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テンプレ異世界から無事に帰れた後、美人で可愛い魔王を拾ったので一緒に住んでみた  作者: 春樹凜


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49.ヴェルガの計画①



 ――理解が追いつかない。

 蕎麦だの引っ越しだの隣人だの……そして目の前にいるのはあのヴェルガ。 


 情報が渋滞して、脳内で事故を起こしていた。


「……いや、待て待て待て」


 俺は額を押さえた。


「一つずつ確認するぞ。おいヴェルガ、お前は二ヶ月前、俺の家に氷の塊をぶち込み、ぐるぐる巻きにされ、泣き喚き、最終的に逃げた」


 ヴェルガが顔をツンと上げたあと、仰々しく頷く。


「忌まわしき過去だが事実だ。認めてやろう」

「なんでそんな偉そうなんだよ! ……まあいい。そのあとお前は消息不明になった。……で、今」


 俺は紙袋を指さす。


「お前はなぜか蕎麦を持ってこの家にやってきた。引っ越しの挨拶っていうわけわからん単語を持ち出して」

「わけがわからん、だと? ……貴様、日本人の分際で引っ越し蕎麦の文化を知らないのか!」

「知ってるわ! 知ってるからこんだけ戸惑ってるんだよ! 異世界魔族に日本人どうこう言われたくないんだが!?」


 一体どこでそんな情報手に入れたんだよ!

 あと、マジで隣ってどういうことだ?

 うちの隣は確か、俺より長く住んでる感じのいい老夫婦だったはずだが……。


 しかし俺がそれを聞こうとする前に、ヴェルガはとにかくしつこく蕎麦の入った紙袋を俺に渡そうと、腕をドアの更に奥へと押し込める。


「いいからさっさと受け取れ! 貴様は礼を欠くつもりか」

「命を狙った相手に礼を求めるな! ……ってかこれ毒とか入ってないよな?」

「貴様を殺してやりたいのは山々だが、秘薬の影響でそれは不可能だ。ふん、命拾いしたな霧島晃」


 ヴェルガはそう言って鼻を鳴らすと、なぜか妙に得意げな顔になった。


「それに勘違いするな。これは貴様のために用意したものではない!」

「……は?」

「これは魔王様に捧げるために買い求めた、選りすぐりの逸品だ! カネヤマ百貨店で販売されている一人前ニ千五百円の数量限定蕎麦だ」


 言われてみれば、ヴェルガの手にある紙袋は確かに、カネヤマ百貨店のロゴが入っている。

 

「ちなみに貴様が食すに値するのはこっちのほうだ!」


 そう言ってヴェルガは、もう片方の腕も無理やりねじ込んでくる。

 そっちの手の中にあったのは、値引きシールのついた、十束三百九十八円の激安蕎麦。


「お、おう……」


 値段の大幅な差があるとはいえ、憎いはずの俺相手にも律儀に蕎麦持ってくるとか。

 こいつは俺に嫌がらせしたいのか、律儀なのか、いまいちよく分からん奴だ。

 まあ実際問題、俺を殺したくても殺せないから、嫌がらせの意味合いの方が強いんだろうが。


 にしても、……どうするかなこの状況。


 俺は二種類の蕎麦とヴェルガの顔を交互に見て、内心で唸る。


 話は聞きたい。

 だがこいつがヤバい奴なのに変わりはない。

 正直家に入れたくはないが、玄関で長話はまずい。

 このやり取りを誰かに見られるのは後々面倒だ。

 でも、聞かないと何も分からんし。

 幸いなことにマオは今いない。

 


 脳内で高速会議を開いた結果、結論は一つだった。


 ――しゃあない。


 俺は短く息を吐き、スマホを取り出す。

 マオに、


『例の変態が来てる。今から話を聞く。俺が対応するからしばらく帰ってこなくていいぞ』


 とだけ打ち込み、送信前にふと考える。


 これ、送ったらマオのことだから、絶対に帰ってくるよな……。

 俺としては、あんまりこいつとマオを会わせたくない。

 今ヴェルガが襲来してるとをマオに連絡しようがしまいが、こいつの位置情報を把握できるマオのことだから、いずれここに戻ってくるだろうが……。


 なら、マオがいない間に俺が話だけ聞いてさっさと放り出すのが無難か……。


 そう思いながら、俺は未送信のままスマホをしまうと、チェーンを外してドアを開けた。


 とりあえず、蕎麦は受け取った。


「……入れ」

「ふん」


 ヴェルガは室内に足を踏み入れ――そのまま、俺より先に上がり込んだ。


「……おい」


 靴を脱ぎ、靴箱の横においてたスリッパを自分で出し、当然のように廊下を進み、当然のようにリビングへ入り、当然のように椅子を引いて――座った。


 勧めてもいないし、許可もしていない。

 家主は俺だ。


 なのに、ふんぞり返るように背もたれに体を預け、腕を組んでいる。

 まるで自分が家主かのように。


 マジでこいつ厚かましすぎる。


 その上厚かましさ全開の男は、椅子に座ったまま、顎を少し上げて言った。


「飲み物はないのか」

「……は?」


 一拍遅れて、聞き返す。


「今、何て?」

「私は客人だ。もてなすのが筋だろう」


 俺のこめかみがぴくりと跳ねる。


「人のこと殺そうとしてきたやつを、もてなす気になると思うか?」


 即座に言い返すと、ヴェルガは心外そうに眉を寄せた。


「過去の些事をいつまでも引きずるのは、器が小さい証拠だぞ」

「些事で氷ぶち込まれて命狙われたら、誰でも引きずるわ!」


 なんなんだこいつ!

 どうしてここまで堂々としていられる!?

 

 だが、ここで言い合っても意味はない。  

 こいつは俺が何言おうが変わらんだろう。


 あと、飲み物出さなかったら、しつこく、そりゃあもうしつこく、永遠に要求してくるだろう。

 さっきのインターホンと蕎麦の引き渡しの一件から、大体の性格は把握している。


 俺は深く息を吐き、キッチンへ向かった。

 湯を沸かしながら、俺は一つ気になることがあったと思い出し、ヴェルガに尋ねる。


「……なあヴェルガ。確認なんだけどさ」

「何だ」

「今マオいないんだが、それは別に気にならないのか?」

「そんなことは知っている。私は魔王様の不在時を狙ってここに来たのだからな」

「え?」


 嫌な予感がした。

 が、一応黙って聞いてると……。


「魔王様は毎朝、午前五時四十分ちょうどに自宅を出る」

「は?」


 ヴェルガは指を一本立て、朗々と続ける。


「出発前に必ずマンション一階の自動ドアの前で水を一杯飲み、靴紐を結ぶ時間は平均三十秒。天候が悪くてもランニングは欠かさず、ルートは曜日ごとに微妙に変わる」

「待て待て待て待て!」


 俺は思わず手に持っていたケトルを置いた。


「なんでそんなこと知ってんだよ!」

「把握しているからだ」

「理由になってねぇ!」


 だがヴェルガはまったく動じない。


「とにかく、私は、今この家に貴様しかいないことを知った上でここに来た」

「なんだそれ……」


 こいつは俺のことが邪魔だと思ってるはずだ。

 意味が分からない。


 するとヴェルガが、俺の戸惑いに気づいたのか、丁寧に説明を始める。


「……つまりだ。私は魔王様と共に暮らしたい」

「そこは知ってる」

「だが貴様が邪魔だ。しかし排除できない。目の上のたんこぶ……いや、私の崇高なる計画に、土足で踏み込んできた迷惑極まりない異物だ」

「それ俺の台詞な」


 こいつにだけは言われたくない。

 しかしヴェルガは、まったく俺の言葉を取り合うことなく続ける。


 なぜか、ヴェルガはここで胸を張る。


「そこで私は考えた。そして……非常に不本意だが、ある方法を思いついた。すなわち――霧島晃、貴様と友好関係を築くことをだ!」

「……」


 堂々と言い切られて、脳が一瞬止まった。

 その間にもヴェルガの説明は続く。


「まず私は貴様と物理的な距離を縮めるために、隣に引っ越す。そして交流を深め、貴様の信頼を得て、心の友となり――合鍵を得る」

「なんだその飛躍理論!」


 あまりのぶっ飛び説明に、ようやく俺の脳が動き出した。


「大体殺そうとしてきた奴と、俺が心の友ってのになると思ってるのか! あと、合鍵ってなんだ」

「貴様……私が本気で貴様と親友になりたがっているとでも思っているのか! 私も不本意なんだ! だが魔王様に近づくために仕方なく」

「なんでお前の方が嫌そうなんだよ! 俺の方が嫌だからな!」


 俺は頭をガシガシと掻く。

 あー、どうしようこいつ。

 想像以上にヤバい。


 だが、ヴェルガの言わんとしていることは分かってきた。

 俺は、カップの中にお湯を注ぎながら確認する。


「……つまりあれか。お前は俺と友達になって、合鍵をもらって、マオのいるこの家にいつでも行き来できるようになりたいと」

「その通りだ。魔王様も、さすがに貴様の親友となった私を無闇に追い出すことはされない。そういうお方だからな。そうして私は、ゆくゆくは……」


 ヴェルガはここで言葉をいったん切ると、静かに、誇らしげに言った。


「霧島家の第三の住人となる」

「誰が認めるかぁ!」


 勝手に何言ってんだこいつ!

 発想が怖いわ!


 ……なんかもう、既に疲れてきた。

 さっさと話聞いて追い出そう。

 俺は無言でインスタントコーヒーをカップに注ぎ、差し出す。


「ほら。飲み物」


 いいとこの出だと分かる綺麗な所作だ。

 ヴェルガは優雅に一口含んだあと――。


「……インスタントか」

「うるさい、文句言うな」


 だがヴェルガは、そのまま全部飲み干した。


「……不味くはない」

「結局飲むんかい!」

 

 しかも、妙に満足そうな顔をしてるうえ、おかわりを要求してくる。


 面倒だと思いながらも、俺はもう一杯作ってヴェルガの前に置く。

 そのあと俺は、自分の分のコーヒーも持ってきてヴェルガの正面に座った。



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