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テンプレ異世界から無事に帰れた後、美人で可愛い魔王を拾ったので一緒に住んでみた  作者: 春樹凜


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53.マオと新幹線移動



「ふむ。晃、旅行とは何を持っていけばよいのだ?」


 週末。

 マオが難しい顔をしながら、旅行用にと用意した鞄の前で悩んでいた。


「なんだろうな、まあ、着替えとかか? 正直足りないもんがあれば現地で調達すればいいと思うし」

「そうか」


 マオは納得したように頷くと、荷物を詰める。

そして一番上に、おもむろに一冊の本を置いた。


「……あの、マオさん?」

「どうした晃」

「それ、なに」

「瑠衣ちゃんに借りた本だ。ゆかりんが同人時代に書いていた物らしくてな。ゆかりん本人も既に手元に残っていなかったようだが、古参ファンの瑠衣ちゃんは持っていたようでな。旅行に行くと言ったら、新幹線で読めばいいと」


 一ノ瀬さんと連絡先を交換したい話も聞いたし、勿論了承した。

 彼女となら別に俺に確認しなくても良かったんだが、いかにもマオらしい判断だ。


 で、一ノ瀬さんがうちの会社の売れっ子先生の大ファンだって話を知って驚いた。

 それはまあいいとして。


「……せめて表紙はカバーかなんかで隠してくれ」


 マオが窓際の席で本を読む姿は、そりゃあ様になってるだろうが、少なくとも公衆の面前で見られていいタイトルじゃなかった。


 マオはすぐに合点が言ったようで、いそいそと紙のカバーをかけて大事そうにもう一度しまい直すと、鞄にしまった。




 そしてやってきた出発の日。


 始発の新幹線に乗るため、普段よりも早い時間には家を出る。

 マオのお陰で寝坊することはなかった。


 だが、眠いのは眠い。

 普段より濃い目のコーヒーを決めても、眠気が消えることはなかった。

 今日の仕事で使う資料を見返していたが、さっきから欠伸が止まらん。


「晃、少し寝た方がいいのではないか? 昨日も帰りが遅かったであろう」


 三日も会社に行かないわけだからな。

 週明けに溜まった仕事を片付けるのは嫌だからと、昨日一昨日は結構体に鞭を打った記憶がある。


 まあ、資料に書いてることもあらかた頭には入っているし。


「到着まで二時間か……。仮眠にはちょうどいいか」

「安心するがいい。目的地に着く前に、我が必ずお主を起こすのでな」


 マオは一ノ瀬さんから借りた本を片手に、任せておけとばかりに軽く胸を叩く。


「なら頼もうかな」


 言いながら俺の瞼はゆっくりと閉じていきそうになる。

 ああ、マジで限界だわ、これ。

 ほんっと眠い。

 新幹線の規則正しい振動が、心地いいせいだ。


 意識が沈んでいく中で、ふと視界に、隣に座るマオの姿が映る。


 マオは手にした本のページを、ワクワクした顔でめくっている。

 どんな内容の本なのかはおいといて、その表情はまるで、小さい子どものように無邪気だ。


 異世界で勇者一行と戦ってた時とも、ヴェルガと対峙していた時とも違う。

 

 ――魔王としての役割を課され、凛とした佇まいで立つマオも悪くないが、やっぱ俺はこっちの方が好きだ。


 そう思った瞬間、俺の口は勝手に緩んだ。


「マオって、可愛いよな」


 自覚してからははっきり言えなくなっていた単語が、するりと飛び出す。


 マオは、ページをめくる音が少しだけ止まった気がしたが、何も言わない。

 

 ……ならこれは、きっと夢だな。 


 なんてこった、俺はまだ起きているつもりだったのに、いつの間にか眠っていたらしい。

 だよな、現実だったらこんなこと、簡単に口に出せるわけがないし。


 そう結論付けた俺は、ただ黙ってマオの横顔を眺める。


 相変わらずマオは、本に視線を落としている。

 何故か分からんが、微かに耳が赤い。

 

 そんなマオの横顔を見ながら、俺は夢の中でまたしても、気付けば意識を失っていた。


「……、……あき……おい、晃」


 名前を呼ばれた気がして、目を開ける。


「……」


 瞼をこすり、まずここがどこか一瞬分からず瞬きをする。

 その後聞こえてくる車内アナウンスで、今俺は新幹線に乗っていたことを思い出す。

 聞こえた次の停車駅は、俺たちが降りる駅だ。


 隣を見ると、ほっとしたように安堵の息を漏らすマオがいた。


「もうすぐ着くぞ。そろそろ起きた方がよいのではないか?」


 マオは既に降りる支度を終えており、読んでいた本も手には持っていなかった。


「……おう」


 俺は体を背もたれから起こすと、自分の荷物をすべてまとめる。

 ついでに残っていたコーヒーの残りを流し込む。

 しっかり寝たおかげか、少しずつ頭が覚醒していく。


 俺は伸びをしながら、起こしてくれたマオにお礼を言う。


「助かったよマオ。朝の出発の時といい、今回といい。俺一人じゃ起きられなかったし、下手すれば乗り過ごしてたかもしんない」

「晃の役に立てたなら何よりだ」


 と、ここで、俺は気づく。


「……マオ、なんか顔赤くないか?」

「そんなことはない!」


 即答だった。

 しかも割と強めの。


「え、いやでも……」

「何でもないのだ! その、先ほどまで読んでいた本の内容が少し扇情的であったのでな! まさか日常的に使うあのようなものを組み合わせて体内に取り込んで……」

「待てマオ! それ以上は言うな!」


 具体的な内容は一つも分からんが、それでもマオに続けさせたらまずいことだけは理解できる。


 しかも、この時間は結構な人数が乗っている。

 なにせ読んでいたのがアレな内容なだけに、聞かれるのは問題ありまくりだ。


「分かった、とにかく分かったから!」


 これ以上はマオに何も言わず、俺は荷物を手に取ると、ドアの前にできた人の列に並ぶ。

 マオも俺と同じように口を閉ざし、おとなしく俺の後ろに着く。


 もう一度マオに視線を向けると、やっぱりマオの顔はまだ熱を持っている。


 ……あの先生、どんだけセンセーショナルな話書いたんだよ。

 そんなことを思いながら、ゆっくりと減速する新幹線は目的地に到着した。



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