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終わるトキ  作者: 天原 重音


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ある意味、彼らの日常の一幕 ~コリフェーオ視点~

 窓の無い、暗い石造りの廊下の突き当りには重厚な両開きの扉が存在した。その扉が重い音を立てて開き、奥が認識出来ない暗い空間から、二人の人物が姿を現した。

 片方は顔の下半分をマスクで隠した、空色の髪と長身の人物。

 もう片方は隣の人物よりも頭一つ分背の低い、目元に布を巻き付けた銀髪の人物。

 コリフェーオとグーフォの二人だ。

 二人は軽口を叩きながら、横に並んで暗い廊下を歩く。

「いやぁ、レージョ・カイ・プーノでの報告が楽に終って良かったよ」

「本当だな。まさか、派閥代表(緑の中の緑)があの条件に同意するとは思わなかったが」

「それだけベーノ・アウ・マルベーノを警戒しているのか、現所有者に興味を持っているのか。それ以前に、五派閥間の力関係が崩れ始めたから、構う必要が無くなったのか。いずれにしても、暫くの間は情報収集に勤しむしかない」

「チィエラルコが嫌そうな顔をしそうだな」

「あ~、調べものの後始末を全部押し付けて、そっちに駆け付けたから、怒っていそうだ。でもグーフォ。そっちの名でユカリを呼んだら怒るぞ」

「何時もの事だろう。人間だった頃の名に何時までも執着する意味が分からん」

「う~ん……。でも、ユカリが審判者になった経緯を考えると、前任者と言うか、自分を事件に巻き込んだ奴の名を名乗る事に抵抗があっても不思議じゃない」

「俺には理解出来ん」

「理解は出来なくとも、『名乗る事に抵抗が残っている』んだ。それだけは忘れるな」

「……ちっ」

 コリフェーオの窘めるような言葉に、グーフォは舌打ちで返した。歩く速度を上げたグーフォはコリフェーオを置き去りにして、先に廊下から出た。

 コリフェーオは双方の感性を理解しているので、グーフォに舌打ちをされても、置き去りにされても、気分を害したりはしない。気分を害さない代わりに、コリフェーオは肩を竦めて、足早にグーフォを追った。



 二人が通り抜けた廊下の先は、見渡す限りの草原と晴天が広がり、空には雲の代わりに点々と見える巨大な物体が空に浮いている様子が見える。雲の代わりに空に浮かんでいる巨大な物体の正体は『浮島』だ。

 二人がいるこの場も、浮島の上だ。二人は浮島の上を少し歩き、小さな石造りの四阿(あずまや)に入った。四阿にはテーブルも椅子も無く、床には魔法陣が刻み込まれていた。

 二人は魔法陣の上に立ち、コリフェーオが爪先で魔法陣を叩くと、四阿の外の景色がどこかの屋内の玄関広間に一瞬で切り替わった。

 二人は幾つも存在する扉の一つを開けて中に入った。長い廊下を少し歩くと、香ばしい香りが二人の鼻腔に届いた。同時に何かが弾ける音も聞こえて来た。

 微かに聞こえて来た鼻歌が、この先に誰がいるのかを二人に教えた。

「アレは一体何をしているんだ?」

「グーフォを拾いに行く為に色々と押し付けたからなぁ……。大目に見ろ」

「俺のせいにするな!」

 原因扱いされたと感じたグーフォは憤慨し、足音を荒くして歩調を早めた。

 再び置き去りにされたコリフェーオは肩を竦めるに止め、歩調を早めてグーフォを追い掛けた。



 やがて、長い廊下を歩き終えた二人の目の前に広がった光景を見て、グーフォは口をへの字に曲げた。コリフェーオは何も言えないのか、瞑目した。


 二人の目の前では……、四人掛けの四角いテーブル席を一人で利用している一人の、長い黒髪の先を結い背中に流した(普段は左肩に垂らしている)ほんのり黄色い肌をした少女が、両手に錐状の何かを持ち、目の前の鉄板に向かって、真剣な表情を浮かべていた。猫目気味の瞳が鋭く細められている。テーブルの上には大小様々な空の食器と、材料が載せられた食器と、名前も知らない料理器具が並んでいた。

 香ばしい香りと音を立てる鉄板に集中している少女は、やって来た二人に気づかない。


 グーフォとコリフェーオは顔を見合わせ、グーフォはコリフェーオを前に押し出した。

 犬猿の仲では無いが、グーフォと少女はたまにいがみ合う仲だ。いがみ合っても、大体は口喧嘩で終わるので、コリフェーオも取っ組み合いにならない限りは放置していた。

 グーフォの手で前に押し出されたコリフェーオは色々と諦めてから、未だに鉄板から顔を上げない少女に声を掛けた。

「ユカリ~、何をしているんだ?」

「何って、ストレス発散の自棄食い。誰よ? 私に大量の仕事の後始末を押し付けてどっかに行った奴は? 手伝わずに仕事に行った他の連中も全員呆れていたわよ? ここに来た緑の中の緑ですら呆れる惨状だったのよ! それを一人で全部終わらせたのに……故郷の料理を作って食べる程度でガタガタ言わないでくれる?」

 殆ど息継ぎしないで紡がれた、ユカリと呼ばれた少女の言葉を受けて、コリフェーオは目を泳がせた。共に言葉を聞いていたグーフォは冷めた視線をコリフェーオに送った。

 けれども、何かに気づいたコリフェーオは小さく声を上げた。

「俺、ここに来る前に緑の中の緑に会ったんだけど。直接報告したのに、何も言われなかったぞ」

「無茶振りが待っているわね。手伝わないから一人で頑張って」

「自業自得だな」

 自分は無関係。そう言わんばかりの顔をしていたグーフォだったが、彼にも飛び火する。

 これまで鉄板から顔を上げなかったユカリが顔を上げて、グーフォを睨んだ。猫目気味の黒い瞳がグーフォを捉える。

「おい童顔チェリーボーイ。原因が偉そうにするなよ。アヴァレーソに眼帯毟り取られた状態で押し倒されて、顔を真っ赤にして狼狽えていたところを撮影したお前の動画をばら撒くぞ」

「何でそんな動画を所持している!?」

 チェリーボーイの意味が分からず、内心で小首を傾げたグーフォだったが、続いた『忘れたい過去』を暴露されてギョッとし、思わず叫んだ。動揺の余り、グーフォの声は裏返っていた。

 この一件は上司でもあるコリフェーオに報告していない。本当は報告必須事項に該当するが、本人の希望で報告していない。

 その隣のコリフェーオは突然の報告を受けて、唖然とした。

「ユカリ? 俺、そんな報告は受けていないけど……。それよりも、色んな意味でグーフォは大丈夫だったのか?」

 アヴァレーソの外見は褐色赤髪の妖艶な美女だが、心身共に『男』である。人型吸血種族の彼はとある理由で女装している。

 唖然としたコリフェーオから、『焦げる』と呟いて鉄板に視線を戻したユカリは回答を口にする。

「アヴァレーソは吸血族でしょ? 嘘か本当か知らないけど、変な吸血衝動に襲われたとか言っていたよ。居合わせたヨギーストとクレリーカが二人掛かりでグーフォからアヴァレーソを引き剥がしたから、一応無事。被害者希望で報告はしていない。仕事帰りで気が抜けていたとしても、抵抗出来ずにほぼ一瞬で押し倒されるのはどうかと思う」

 そう、アヴァレーソが女装している最大の理由は、彼は『同性愛主義者』だからだ。同性の血を、怪しまれずに近づいて美味しく頂く為に、アヴァレーソは女装している。

 そして、アヴァレーソは年下()好きなので、吸血衝動が酷い時には、真っ先にグーフォが襲われる。

 アヴァレーソはとんでもない怪力持ちなので、腕力差でグーフォは大体負けて押し倒される。その度にコリフェーオを始めとした他の面々が、アヴァレーソからグーフォを救助して、説教している。それでも止めないのだから、アヴァレーソの同性愛主義と年下好きは筋金入りだった。

「……ユカリ。今後、その手の事が起きたら必ず俺に報告してくれ。それ以前に、古参のアヴァレーソ相手にヨギーストとクレリーカの二人でどうにか出来たのか? ユカリが支援したのか?」

「いいや、やろうとしたら二人に断られた。二人はグーフォを連れて闘技場に移動して、三人掛かりでアヴァレーソに攻撃した。ヨギーストが『軽く戦闘を行えば、アヴァレーソの吸血衝動は落ち着く』とか言っていたけど、これは真実だった」

 コリフェーオの疑問に回答したユカリは両手に持った錐を使い、器用に鉄板の上で焼いている物体に切れ込みを入れてから、一つずつ丁寧に形を丸く整え始めた。コリフェーオが鉄板をよく観察すると、鉄板には無数の窪みが存在していた。ユカリはその窪みを利用して、綺麗な丸い何かを焼いて行く。

 ユカリの手際の良さに感心しながらも、コリフェーオは質問を重ねた。

「その時の映像って残っているのかい?」

「闘技場に行って、回顧記録を探してみればあるんじゃないの?」

「そうか」

 ユカリの質問回答時の態度から、コリフェーオは必要な情報を察した。

 必要な情報は残っている。探す際には、何かをエサにしてこの二人を手伝わせればいい。

 コリフェーオは簡単な皮算用を終えると、空いているテーブルの席に座った。グーフォはコリフェーオの対面の席に座った。ユカリの右側にグーフォ、左側にコリフェーオが座った形になる。

 その間も、ユカリは錐を使って丸い物体を焼いて行く。焼き上がったものは錐を使って器用に取り皿に乗せている。

「ユカリ、故郷の料理って言っていたけど、この丸い物体は何だい?」

「たこ焼き。大きい蛸の足が一本手に入ったの」

「たこ?」

「頭が丸くて、水を噴射する口が漏斗状で、足が八本? 十本だっけ? それはイカだったかな? まぁいいや。……コリフェーオよりも少し大きいクラーケンって言えば解る?」

 途中で説明を投げたユカリは、分かりやすさを優先してか、魔物の名前を出した。

 出て来た魔物の名前を聞いて、再びギョッとしたグーフォが叫ぶ。今度は声は裏返らなかった。

「おい! それは俺の故郷の海に存在する、悪魔の軟体生物ではないか!? その幼体を食べるのか? お前正気か!?」

 慄いたグーフォを無視したユカリは、出来立てのたこ焼きを一つ食べた。満足の行く出来栄えだったのか、ユカリはそのまま二つ三つと、たこ焼きを食べ始め――出来上がった全てを一人で食べ始めた。グーフォはハラハラとしながら眺めていた。

 そんなグーフォを無視して、焼き立てのたこ焼きを全て食べ終えたユカリは調理器具を使い、熱した鉄板に材料を流し入れ始めた。追加分を焼くらしい。

「私の故郷では普通に食べていたよ。四方を海に囲まれた島国だし、国土の七割ぐらいは山だから、色々と食べていたの」

「……島国だとしても、ユカリの故郷って変わっているよな」

「コリフェーオまで、何でそう言うのよ。まぁ、蛸は他所の国だとデビルフィッシュ――直訳で悪魔の魚って呼ばれているし」

「そう呼ばれているのを知っていて、どうしてユカリは食べる気になるんだ?」

「どうしてって? 小さい頃から食べていたから、考えた事が無いわね。他所は他所だし。食べると美味しいって事は、デビルフィッシュ呼ばわりしていた国にも知れ渡っているし。大きい蛸は身が締まっていないから大味で、食用は小さい奴だね」

「そこまで聞いていない」

 ユカリは鉄板から顔を上げずに、コリフェーオの質問に答え、『大体さ』と言葉を続ける。

「大体さ、私が作った料理をおかしいって言うのなら、食べないでよ」

 ユカリの言葉を受けて、コリフェーオは視線を逸らした。グーフォに至っては、転がりながら焼けるたこ焼きを興味深そうに見ていたが、中止して顔を明後日の方向に向けた。その間も、ユカリはせっせとたこ焼きを作る。

「いやぁ、四角い卵料理が珍しかったからつい」

「確かにアレは甘かったな」

「甘かったなって、グーフォ、アンタが卵焼きを一番食べたんじゃない。アレでサンドイッチを作ろうかと思っていたのに、ジャムは全滅で、コッペパン一つ残らないって、どうなっているのよ!?」

「ここの所属の全員で食べたからな。ジャムだったか? アレも美味かった」

「それ、マーマレードジャムを苦いとか言っていた甘党が言う台詞?」

「うっ」

 そのような感想を零した覚えが有るので、グーフォは言葉に詰まった。

 そんなグーフォの様子を見て、コリフェーオは思う。


 グーフォは審判者になる前の生い立ちが原因で、様々な面で無頓着だった。

 戦闘以外――剣を振るう以外――は何も出来なかった。

 だが、ユカリがやって来て、彼女が作る珍しい料理(ユカリの故郷の料理)に初めて興味を示した。その時は料理の取り合いで二人は口論をしたが、軽い口喧嘩に発展しただけで済んだ。

 グーフォが戦闘以外に初めて興味を持った瞬間だった。ついでにユカリが、グーフォと適度にじゃれ合える相手になった瞬間でもある。


 返す言葉が思い付かないグーフォは腹いせに、ユカリが取り皿に引き上げた追加分のたこ焼きの一つをフォークを使って素早く一つ奪い取った。グーフォはそのまま奪い取った一つを口元に運んだ。

 なお、コリフェーオは注意しない。『食器を使うようになったんだな。手掴みは卒業したか』程度にしか思っていなかった。

 グーフォの行動を見たユカリが声を上げて慌てた。ユカリが慌てる様子を見て、グーフォの溜飲は下がった。グーフォはたこ焼きを、丸ごと口の中に放り込む。

「待ちなさい! それは――」

「知らん。あむ……むぐっ!?」

「――中は激熱だよって、遅かったか」

 ユカリの警告は届かず、グーフォは口元を押さえた。ユカリが差し出した冷水入りのコップを受け取ったグーフォは、コップの中身を、口に入ったものと一緒に一気に飲み下した。

 冷水にお代わりを求めるグーフォのコップに水差しの中身を注ぎながら、ユカリは呆れた声を上げる。

「グーフォ。猫舌の癖に、どうして、何でもかんでも口に入れるのよ? 少し齧ってから食べる癖を付けなさいよ」

「……喧しい。舌を火傷するかと思ったぞ」

「今ので舌を火傷したのか。本当に、戦闘中以外だとポンコツよね」

 グーフォの口元に淡い光が数秒間灯った。どうやら治癒魔法の輝きらしい。

 五感が鋭敏なグーフォは猫舌である。五感が鋭敏なので口元にまで持ってくれば表面温度の把握可能だ。ただし、たこ焼きは外と中の温度差が激しかっただけで、このような事は余り発生しない。

「確かに熱いが、外はフワッと、中はとろっとしていて美味しい。ふむ、この弾力のある物体が蛸か。歯応えと噛むほどに出てくる旨味。あの見た目の割に美味い」

「コリフェーオ……アンタはアンタで、マスクを外さないでどうやって食べているのよ」

 ユカリの発言通り、コリフェーオは顔の下半分を隠すマスクを外さずに食したたこ焼きに舌鼓を打っていた。

「はっはっは、知らなくても良い事は沢山あるぞ」

「そう」

 突っ込む気力も残っていなかったユカリは、たこ焼きの追加増産に集中した。



 材料が無くなるまでたこ焼きを作り、出来上がったたこ焼きは全て三人の胃袋に収まった。

 たこ焼きの調理過程に興味を持ったコリフェーオとグーフォも、一度だけ挑戦した。

 コリフェーオはユカリの動きを見ていただけで完璧に習得したのか、綺麗なたこ焼きを作った。対して、グーフォはどうやっても上手く錐が扱えなかった為、諦めて食べる側に回った。

 たこ焼きを食べ終えたユカリは、どこからか取り出した鉄板を新しいものに変えた。ついでに新しい材料も取り出して、何かを作り始める。ユカリは『アズキ』なる欲しい材料が手に入らなかったと嘆いていたが、 二種類のクリームを使い出来上がった『どら焼きモドキ』なる甘味は美味しかった。

 ユカリはどら焼きモドキを食べながら、今更だが、コリフェーオに報告を求めた。



「失敗した? 珍しいわね。私の支援は要らないとか言っていたくせに、何をしているのよ」

 報告を聞いたユカリは、どら焼きモドキを両手で持ったまま目を丸くした。ユカリの反応を見たグーフォは口をへの字に曲げてそっぽを向いた。グーフォはそっぽを向いたまま、両手で持ったどら焼きモドキを一口食べてから、言い訳を口にした。

「煩い。途中で霊力が切れた。最後の霊力を使った攻撃で、予想外のものが目覚めてしまった」

「予想外? グーフォが持っている剣って、『霊力を貯め込む』事が出来たよね? 溜め込んだ分の霊力まで使ったのに、駄目だったの?」

「そうだ。相手が霊力持ちだったせいで、俺の霊力が幾らか相殺されてしまった。普段以上に霊力を使い続けた結果、あの女の体に掛かっていた魔法を解除した分で、俺の霊力は溜め込んでいた分も尽きた」

「うん? グーフォの霊力が尽きただけじゃ、予想外の事は起きないよね?」

 ユカリはグーフォからの説明では情報不足を感じ、追加の説明を求めてコリフェーオを見た。

「確かにユカリの言う通りだ。だが、今回は完全に予想外の事が発生した。グーフォが戦っていた相手は、俺が長年探していた魔剣、ベーノ・アウ・マルベーノの持ち主だったんだ」

「べーの……? それって、コリフェーオがずっと探している魔剣だよね。持ち主はオッサンとか言っていなかった?」

 ユカリの指摘は正しい。以前、コリフェーオがベーノ・アウ・マルベーノについて説明した時の所有者は男性だった。

「確かに、俺が見た時の持ち主は男だった。前所有者がどこかで死んで、現所有者に変わったんだろう」

「そう言う事って、本当に起きるんだ。でもさ、その魔剣って『一振りで世界を滅ぼす』とか、そんな事言っていたでしょう? グーフォは何で無事なの?」

 ユカリが口にした情報は、かつてコリフェーオがユカリに教えた情報と完全に一致している。どうでも良い情報として、ユカリが忘れずに覚えている事に、心から満足したコリフェーオは説明の順番について考えてから回答する。

「ユカリの疑問に回答する前に、先に顛末を話す。グーフォが聖剣状態のベーノ・アウ・マルベーノと交戦している途中で、レージョ・カイ・プーノから連絡が入り、適当な交渉を行って情報入手・帰還を優先する事になった。だから、厳密に言うと、帰還を優先した結果、やり損ねたが正しい」

「逆に疑問の種類が増えたんだけど。ええと、つーまーりー、……命令が変わって、交渉して得た情報を持って帰る事を優先した。該当者を消すのはまた今度になったから、帰って来たって事ね」

「そんな感じだ」

 ユカリが声に出して纏めた言葉をコリフェーオは肯定した。命令が変更となった点だけを理解しているのならば、コリフェーオからは言う事は無い。

「無事に帰って来た理由は判ったけど、聖剣状態? べーの何とかって剣は魔剣じゃなかったの?」

「厳密には違う。持ち主の精神状態で、聖剣にも魔剣にもなる神剣だ。歴代の青の中の青が創った武具の中では、最高傑作とも言われている」

「持ち主の精神状態で、聖剣にも魔剣にもなる? 光墜ちで聖剣、闇堕ちで魔剣って事? 何その面倒な剣」

「ユカリ、頼むから俺とグーフォでも分かる単語を使ってくれ。光墜ちと闇堕ちの意味が分からない」

 コリフェーオは困惑しつつも、ユカリに単語の解説を求めた。ユカリの故郷は娯楽に満ち溢れていたからか、たまに訳の分からない単語が飛び出す。ユカリは説明を求められたら、素直に応じるので問題は起きていない。

 コリフェーオの一抹の不安は、その辺りの教養と分別判断と理解力が不足しているグーフォが、ユカリ経由で変な知識を身に付けないかだけである。

「闇堕ちって言うのは『負の感情に呑まれた状態』って言えば解る? 光墜ちはその逆で、そこから完全に復活した状態」

「成程、感情の正負を光と闇で表しているのか。しかし、負の感情に呑まれて闇堕ちと言うのか」

「別に覚えなくてもいいよ。闇堕ちは、怒り、憎しみ、復讐心で、『どこかに向かって暴走している』感じだしね」

 ユカリの解説を聞き、コリフェーオはベーノ・アウ・マルベーノをかつて所持していた人物の様子を思い出した。


 ……確かに、彼は暴走していた。己が生まれ育った世界を、全てを憎み呪い、その果てに、世界を滅ぼした。

 彼はヌルと化したベーノ・アウ・マルベーノに、言われるがままに暴走していた。彼の暴走の原因はコリフェーオも知らない。そもそも彼は、会話が可能な精神状態ではなかった。

『何故だ! 何故こんな理不尽が許されるのだ! こんな理不尽を許容する世界など、○○を生贄にして栄える間違った世界など、滅びてしまえ!』

 彼は、誰かを守る人間だった。だが、守る対象が理不尽に殺されて、彼は狂った。

 そんな状態の彼の手元に、ベーノ・アウ・マルベーノが齎された。

 その結果、世界は滅びた。彼はベーノ・アウ・マルベーノと共に行方知れずとなった。

 世界樹の為に、世界の自滅を求める、青のブルゥアが望んだ結末だった。


 コリフェーオの回想は陶器を叩く音によって遮られた。

「グーフォ。行儀が悪いから、食器で音を立てないでよ」

「む? ああ、すまん。少し思い出していたんだ」

 ユカリに指摘されて、グーフォは指先で皿を叩く事を止めた。ここで素直に止めて謝罪をする当たり、グーフォの性根を窺う事が出来る。

「何を思い出したの?」

「最後の霊力を使って、剣であの女を貫いた直後の事だ。あの女が血相を変えた直後、俺は声を聞いた。恐らくが付くが、あれがベーノ・アウ・マルベーノの意思で声だ。声は言っていた。『忌々しい魔王の封印が解けた』とな」

「魔王の封印が解けた? それって審判者以外の奴が封印したって事? 逆にその事実の方がヤバくない?」

 ユカリの言う通りだ。

 審判者でも無いものが、審判者が創り出したものを封印した。

 これが事実なら、その人物は一体どんな存在だったのか? 

 掃いて捨てる程に、数多に存在する世界の内部を統べる神でも、容易な事ではない。どんな手段を使えば、可能となるのか。長い年月を生きているコリフェーオですらも、皆目見当が付かない。

 少しでも情報を求めて、コリフェーオはグーフォに尋ねる。

「グーフォ、他に何と言っていたか思い出せるか?」

「そうだな。……他には、『魂に同化した九つの復讐の(つるぎ)』とも言っていたな」

「魂に同化? まさか、長年にわたりベーノ・アウ・マルベーノが見つからなかったのは、あいつの魂に同化していたからなのか? だが、神剣と同化して魂が無事でいられる筈が無い」

 コリフェーオは審判者でもない存在の魂の耐久限界を知っている。ベーノ・アウ・マルベーノの精神侵食に耐え切れないのは、魂が浸食を防ぐ限界を超えているからである。人間と神剣では、そもそもの魔法の耐久性にも、圧倒的な差が存在する。

「ねぇ、コリフェーオ。順番が逆って可能性は無い? 魂と同化しそうだったから封印されたとか」

「それは無いな。ユカリ、他に何が気になる?」

 コリフェーオの思考を中断するように、ユカリから質問が入った。けれど、コリフェーオは『それは無い』と、即座に否定した。ユカリの疑問を否定したが、違う視点からの疑問が気になったコリフェーオは逆にユカリに尋ねた。

「封印に必要な魔力の出所とか、被害者の女の子? 女性は、何の禁忌の被害を受けていたの?」

 ユカリが気になった二点を聞き、コリフェーオは腕を組んで考えた。

 封印に必要な魔力は、間違いなく本人だろう。

 どのような禁忌の被害者であったか? それを聞き、『もしかして』とコリフェーオの中で何かが噛み合う。

「そうか、『回数制限の無い転生』か」

「何か解ったの?」

 ユカリはコリフェーオの呟きに食い付いた。

 一方、グーフォは無言でどら焼きモドキを食べている。ユカリの支援が無ければ、グーフォは飛行魔法と身体強化魔法以外の魔法は使えない。そのせいか、グーフォはこの手の魔法に関する推測の話題に口を挟まない。両手で持ったどら焼きモドキをただ無言で()んでいた。

「魂の転生回数は、個々で多少回数は変わるが、転生回数には『上限』が存在する。だが、持ち出された『無限転生の禁忌』には、転生回数の上限を超えて転生しても良いように、『魂の摩耗と劣化を防ぐ』為に対象の魂を保護する術式が組み込まれている。その術式の開発者は、我々、審判者だ」

「それってつまり、『禁忌の被害者だったから、神剣と同化しても無事だった』って事? 何、そのミラクル……。いや、待って。じゃあ、封印の術式も、禁忌の術を応用しているって事にならない?」

「その可能性は高いな。しかし、審判者が開発した術式を解析するのは至難の業だ。おまけに、転生に関わる術式の大本は『別の世界樹で開発された』ものだ。何代か前の緑の中の緑ですら、解析に挑んで早々に匙を投げた難解な術式だぞ。それをたかが一介の神如きに、理解出来る筈がない」

 仮説を重ねて辿り着いた真実を受けて、コリフェーオは天井を仰いだ。万感を込めて息を吐いたコリフェーオは椅子から立ち上がった。

「ヤバいな。もう一度、緑の中の緑に報告しなくてはならない」

「一人で頑張って」「同じく」

 結託したユカリとグーフォは、仲良くどら焼きモドキの最後の一つを分け合っていた。

 そんな二人の姿を見て、コリフェーオは脱力した。

「お前ら、こんな時に結託しなくても良いだろう」

「私に仕事を押し付けたんだから、一人で行きなさい」

 確かに、コリフェーオはユカリに仕事を押し付けた。けれども、その理由はグーフォにある。

 額に手を当てて数秒ほど悩んだコリフェーオは、ユカリに『料理を一品作って貰う』約束をしてから移動を始める。 

 中間管理職の大変さが身に染みた瞬間だった。



 緑の中の緑宛に、大至急の報告を行い、軽い話し合いを行って戻ったコリフェーオの第一声は仕事に関するものだった。

「おーい、仕事に行くぞ」

 テーブルの上に積み上げられた大量の蒸しパンに似たもの――コリフェーオの記憶が正しければ、パウンドケーキだった。ユカリが言うには、パウンドケーキは直方体の型で焼くのが一般的らしい。ただし、型に入れて焼く場合は切る作業が増えるので、ユカリが焼くパウンドケーキは、マフィンと言う別の焼き菓子の型を使用していた。

 そのマフィン型のパウンドケーキを、ユカリとグーフォは二人で食べていた。

 ユカリは咀嚼してから、コリフェーオを見ずに送り出す声を上げる。

「いってらっしゃーい」

「ユカリ、お前も行くんだよ!」

「何でっ!?」

 ぐりんと、首を動かしてコリフェーオを見たユカリは目を剥いて叫んだ。

「たまにはお前も、外に出て仕事に励んで来い」

「グーフォ。お前も一緒だぞ」

「……何故だ」

 ユカリを鼻で笑ったグーフォだったが、自身にも仕事が割り振られると知り、口を不満げに曲げた。

 席を立つ前の場所に、再び腰を下ろしたコリフェーオは二人に説明を始めた。

 パウンドケーキを食べながら説明を聞いたユカリは、じっとりとした視線をコリフェーオに向けた。

「ねぇ、交渉の意味が無くない? 勧告する為とでも、理由をこじつけるの?」

「その通りだ。こじ付けはどうとでも出来る。グーフォには現地での捜索を頼みたい。お前が霊視で探した方が速いからな」

「理由は理解したが、良いのか?」

「派閥の代表と話し合った結果と言えば良い。嘘は言っていないから、そう言えば良いし、それで押し通す」

 コリフェーオを中心に、三人は細かい打ち合わせを行う。ユカリを連れて行くので打ち合わせは、微に入り細を穿つようにでは無いが、入念に行う。

 

 コリフェーオも、本音を言うと、ユカリだけはここにいて欲しい。

 それは、彼女が保有する能力に起因する。世界を隔てようとも、仲間への支援を可能とするユカリの能力は多岐に亘る。仲間が不測の事態に陥った時に行う回収役も、ユカリの仕事だ。

 これらの理由から、ユカリは引き籠っていると言うよりも、支援と回収を確実に行う為に『自主的に引き籠らせている』と言うのが正しい。

 支援能力に目が行きがちだが、ユカリは遠距離攻撃を主体とした戦闘も可能だ。

 対してグーフォは近接戦闘を得意とするが、魔法は二種類しか使えない。ユカリの支援を受けて、初めて下級の攻撃魔法が使える。下級と言えども、グーフォは魔力を大量につぎ込んで使用するので、中級並みの威力を誇る。

 足して割ると丁度良い二人なので、ユカリがここに来た当初は良くグーフォと組ませていた。


 細かい打ち合わせを終え、パウンドケーキを三人で平らげて、コリフェーオは解散を二人に言い渡した。

 ユカリが移動する場合は色々と準備をして行かなくてはならないので、時間が掛かる。この準備をしないと、今ここにいないもの達にも迷惑が掛かる。

 その為、出発時刻はユカリの準備が終わってからだ。これはグーフォも理解している。

 席を立った二人を見送ったコリフェーオは、椅子にだらしなく座り直して天井を見た。

「ラートの野郎。よくもまぁ、面倒くせぇモンを残してくれたな。お陰で、最高(レージョ・)(カイ・)議会(プーノ)も上から下まで大騒動だぜ」

 コリフェーオは亡き元同胞に対して愚痴を零した。

 複数の因果が絡んだ結果だとは、頭では理解している。

 だが、全ての始まりが元同胞なので……愚痴の一つや二つ零したくなる。

 独りで、研究に没頭し、研究が行き詰って発狂し、禁忌に手を出して道から外れた、元同胞――ラート。

 彼の能力は浸食系だ。その効果範囲は広く、時間は掛かるが、『世界の理を一時的に書き換える』事すら可能とする。

 ……正直に言うと、グーフォとやり合っていた、名前も知らないあの女に、ラートの能力を継承させたい。だが、ベーノ・アウ・マルベーノを所持している以上、それは許されない。何が起きるか分からねぇ。あー、他に候補者はいねえぇかな。

 亡き元同胞の前に、ラートの名と能力を持っていた奴は、赤のルータに所属していた。紆余曲折あって、元同胞が赤のラートを殺して、名前と能力を継承した。

 ここまでは、審判者としてよくある事だ。審判者の能力は、基本的に名前と一緒に己を殺したものに継承される。

 だが、今回は違う。名前と能力が誰にも継承されない。それどころか、能力の核となる部分が、世界樹を経由して、どこかの世界に流れてしまった。

 核の回収には途方もない時間を要した。

 探索途中でユカリが『グーフォの魔法攻撃を受けていたんだったら、核にグーフォの魔力残滓が残っているんじゃない?』と気づいたお陰で、どうにか回収は出来た。

 回収は出来たが、二十年近い時間、世界樹内を彷徨っていた事が原因で、多少の劣化が見られた。現在、緑の中の緑が復元に勤しんでいる。

 グーフォの報告を聞いた限りでは、回収は難しかった。流石に審判者でも、世界の崩壊に巻き込まれては死ぬしかない。

「ままならねぇ……」

 暫しの間、コリフェーオは順調に進まない状況について嘆いた。



全話の後半部分です。一つに纏めるには長すぎたので、分割しました。

分割して、やっぱり正解だったと持っています。


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