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テンプレ異世界から無事に帰れた後、美人で可愛い魔王を拾ったので一緒に住んでみた  作者: 春樹凜


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50.ヴェルガの計画②



 ニ杯目のインスタントコーヒーも飲み干し、妙に満足そうな顔をしている変態を前に、俺は深く息を吸った。


 ……だめだ。  

 このままだと、ただ流されて終わる。


「……で」


 俺はカップを置き、正面のヴェルガを睨む。


「どういう経緯で蕎麦を持ってくる経緯になったんだよ。頼むから順番に説明してくれ」

「ふんっ、よかろう。人間である貴様にと分かりやすいよう、このヴァルが様が直々に言語化してやろうではないか。では聞くがいい、私の異世界ドキドキ生活の第一歩をな!」


 なぜか誇らしげだ。  

 誇る要素がどこにあるのか、まったく分からん。

 しかし俺は全てのツッコミを放棄して、ヴェルガの話を聞くことに専念する。


「まず、どの世界においても必要なものは決まっている。一つ目は、魔王様への愛」

「お前ブレないな」


 ヤバい、初っ端から出鼻挫かれた。

 しかしヴェルガは、気にせず続ける。


「そしてもう一つ。生きていくには何にしろ、金がいる」


 結構まともな思考だった。

 俺が黙って頷くと、ヴェルガは続ける。


「だが、魔界での通貨はこの世界では通じないことは分かっている。だから私は、魔界より持ち込んだ宝石を売り払い、金に換えることにした」


 そこで、ふと思い出す。  

 二カ月前、マオと一緒にヴェルガの持ち物を没収した時のことだ。


 妄想日記やらなんやらは、全部マオが後日灰にしていたが、確かに、あいつが持ってきていたはずの宝石だけが、忽然と姿を消していたのだ。

 なるほど、あの状態でそこまで頭が回ったのかと、俺は密かに感心していた。


「けど、金に換えるったって、一体どこでどうするんだよ。あんなこぶしサイズの宝石、普通に引き取ってくれるとこなんか……」

「私はとにかくこの世界のことが分からなかった。だから、宝石を金に変える方法も含め、その辺を歩いている人間の女に、この世界の理について尋ねた」

「まさか脅したりなんか」


 俺の言葉に、明らかに気分を害したようにヴェルガが鼻を鳴らす。


「阿呆め、そのような真似などするか。礼儀正しく笑顔で聞けば、色々と教えてくれたぞ。魔王様や四天王以外ならば、私の顔は大概の異性に有効だからな」


 ……うちを出ていった時あんなにボロボロで怪しさ満点だったのに、顔がいいってのはやっぱり武器になるみたいだ。


「それに私は無益な殺傷はしない。――魔王様が嫌う」


 即答だった。  

 しかも、理由が全部マオ基準だ。

 こいつは、どこまでいってもマオの熱狂的な信者だ。


「なら、マオへの暴走行為もやめりゃいいんじゃないのか? 魔界でのお前の行動やら聞いたが、マオめちゃくちゃ嫌がってたぞ」

「ふん、分かっていないな貴様! あれは魔王様の照れ隠しだ!」


 すごいドヤ顔だ。

 どっからそんな自信が湧いてくるんだ?


 俺はマオの苦労が身に沁みて分かった。

 もう、何も言うまい。


「……ところで霧島晃。この間から気になっているが、マオとは、魔王様のことか?」

「あ? ああ、そうだけど」


 その途端、ヴェルガが唇をワナワナさせて、テーブルを勢いよくバンっ、と叩くと立ち上がる。


「くっ、マオルーシェル様……とさえ、私は名前で呼べないというのに、なぜ、貴様だけ……しかもそのような愛称で……!」

「いや、魔法も魔族もいないこの世界で、魔王様とか呼べないだろうが。あと、単純にマオルーシェルは長くて呼びにくかったんだよ」

「やかましいっ!」


 ここでヴェルガは、俺にこの間のような氷魔法を放とうと手を俺に向ける。


 マオに絶対に大丈夫だと言われていたが、やはりビビるもんはビビる。

 が、……何も起こらなかった。


 なんというか、手のひらからふしゅーという音とともに、うっすら煙が上がっただけ。


「……なるほど、それが、あの薬の効果か」


 俺はほっとしながら息を吐く。

 ヴェルガは俺に危害を加えることができない。

 今、それが証明された。


 しかしヴェルガは予想していたのか、苛立たしげに息を吐くと、再び席につく。


「やはりだめか」

「残念ながらそうみたいだな」

「……分かっていたことだが。あの蕎麦に毒を仕込む魔法をかけようとしたが、何度やっても跳ね返された」

「……」


 油断も隙もありゃしない。 

 まあ、ヴェルガからしたら俺は本気で邪魔なんだろうが。


「っていうか、お前この世界でマオのこと、魔王様呼びはまずいんじゃないか?」


 するとヴェルガは、途端に体をもじもじさせる。


「しかし、さすがに魔王様を名前で呼ぶのは……」

「……お前面倒臭いやつだな」


 だめだ、これ、永遠に話進まんやつ。


 俺は強引に話を戻す。


「あー、とりあえず名前のことは置いておこう。……さっきの話の続き教えてくれよ」


 ヴェルガも先ほどとは一転して落ち着いた顔に戻る。


「そうだな。……彼女は私のこの顔を気にいったと言って、行くところがないならうちに泊まれと自宅まで案内された。タワマンと呼ばれる巨塔の最上階……人間の巣とは思えぬ高さから、その人間はこの街を見下ろし、不敵に微笑んでいた。私に手に入らないものはないのよ、と」

「……」


 俺はツッコまんぞ。


「彼女は私にあらゆることを教えてくれた。この世界で生きるためには勿論金がいること。そして彼女は、私の宝石を手に取り、これには巨万の価値があると札束をいくつも私の目の前に出し……」

「お前どんだけすごい金持ちに気に入られてんだよ!」


 何も言わずにいるのは無理だった。


 とにかく、ヴェルガはものすごい金持ちの女性に気に入られて、宝石の換金に成功し、この世界で生きていくための金を手に入れたと。

 それだけは分かった。

 俺は理解することを諦めた。


「もういいやなんでも。んで、何がどうなって隣に引っ越す流れになる」


 もういい。

 何も考えたくない。


 俺の隣は確か、仲睦まじい老夫婦だった。

 年は六十過ぎだろうか。

 俺だけじゃなくてマオも当然面識はある。


 そういやぁ、最近見てない。

 ただ、思ったよりも早く夢が叶いそうなのと、大分前にエレベーターで一緒になった時に、奥さんのほうが言っていた。


 なんだっけな、確か、南の島に移住するとかなんとか……。

 まとまったお金が手に入りそうだと。

 やたら顔のいい……外国人が、破格の値段で今住んでる部屋を……買ってくれそうだ、みたいな……。  

 そしてこいつはまとまった金を手に入れていた。


 俺は、浮かんだ可能性を口にする。 


「……ヴェルガ、隣の夫婦から、部屋買ったのか。脅し取った、でもなく」


 俺がじっと見てると、ヴェルガは自慢げに胸を張り、答えた。


「ふん、その通りだ」


 ――ヴェルガが言うには、まず俺と物理的な距離を詰めるために、隣の部屋に目をつけた。

 んで、隣に住む夫婦に何食わぬ顔で接近し部屋を売って欲しいと直談判した。

 そこで二人の夢を聞き、生涯そこで生活するために必要な金額を割り出し、プラス色をつけた金額を提示し、二人は喜んでそれを受け入れた。


「中の荷物も全て私が譲り受けた。今頃は遠い異国の地を踏んでいるはずだ」


 道理で大掛かりな引っ越し作業がなかったはずだ。

 その身一つで旅立ったなら、いなくなっても気づかん。


「にしても、不動産を売買するのって、そんな簡単な話じゃないだろう。マオと同じく身分証も何も無いお前が……」


 ヴェルガは懐から、すっと一枚のカードを取り出した。  

 テーブルの上に置かれたそれを見て、俺は目を疑う。

「……身分証?」 

「そうだ」

 

 どう見ても、ちゃんとしてる。

 役所で見せられても、誰も疑わないタイプの完成度だ。

 聞けば偽造ではなく本物だと。

 しかも戸籍も住民票もこの男は既に入手済みらしい。


「言ったろう、私は、この世界の理を、すべて聞いたと。魔族や魔法といった言葉を伏せ、この国で生活するためにはどうすればいいか相談したら、融通してもらった。あの人間、表にも裏にも顔がきくと言っていたからな。今の私は、この国に在住する外国人だ。役所にもそういう手続きがされている」


 ……誰に融通してもらったとか、もはや聞くだけ愚問だな。

 むしろ知らんほうがいい気がする。

 絶対に聞きたくない。

 俺は何も知らん。


 しかし、こいつ、どんだけの大物引っ掛けたんだよ。

 しかも魔法も何も使わず。

 マオへの態度がアレだからそっちにばかり目が行きがちになるが、俺は改めてこの男の怖さを認識する。


 ……今俺は、ただこいつに振り回されている。

 このままだと、俺とマオの生活がこの男に侵食されていく未来しか見えない。

 それ、本当に嫌だ。

 俺の方が主導権を握らないと……。


 考えた末に俺は、カップを置いてヴェルガをまっすぐ見る。


「ヴェルガ。お前さ、俺と友好関係を築きたいんだろ?」

「当然だ」

「だったら、あんまりこっちの生活に侵食してくるな」

「……侵食?」


 ヴェルガが眉をひそめる。


「まず、急に押しかけてくるな。あと、距離感を詰めすぎるな。隣人として適切な距離でいてくれ。言っとくが俺は、お前の言う通り器の小さい男なんでな。そう簡単にお前のことを信用はできない」


 今回は家に入れたが、まあ今日は例外だ。


「信用ができない相手と、そもそも友好関係は築けないだろう? つまりこのままの圧で来られても、俺とお前の距離は永遠に縮まらない」


 少しだけ間を置いて、俺は続ける。


「……俺の警戒が解けなきゃ、お前の目的は遠のく。それくらい分かるだろ」


 ヴェルガはしばらく黙り込み、やがて低く唸った。


「……なるほど。……理解した」

「本当か?」

「ああ。まずは隣人として適切な距離を保てと」

「そうだ。隣人として、自然に、普通にだ」

「普通……」


 ヴェルガは呟くと、背筋を正す。


「ならば私は、挨拶は適切な距離で行い、不要な干渉は控え、生活音にも配慮し、貴様の私生活を尊重しよう」

「……おう」


 やけに物分かりがいいな。


「そして信頼を積み重ねれば、いつの日か私はこの家に招かれるようになり、ゆくゆくは合鍵をもらえると」

「そういうことだ」


 そんな日は永遠に来ないが、俺はヴェルガを納得させるために、あえて否定しなかった。


「分かった。今は耐える時だということだな」


 そのままマオが元の世界に戻るまで、大人しくずっと耐えててくれ。

 そんな本音は隠し、俺はそのとおりだと言わんばかりに大きく頷いておいた。

 


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