54.マオと夏服
「昼過ぎには終わるは思う。が、何かあったらいつでも連絡してくれ。例えば道に迷ったとか」
「大丈夫だ、問題はない」
「結構でかい街だからな。俺たちの住んでいた街と違って人も多い。マオはただでさえ目立つし、気を付けろよ。もしも妙な連中に声かけられても、絶対に付いて行くなよ」
「分かっておる」
「そうだ、もしもしつこく付き纏われたら、マオが自分で何とか出来るのは知ってるが、俺を呼んでくれたら速攻で駆けつけて……」
「いいから晃は早く行ってくるのだ! 時間がないのであろう!?」
駅からタクシーに乗り、訪問先の会社の前で降ろしてもらったあと。
俺が終わるのを一人で待つマオは、本屋で目当ての本を探しながらそこで俺を待つ、ということだったので、ここでいったん別れることになった。
で、マオに様々な注意事項を述べていると、マオがたまりかねたように声を上げた、と。
「まったく、最近は晃の過保護っぷりも終わったと思っておったのに」
そう言うとマオは、呆れたように息を吐く。
確かに、マオが初めての買い物の時や、それ以降もちょいちょい色々言っていたが。
最近はマオもあの街に慣れてきてたし、いつものスーパーでの買い物くらいなら一人で行っても問題ないって分かったからな。
俺も平日の買い物くらいは何も言わなくなった。
あと朝のジョギングも。
だが、ここは誰も知り合いのいない、しかも全然知らん土地だ。
俺が心配になるのも無理はない。
しかしマオの言う通り、時間がないのも事実だ。
俺は後ろ髪を引かれる思いでマオから離れると、マオが手を振りながら見送る。
その間際。
「晃、我のことは気にせずともよい。どれだけ遅くなっても、我はお主を待っておる。だから、頑張ってくるのだぞ」
「……おう」
マオにそう言われると、勝手に俺の頬も緩むと同時に、やる気も出てくる。
ま、仕事できたのは事実だしな。
ここまで来て手を抜くのもあれなので、マオに手を軽く振り返し、俺は気持ちを切り替えて取引先へと足を踏み入れた。
――それから、数時間後。
予定よりも時間がかかってしまった。
時計を見ると既に二時を回っている。
だが、成果は申し分ない。
伊吹さんにそのことを軽く電話で伝えたあと、俺はすぐさまマオに連絡する。
『悪い、少し遅くなった。今終わった』
すぐに既読が付き、ウサギが、お疲れ様と書かれたハートを持っているスタンプが送られてくる。
他意はないと分かっていても、勝手に口元がにやけるのは仕方がない。
だが、道端でにやつく男は怪しいことこのうえない。
慌てて口もとを手で押さえ、マオに確認した後、俺は電話をかける。
二十分後に温泉街へ向かう高速バスが出るようだと伝えたら、バス停は今いる本屋のすぐ目の前らしい。
待合所で待っている、ということなので、照り付ける太陽の熱さに辟易しながらも急いで向かうと――。
待合所のベンチに、背筋をピンと伸ばして座っているマオの姿が目に入る。
今日のマオは、前にショッピングモールで散々買いまくった、あのガーリーショップの夏服を着ている。
今回は袖のないワンピースで、ふくらはぎの辺りまで隠れているタイプだ。
胸元は前回来たワンピースよりもわずかに開いてるが、いやらしさはない。
白の生地の上には淡いピンク色の小さな花が散りばめられていて、マオの黒髪と赤い瞳を柔らかく引き立てている。
旅行に行く直前に行ったあの店でこれを試着した時、マオは自分には柄物は似合わないと恥ずかしそうに言っていたが……。
既に顔馴染みとなっていた店員さんと即座に目を合わせて頷き合い、俺はすぐに彼女にカードを手渡した。
つまるところ、ものすごく似合っている。
家出る時は眠気もあったし、一応仕事モードでもあった。
だからちゃんと見ているようで見ていなかったが、改めて外でマオの姿を見ると、あまりの可愛さに、心臓が勝手に早鐘を打つ。
だが、それはどうも俺だけではないらしい。
マオは明らかに目立っていた。
男女問わず、マオに皆の目が釘付けになっている。
それはいつもそうなんだが、今日はその視線の強さが半端ない。
……特に俺と同性のやつの。
現に俺の耳に、一人でいるマオに声をかけようかどうか迷っているような会話も聞こえてきた。
しかし、そう簡単に声なんてかけさせるものか。
俺はそいつらの視界を遮るように足を進めてマオの元へ向かう。
「晃!」
俺の姿が見えた途端、マオの顔が笑顔になる。
……あー、すごいな、この威力。
服のせいなのか、旅行っていう普段とは違うシチュエーションだからなのか。
マオの笑顔の破壊力はいつも以上だ。
しかしここででろんとした気持ちの悪い顔を見せるわけにはいかないんで、とけそうになった顔を元に戻し、俺はマオの隣に座る。
「マオ、色々待たせたな」
「なに、気にするでない。我も存分に楽しんでおったからな」
「ならいいんだけどさ」
ところで本屋で何を買ったんだと聞きかけて……青いビニール袋を見た俺は、色々と察する。
なるほど、マオが今までいた本屋ってのは、ア○メイトか……。
しかしまあ、マオが嬉しそうにしてるからよしとするか。
できれば全年齢であることを願いたい。
マオと他愛もない話をしていると、温泉地行きのバスが到着したとアナウンスが響き渡る。
そして俺たちはそのバスに揺られること三十分足らず。
無事に目的地へと到着した。




