第36話
音緒さんから話を聞いても考えが纏まらないようだった。レベルが上がって〝思考誘導〟の効果が解除されたためか、少し混乱しているようにも見える。今は早急にこの洞窟を抜けて扇コミュニティに帰ることを優先したほうが良いだろう。
もしかしたら、何かがコミュニティで起こっている可能性が高い。ラプはこの洞窟の中のことまでは知らないはずだ。ラプにとってもここに誘導するのは一時的な時間稼ぎなんじゃないかと思う。
ショッピングモールで俺が、斑鳩くん、片手の肥大化した異形、肉塊の異形を立て続けに倒したのは記憶に新しい。上田班と音緒さんで俺の足を引っ張らせるためか。
「音緒さん。とりあえず進もう。ここを出ないとどうしようもない」
俺は音緒さんにそう言うと、音緒さんも考えるのを止めて頷いてくれる。
岩陰に隠れるように存在する通路は、俺達が今まで通ってきた通路とほぼ変わらない。上と左右にはゴツゴツした岩肌。地面も岩でできているため多少デコボコしているがほぼ平らで歩きやすくなっている。
ワームなどが出てきても良いように俺は魔力を広げ先の様子を探索しながら歩いて行く。
通路に入って100メートルも歩かないうちに、先ほどよりも小さい大きく開けた空洞に到着する。前の空洞と違う点と言えば、そこにはワームや異形などの敵性存在が一匹もいないことだろう。
「久我さん!あれをっ!」
音緒さんが声を上げた方向には、岩でできた台座の上に浮かぶように存在するバスケットボール大の黒い球体。
――【領域結界】のコアだ
これを破壊するか支配下に置けば……この洞窟から出られるのか?辺りを見回してみるが、ここは行き止まりになっているのか通路のようなものはどこにもない。
俺の探知範囲内には……何もいない。ここに〝黒い異形〟はいないのか?単体で強い黒い異形、ここはワームの物量で侵入者を倒すのか?
警戒しながらゆっくりとコアに近づく。
何も起こることがないままコアを触れる距離に到達し、俺はコアに触れ、少し持ち上げてみる。
魔力を凝縮してできているこの世界のルールを司る塊、表面もつるつるしていて今までのコアと変わらない。
何も起こらないなら、幻想拡張で支配下に置くだけだ。
「幻想拡張」
俺の身体から魔力が吹き出しコアを包み込む。役割としては前と同じ。
俺にしか使えないように、強度も高く。
だが、感覚的に少し前の時とは違う。表面に何か紐のようなものが無数に繋がっている。これを壊さなければ、支配下に置けない。
紐のようなものの一本に意識を集中させると、人の顔のようなものが浮かんでくるが、それが誰だか何なのかはハッキリとわからない。
このままこうしていても埒があかない。紐のようなものを纏めて破壊するようにイメージする。
「えっ!?」
紐の束を纏めて破壊した瞬間、背後から音緒さんの声が聞こえてくるが、今は集中しているので構ってられない。
探知範囲には異形などの姿もないし、終わってから聞いてみればいいだろう。
集中して一分ほどで完成する。
【領域結界が破壊されました】
脳内に響くアナウンスと共に一瞬の浮遊感。咄嗟にコアを両手で持つと俺と音緒さんはまた別の場所に転移した。
一瞬の浮遊感から解放された俺は周りを見渡す。
「海……?」
俺達が転移された場所は島、というか周りを海に囲まれている場所。遠くの方に道が続いて崩れた街並みは見えるが……何処だここ?
「久我さんっ!ここ、江ノ島ですよ!」
音緒さんが興奮気味に辺りを見回しながら薄っすらと太陽が昇る海や建物を指さしてくる。
何で江ノ島なんだ?いや、答えは出ないんだろうけど、まあ洞窟から出られただけで良かったのか。
手元にはしっかりコアを持っている。アイテムボックスからリュックを出すと、コアをその中に入れる。
「音緒さん。そう言えばさっきの驚いたような声は何だったの?」
海を見ている音緒さんに問いかけると、はっとした表情になり慌てて答える。
「アナウンスがあったんです。『死者蘇生が破棄されます』って」
音緒さんの慌てた声に納得する。
無数の紐のようなものは〝死に戻り〟ができる人間に繋がっていたのか。だから誰かの顔が出て来たのかな。音緒さんにアナウンスがあったなら他の人にもあったはず。扇コミュニティの全員にも伝わっているはずだ。
たぶんだが、俺達が扇コミュニティを出てから一日ってところだと思う。もう何かラプが行動を起こしているはず、早めに帰りたいところだが……。
「まあ予定通りと言えば予定通りだ。これからは命大事に、で行動してもらおう。……それよりも、ここから帰るのは、何時間かかるんだ?」
◇◇◇
俺と音緒さんは江ノ島を出て崩れた街並みを歩いて行く。江ノ島から繋がっている道路はところどころ崩れてはいたが人が通るぶんには何とか通れるといったところだった。
地図で確認すると、ショッピングモールまでは徒歩でおよそ数時間、扇コミュニティにはさらに時間がかかるだろう。ただそれは前の世界で普通に進めればって前提があり、道とゾンビ次第では一日かかってもおかしくはない。
ゾンビの大群が今どうなっているかはわからないが、ただでさえスムーズに移動できない中で大群に見つかってしまうと時間がかかりすぎる。何とか今日中に扇コミュニティに帰りたいところだが……。
町中のゾンビは俺達が領域結界に入ったからか離れていたから影響がなかったのかわからないが落ち着いており、今のところは散発的に見かける程度。
早く帰りたい思いはあったが、斑鳩くんが残っていることを考えるとラプもそこまで大きな動きはできないだろうと予想し、少し時間はかかるが道なりを直線上に帰るのではなく、念のためショッピングモールから〝穴〟があったビル周辺を迂回するように俺達は進んでいく。
散発的なゾンビとの戦闘、そして昨日から戦い続けている俺達は精神的にも肉体的にも限界がきて、途中に発見した無事な民家に領域結界を展開させて一泊した。
「コミュニティは無事でしょうか……?」
一泊した民家を出ると音緒さんが心配そうに聞いてくる。ラプの思考誘導に掛かっていたとはいえ石を強化してしまったことや俺をコミュニティから離してしまったことに罪悪感を感じているようだ。
「斑鳩くんは強いし、大丈夫だとは思うけどラプが何を考えているかわからないから……」
扇コミュニティには、重要なものは一つしかない。俺が強化した領域結界のコアだ。それさえ守ることができれば大丈夫だとは思うけど……。ただ音緒さんが強化した石それを何に使うかがわからない。
ゾンビから取りだしたとして、普通に考えるとゾンビを発生させる元になる、ステータス持ちに使って異形を増やすなんてことも考えられる。ただ、それをやって何の得があるのか?異形なんて増やしたとしてラプに制御できなきゃ木乃伊取りが木乃伊になる。
現状でラプのスキル〝思考誘導〟と〝解析〟だけじゃどうにかなるとは思えない。
一泊した民家から歩くこと数時間、俺達は扇コミュニティが見えるところまでたどり着く。
バリケードが破壊されていることもなく、周りにゾンビが集まっていることもなく、騒ぎが起こっているようなざわめきもない。
俺達が考えていたことが全くの妄想、杞憂だとさえ思えてくる状況に肩透かしを食らった感覚で、俺達は何とか扇コミュニティに辿り着くことができた。
ご愛読ありがとうございます。
切りの良いところまで進んだので少しの間、休載させていただこうと思います。
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