2 詳しい話を
「ちょっ、ちょっと待って下さい! いったいどういうことでしょうか? 何が何やら……」
「ああ、すまない。さて、何から話したものか……」
お貴族様、お名前をクライス様とおっしゃるこの御方はルサリア伯爵家のご当主様であると名乗られました。
伯爵様には私と同じ年の御嬢様がいらっしゃるそうなのですがその御嬢様と私がどうやら瓜二つの容姿をしているらしいのです。
「正直、娘が目の前にいると思った。こんなに似ている他人がいるとは思わなかったよ」
伯爵様はそう言ってカインさんが急いで出したお茶を一口飲まれました。
明るい茶色の背中くらいまで伸ばした長い髪。
瞳はブルーサファイア色で色白な肌。
伯爵様がお話しになる御嬢様の特徴はざっとそんな感じでした。
たしかに私も同じではあります。
しかし、その程度の特徴であれば同じような方は星の数とまでは言いませんがそれなりの数いらっしゃると思うのですが……。
「娘の容姿を正確に寸分違わず言葉にすることはできぬよ。まあ、会ってくれればわかる。貴女も鏡で自分の顔を見たことくらいはあるだろう?」
「それはそうですが……」
平民とはいえ鏡の一つくらいは持っています。
まあ、お貴族様が持っているような品質の良い大きなものではありませんけど。
話は続きますが、その御嬢様。
お名前をセレナ様とおっしゃるそうなのですが、今度王立学院の2年生に上がられるとのことです。
元々ちょっと身体が弱い御方で1年時には時折休まれながらも学院には通われていたのですがその途中からだんだんと体調が悪くなられたそうです。学年を終える頃にはそれがひどくなったため、今後長期間、学院をお休みせざるを得ないそうなのですが……。
「学院長には話を通してある。出席日数が足りなくても学年末の最後の試験をパスすれば進級できる特別な配慮をしていただけることになった。しかし、このことはあまり大っぴらにしたくないのだ」
「といいますと?」
「他の貴族の家から特別待遇だとかでやっかみを受けたり足を引っ張られることが目に見えている。それに加えてセレナのことを悪し様に言う輩も出てくるだろう」
御嬢様は元々ちょっと病弱であったとはいえ、そこまで酷いものではなかったそうです。
それが今回の御病気で1年間学院を休むとなれば敵対する派閥勢力からあることないこと言われかねないことを非常に危惧されているとのこと。女の子ですから将来のご結婚に影響する可能性を特に心配されているご様子です。
ちなみに今回の体調悪化はとある病気のせいであることが判明していてその病気は薬があるのできちんと完治し病気さえ治ればその病気が原因の体調悪化は完全に回復するそうです。
とはいえ療養期間は余裕を持って1年は見ておきたいというのがお医者様の見立てでそういった理由で長期間学院を休む必要があるのだとか。
「そういうわけで周囲の者には娘が普通に学院に通っているように思わせたいのだ。学院長の許可は得ているので娘の身代わりとしてこの1年間、娘の振りをして学院に通ってくれる者はいないだろうかと考えていた。ただ現実にはそこまで娘に似ている者が都合よくいるわけがないと半ば諦めていたところで貴女に出会ったのだ」
あー、なるほど。
偶然って怖いなー。
この世界には魔法という便利なものがあるのですが残念ながら自分の姿形を他人そっくりに見せる魔法というものは聞いたことがありません。
平民は魔法を使える者が少ないため単に私が知らないだけかもしれませんが、本当に使えるのであればわざわざリスクを冒して平民である私に頼みはしないでしょう。それにそんな魔法をバンバン使えるのであれば逐一目の前の人がホンモノかどうかを確かめないといけない大変な世の中になりそうです。それこそ王様なんかは毎日入れ替わっていないかを確かめられてしまうでしょう。
「どうだろう? 報酬は言い値でお支払いしよう。身代わりの間の生活についても全てこちらで面倒をみさせていただく。どうか引き受けてもらえないだろうか?」
貴族の生活というものに憧れはあるものの急にそう言われるとやはり尻込みしてしまいます。
しかし、お貴族様からもらえる報酬というのはやはり魅力的です。
私はカインさんの顔をチラッと見ました。
うん、やはり顔色がよくない。
カインさんの病気を治すための薬を買えるだけの報酬がもらえるのであれば……。
んっ?
そういえば、御嬢様の病気ってカインさんの病気と症状がよく似ているみたいだけど。
私は思い切って伯爵様にカインさんの病気のことを話してみました。
カインさんは当初自分のことはいいと言っていましたが伯爵様とカインさん双方に確認するとやはり御嬢様の病気とカインさんの病気は同じもののようです。
「娘は元々病弱だったため、病気による体調悪化に気付くことが遅れてしまった。あと、治療薬は高価ではあるがそれ以前にその材料を手に入れるための時間が掛かってしまい後手に回ったのだ」
なるほど。
そういったご事情で御嬢様はカインさんよりも病状が進行してしまっているそうです。
「可能であればカインさんに同じ薬をいただくことを報酬にしていただけませんでしょうか? 私はそれさえしてもらえるのであれば他には何もいりません」
「それならば対応は可能だ。娘のために集めた薬の材料はいざという時に備えて多目に確保している。薬の余剰をカイン殿に融通するくらいの余力はあるのでそれで良ければそれを報酬とさせていただこう。あと、カイン殿も店を閉めて養生された方がいいだろう。その期間の生活費についても我が家から支給する。その条件でどうだろうか?」
それは願ってもいない条件です。
私の心は直ぐに決まりました。
「やります! 是非やらせて下さい!」
良かった。
これでカインさんは助かる。
この偶然の出会いにより私は思いがけずお貴族様の世界に飛び込むことになりました。




