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テンプレ異世界から無事に帰れた後、美人で可愛い魔王を拾ったので一緒に住んでみた  作者: 春樹凜


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47.●マオと一ノ瀬瑠衣



 まだ早朝と言っても差し支えない時間。

 いつものように目覚ましが鳴る前に、マオはむくっと起きる。


 隣を見ると、晃はまだ眠っている。

 昨日は会社でトラブルがあったようで、帰宅したのは十二時をとうに回った時間だった。


 起こそうと思えば起こせたが、マオはそうしなかった。


「……よく眠っておるな」


 静かな寝息を立てる晃を一度だけ振り返り、マオはそっと部屋を出ると、柔軟体操や筋トレを規定回数行ってから外へと出る。


 日課のランニングである。

 人間界に来てから、マオはほぼ毎朝、これを欠かしていない。


 魔力がない今、身体を動かすことは自分の身を守ることにも繋がるし、なにより頭がすっきりする。


 ――二ヵ月前にヴェルガが襲撃して以来、パッタリと音沙汰はない。


 とはいえ、彼がこの県内にいることは分かっている。

 それどころかマオの近くをうろつき、マオを物陰から時々こっそりと見ていることも知っている。

 魔力で追わずとも、ヴェルガのねっとりとした視線は魔界にいた頃と変わらないため、すぐに分かるのだ。

 ……いつものことだ。

 今更驚きもしない。


 対してヴェルガが晃に何が仕掛けるつもりは、今のところはないようだ。

 だからマオは、ヴェルガを放置している。

 ……けれど、万が一に備えておいても損はない。

 そのために、体力づくりは欠かせない。


 そんなことを考えながら、マオは一定のリズムで地面を蹴り、息を整えながら走る。

 空気は少し冷たく、朝の匂いがした。


 そして、いつものコースを走り終えた後。


 自宅に帰るためコンビニの前に差しかかったところで、見覚えのあるオレンジ髪が視界に入った。


「あっ! マオさん!」


 店の前で箒を持ち、掃き掃除をしていたのは、一ノ瀬瑠衣だった。


「おはようございます! 今日も朝ランっすか?」

「うむ。お主も早いな」

「朝シフトっす! 今日はこれから遊園地っすよ。最近絶叫ちゃんの人気がすごすぎて、週末はほぼあっちに入ってるっすよ」


 SNSで瑠衣の入った絶叫ちゃんが男達を倒した動画が拡散されて以来、遊園地に足を運ぶ人が増え、中の人である瑠衣は引っ張りだこのようだ。 


「他の人に代わってもらってもいいんすけど、なんか色々アクロバティックな動き要求されるみたいで……。でもま、時給上がったんでうち的には万々歳っすけどね!」


 そう言ってへらっと笑う瑠衣は、相変わらず元気そうだ。

 それでもマオは心配するように声をかけた。


「しかし、あまり無理をするでないぞ。もし何か我に手伝えることでもあれば、何でも言ってくれ」

「えっ、マオさん優しすぎっす……! そんなこと言われたら今日も全力で絶叫ちゃんやれちゃうじゃないっすか!」


 そう言って笑う瑠衣は、箒を肩に担ぎ直しながら、少しだけ照れたように視線を逸らした。


「でも、マオさんってほんと不思議っすよね。なんていうか……一緒にいると、無理してる感じしなくなるっていうか」

「そうか?」

「はい。なんか、変に気を張らなくていいっていうか……あ、これ褒めてるんで!」


 慌てて付け足す瑠衣に、マオは首を傾げながらも、どこか嬉しそうに微笑んだ。

 

「あっ、そういえば、霧島さんはいないんすか?」

「昨日は遅かったからな。まだ眠っておる」

「まだあの人ワーカーホリックなんすか?」

「これでも以前よりはずいぶんと改善したと、晃の同僚や後輩も言っておったがな」


 その時、マオはふっと小さく欠伸を漏らした。


「……寝不足っすか?」

「いや、そういうわけでは……。その、晃の後輩が書いておる小説の、新刊を昨晩つい最後まで読んでしまってな」

「……え?」

「成人向けの内容の本なのだが」

「…………」


 一瞬、瑠衣の動きが止まった。

 箒を持ったまま、完全にフリーズしている。


「えっと……マオさん? それ、ちなみに……どんな作品名っすか……?」


 しかしマオは瑠衣の異変に気づいた様子はなく、特に隠さず答えた。


「『触手使いのおっさんとエルフ少女達とのハーレム生活』だが……!」


 ――しまった。


 マオは、口に出してからようやく気付く。

 一般人において、そのタイトルがどれほど破壊力を持つかということに。


 その瞬間。


 瑠衣の持つ箒が、がしゃん、と音を立てて地面に落ちた。


「え?」

「え?」

「ええええええええええええええっ!?!?」


 瑠衣は目を見開き、両手で口を覆った。


「ま、まさか……! ぬるっと舐め子先生の!?」

「そ、そうだが……」

「マジっすか!?!?!?」


 次の瞬間。


「うち!! 大ファンなんっす!!!」


 声が大きい。

 思わずその大きさに驚くマオだったが、瑠衣の興奮はとまらない。


「一巻発売日に三冊買って二巻はサイン会行きたかったんすけど抽選に落ちて三巻は夜勤明けで読んで泣いたしあの心理描写ほんと神で――! マオさんどこの場面が好きっすか?? っていうか舐め子先生存在してたんすかどうしよう!」

「お、お主、落ち着くのだ」

「無理っす!!」


 息継ぎなしで語る瑠衣に、マオは圧倒されつつも、ふと我に返った。


「……待て。少し確認したいことがある」


 マオはそう呟くと、慌ててスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。


『ゆかりん。

 すまぬ、我が口を滑らせてしまった。

 ぬるっと舐め子先生がそなただと、コンビニで知り合ったお主の大ファン店員の女の子に話してしまったのだ。

 無論ゆかりんの本名は知らせておらんが、まずはこのことを詫びたい』


 すると数秒後。


『全然構いません。よければ今度サイン本持っていくので、その子の名前を教えてください』


 それを伝えると瑠衣はその場で狂喜乱舞した。


「……神にサイン本をもらえるなんて!」


 瑠衣は両手を握りしめ、足踏みまでし始めていた。


「人生、何が起こるか分からないっすね……! 今日、朝シフト入っててよかった……!」


 その様子を見て、マオは思わず小さく息を吐いた。


「……そんなに喜ぶとは、思わなかったな」


 うっかり口を滑らせてしまったのは事実だ。

 本来なら、もっと慎重であるべきだったのかもしれない。


 だが、瑠衣の顔は心から嬉しそうで、悪意など欠片も感じられなかった。


 ……次からは、もう少し気をつけるとしよう。


 そう心の中で自分に言い聞かせながらも、マオは否定することなく、静かに頷いた。


 と、ごみを全て取り終えた瑠衣がポツリと漏らす。


「実は私……漫画家目指してるんです」

「ほう」

「いつか、ぬるっと舐め子先生の作品の挿絵とか、コミカライズ描くのが夢で……」


 照れくさそうに語る瑠衣の目は、真剣だった。


「それは、立派な夢だな」

「ありがとうございますっす……!」


 そのタイミングで、瑠衣に店長から声がかかる。


「一ノ瀬さーん、上がっていいよ」

「はいっす!」


 が。

 店内に向かって数歩進んだところで、瑠衣はぴたりと足を止めた。


「……ていうか!」


 瑠衣はぱっと顔を上げて、勢いよく言った。


「マオさん、連絡先交換しないっすか?」

「……我と、か?」

「はい! 普通に! せっかく知り合ったんで!」


 そこから一拍も置かず、さらに前のめりになる。


「それに……舐め子先生の作品について、語り明かしたいっす!!! あの心理描写とか伏線とか、読む側の感情えぐってくる感じとか!! マオさん、絶対語れる人だと思うんで!!」

「……なるほど」


 あまりにもまっすぐな熱量に、マオは一瞬だけ瞬きをした。


 純粋に、ゆかりん改めぬるっと舐め子先生の作品について語り明かせる友ができることは嬉しい。


 晃とも会話をしようと試みたが、彼は現在別の本を読んでいる。

 それにそもそも晃はぬるっと舐め子先生の作品を読んではいない。


「絶対あいつのことだからイジってくる。マジで勘弁願いたい……」


 死んだ魚のような目でそう言っていたのだ。

 おそらくしばらくは手に取ることはないだろう。


 マオは少し考えるように視線を落とし、頷く。


「分かった。我も瑠衣ちゃんと連絡を取り合えるようになるのは嬉しい。ただし、これは我が勝手に決められることではない。一度、晃に確認を取ってからでもよいか?」

「えっ、霧島さんにっすか?」

「うむ。晃に無断で連絡先を交換するのは、礼を欠くと思ってな」


 一瞬きょとんとした瑠衣だったが、すぐに大真面目な顔になる。


「えっ、束縛っすか……?」

「ち、違うぞ!? そういう意味ではない! スマホは晃が我のために契約してくれているのでな、礼として一言確認したいだけだ!」

「なるほど……霧島さんにそう言いくるめられてるんすね……」


 瑠衣はやはり何か誤解をしていそうな顔だった。

 このままでは晃にあらぬ疑いがかかると、マオが弁明しようした――その時だった。


 マオの背筋に、ひやりとした感覚が走る。

 魔力の痕跡。

 薄く、しかし間違えようのない気配。


「……」


 視線を空へ、次いで自宅の方向へ向ける。

 ……来ている。

 しかも、一直線に。


「すまぬ、瑠衣ちゃん」

「え?」


 マオは一歩引き、真剣な顔で言った。


「我は、急ぎ戻らねばならぬ」

「え、だ、大丈夫っすか?」

「問題はない。だが――嫌な予感がする」


 そう告げて、マオは走り出した。


 朝の空気を切り裂きながら。


 ――嫌な予感は、いつだって的中する。


「頼む晃、無事でいてくれ……!」



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