしてもこの世界を探し当てるなんて無理だろうし、その上で俺たちを見つけるなんてさらに無理だろう。
「会ってみてどうするんだよ」
「"友の顔は己の顔である"っていう言葉があるのよ」
ふうん。そういえばそういう格言が、前の世界にもあったっけか?
「ま、そんなことより魔法の練習よ」
ドロシーがそう言って話を切り替える。
「そうは言ってもなぁ……。ああ、そうだ。《岩の槍》は槍の形状を引き合いにした魔法って言ったよな。でも俺は、槍なんて見たことがないんだよ」
「槍を見たことがないね……。うーん、そうか、そうよね。戦争なんてない世界なんだもんね」
「そうそう。だからさ、もうちょっと俺がイメージしやすい魔法にしようぜ。魔法ってのはイメージが大事なんだろ?」
「うーん、コースケがイメージしやすいってことよね? そうすると、何になるのかしら。私の使える魔法だと《岩の槍》が一番簡単だと思うんだけど、それ以外だったら……。ああ、そういえば、水を使った魔法は習得が比較的簡単だって聞いたことがあるわね」
「水?」
水を使った魔法……。ウォーターカッターとか、アクアスプラッシュとか、そういうのだろうか。いや、どういうのだって感じだけどさ。ほら、ロープレにありそうじゃん? タイダルウェイブ使えたら強そう。
「でも、それはダメね。ここじゃ水が手に入らないし。水を生み出す魔法はむしろ難易度が高いし」
「そうなの?」
「そうよ。ものを生み出す魔法は、基本的に難しいのよ。できる人でも、何度も練習して慣れないと、使いたいときに発動しないらしいし。ただ、水はもともと形がないから、それを操作するのは他と比べて簡単ってことらしいわね」
「ふうん。なるほどね。まあでも、無いものはしかたないよな」
全くないわけじゃないけど、貴重な飲み水を俺の練習で捨てるわけにもいかないし。明日にはオアシスに到着するらしいけど、そこで手に入る水は高価なため、節約するに越したことは無いと聞いている。飲み水以外で使えそうなものと言えば……血液とか、そういうのだろうか。
……ま、今はあきらめよう。
それよりも気になることがある。
「なあ、さっきものを生み出す魔法より、操作する魔法の方が簡単って感じのこと言ってたよな?」
「言ったわね。それがどうかしたの?」
たき火に照らされたドロシーが首を傾げる。本当によく首を傾げる。その仕草もだいぶ見なれてきて、見ると少しだけ安心するような気さえしてきた。柔和な目が俺を覗き込む。
「いや、だったら、なんでドロシーは《岩の槍》が簡単って思ったんだろうってさ」
なんとなく目を逸らしながら、俺はそう言った。
「なんでって、なんで?」
「え、だからさ。《岩の槍》って、岩を作ってんじゃん」
「んー? 《岩の槍》は地面から岩を槍状に打ち出すだけで、別になにも生み出してないじゃない」
……ああ、なるほど。
これは盲点だった。そうか、なるほど。
自然科学の基本的な知識。質量保存の法則。俺はそれを知っていて、当然そこから連想されるさまざまな知識やイメージを持ってる。地面から岩が生えたなら、その岩がもともとあった地面は陥没するはずだ、なんて、そんなことを無意識に当たり前だと思ってるんだ。
そういった無意識の当たり前が、魔法の成否に影響を与える。無意識に”間違っている”と思っていることは起こせないわけだ。
その現象がここに起こるという妄想にも近い想像。
馬鹿みたいな難易度だ。
「あのさ、ドロシー。少し聞くけど、岩ってどこにある?」
「うん? さっきから変な質問ね。岩って、地面にあるじゃない」
「ここは砂漠だけど、岩はあるの?」
「砂の下は岩でしょ?」
「森の中とか、柔らかい地面の下は?」
「掘り返したら岩があるのよ」
「その知識はどこで手に入れたの?」
「知識もなにも、そうなってるに決まってるじゃない。なに言ってるのよ」
ですよねー。
ドロシーの中ではあらゆる地面の下には岩があって、そこから槍が飛び出してるんだろう。多分だけど、もともと岩があった場所から移動したーー打ち出された槍が、地盤沈下を起こすとか、そういう発想がそもそもないんだ。下手に常識を知っている俺だと、《岩の槍》がうまく発動しないのももっともな話かもしれない。
槍っていう割に杭みたいなビジュアルだと思ってたけど、あれは地面の奥深くから突き出した槍の先端のイメージなのかもしれない。
「他に何か、操作系の魔法って無いの? 上手く説明できないんだけど、前の世界の常識が邪魔してて、俺じゃ《岩の槍》は簡単に使えそうにないんだけど」
なんとなく手をグーパーする。
操るってのは、機械をコントロールするみたいな感じだろうか。あるいはゲームとか。ボタンを押すと魔法が使えたりするし。
「操作系ねー。《剣の突き刺し》とか、ああいうのも操作系魔法になるのかもね」
「なにそれ?」
僕はドロシーを見る。腕を組んで考え込んでいた。
《剣の突き刺し》……。魔法っぽくない名称だ。
「私も詳しくは知らないんだけどね。剣を操る魔法って聞いたことがある。類似する魔法に、《槍の到達》とか《矢の撃墜》とかあるけど、変な名前よね。そりゃあ、槍は届かせないと意味ないし、矢も撃ち落とすために射るんだし。順番が逆って感じがするわね」
順番が逆、ね。
……そういえば、昔見たアニメの槍使いが、変な槍を持ってたな。ゲイボルグ、だっけ? あの青い槍使い、だいぶ残念なやつだったけど……。たしかあの、ゲイボルグってやつ、あれって、先に心臓を突き刺す結果が確定して、それに沿って槍が軌道を変えるんだったよな。結果が原因より先に決まるから、回避も防御もできないっていう。回避や防御に失敗して心臓を貫かれたっていう結果ができているから、全部失敗する、みたいな。
《剣の突き刺し》ってのは、そういう魔法なのか? いや、《剣の突き刺し》がそういう魔法かどうかじゃなくて、そういうことが魔法で可能かどうか、だけど。さすがに因果の逆転は難しいだろうけど、たとえば一般人が達人みたいに、それこそイメージ通りに体を操作するみたいなことは、魔法で可能なんじゃないだろうか。
「さすがに使ったことない魔法を教えるのは難しいわね。それ以外だと、私が使えるのは《岩の槍》みたいな系統の魔法ばかりだし、唯一の例外は《千の火剣》くらいだけど、あれはちょっと難易度高いし」
「岩を操る、みたいな魔法は? 俺には《岩の槍》って、地面から岩が生えてるように思えるんですよね。えーっと、操るってのは、例えば、岩を宙に浮かべるとか」
「岩は宙に浮かないものでしょ。何言ってんのよ……」
……いや、うん。もう何も言うまい。




