51.悩みの種
俺が連絡するまでもなく、予想通りマオは、いつもよりも少し早い時間に帰ってきた。
「おう、おかえりマオ」
あいつがいなくなり、悠々と二杯目のコーヒーを口にしていたら、マオが靴を脱ぎ捨てる勢いで部屋へと入ってくると、俺の方へ詰め寄ると、俺の肩を持って揺らす。
「晃! 大丈夫か!? 今ヴェルガがアキラに接近している気配が」
「あー、いや、うん、大丈夫、そっちはなんとかなったから」
ちなみに、マジであいつは隣の部屋に住んでいた。
鍵使って普通に入っていくんだもんな……。
とりあえず落ち着けとマオに言って、俺はマオに状況を説明した。
俺の正面に座り、話を最後まで聞いたマオは、ほっと息を吐く。
「我としては、隣にいる方が何かと目が行き届くのでな、ある意味安心ではあるのだ。ただ、晃が面倒なことに巻き込まれることだけを懸念していたが……」
「そっちは大丈夫だ。それよりも、俺がいない時にあいつがマオに接触してくるほうが嫌なんだが」
「問題はない」
だが、俺の懸念を吹き飛ばすほどに、きっぱりとマオは答える。
「そもそも、ヴェルガは臆病な男なのだ。なぜ魔界でも禁忌とされていたあの薬を持ち出したのか……あれに頼らねば、我とまともに接触できんからだ」
「けどマオ前に言ってなかったか? 入浴時に乱入してくるとか、着替えの時に触ってくるとか、寝顔を拝みに来るとか」
「前の二つは残りの四天王の方だ。ヴェルガは我に直接的な接触はしない。所かまわず我の後を追い、我の私物を集め、たまに部屋に侵入して寝顔をこっそり見に来る……いわゆる間接的な変態だな。部屋への不法侵入も、我がそれに気付いた以降はあやつはしておらん」
変態に間接的と直接的な区分けがあるとは俺も知らなかったぞ。
なら直接的な接触をしてきたのが、あのロリ魔族の方か。
「だから、晃が心配せずとも問題はない」
そう言って、マオはいつもの落ち着いた表情に戻った。
理屈としては、確かにそうなんだろう。
だが。
「……それは分かった」
俺は一度、視線を逸らしてから、ぽつりと続ける。
「分かったけどさ。分かってるけど……それでも心配なのは変わらないんだよ」
マオが、わずかに目を瞬かせた。
「俺はさ、マオたちみたいに魔法が使えるわけでもないし、気配を読むなんて真似もできないし、一ノ瀬さんみたいに物理で黙らせることもできない。何かあった時に即座に対処できる力もない」
自分で言っていて、情けなくなる。
けど、これは事実だ。
「それでも、何かあったら、ちゃんと俺にも言えよ。頼りないかもしれんが、少しくらいは頼ってくれ」
マオを見据えて、はっきりと言う。
「俺にできることがあるなら、なんでもするからさ。だって俺はマオのこと……」
そこまで言って、俺ははっとした。
やばい!
脳内で警報が鳴り響く。
待て待て待て、今、何言おうとしてんだ俺!
俺はマオのことが……って、この続きって完全アウトなやつだろう!
俺は慌てて咳払いをする。
「……えーと、つまりだな! その、ほら、同居人としての責任感というか? 万が一の時に何も知らされてないと困るっていうか!」
我ながら苦しい言い訳だった。
……というか、これ大丈夫か?
誤魔化せてる気がまったくしないんだが。
現にマオは無言で、俺をじっと見ている。
……やっちまったか。
けどそう思った瞬間、マオがふっと息を吐いて、わずかに表情を和らげた。
「晃。我はこれまで、一人でどうにかすることが当たり前だった。だから、誰かに頼るという発想が、あまりなかったのだが……」
一瞬、言葉を選ぶように間を置いてから、マオは俺に心を預けてると言わんばかりの満面の笑みを浮かべた。
「晃がそう言ってくれるのは、嫌ではない。だからその時が来たら、頼らせてほしい」
俺の胸の奥が、きゅっと鳴った。
……だめだろその顔。
俺の心臓に悪い。
これ以上この空気にのまれたら、俺の理性の糸は一本残らず切れて、観覧車の二の舞になる。
俺は慌ててその場から立ち上がると、キッチンへ向かう。
「と、とりあえず朝飯にしないか? 折角だし、ヴェルガにもらった蕎麦でも食べるか。麵湯がくくらいは俺でもできるから、マオは先にシャワー浴びて来いよ」
「ふむ、そうであるか。では晃の言葉に甘えさせてもらうとしよう」
「おう」
マオがランニング終わりの汗を流しに浴室に向かったのを確認して、俺はため息をつきながらその場に蹲る。
今の俺には、隣人の存在がどうのこうのってよりも、自分の気持ちをどこまで抑えられるかの方が頭の痛い問題だった。
――ちなみに蕎麦は、どっちも普通にうまかった。
ヴェルガいったん終わり!
次から日常?に戻ります。




