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テンプレ異世界から無事に帰れた後、美人で可愛い魔王を拾ったので一緒に住んでみた  作者: 春樹凜


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40.後輩と異世界転移小説



 最終的には何もなかったとはいえ、俺は決意した。


 もう二度と、記憶が飛ぶくらいハイペースで紹興酒はぐびぐび飲まないと。


 俺が襲い掛かったとしてもマオならば一捻りだろうが、そのあと妙に気まずくなるのは嫌だ。


 あと、同意もなしに異性に詰め寄るとかそんな恥ずべき行動を万が一にも取ってしまったら、俺は俺自身を許せない。

 それにマオが了承していたとしても、その時の記憶がないのはもったいないって下心もほんのちょびっとだがある。


 そして極めつけは、二日酔いのせいで思うように動けず、貴重な休日を丸一日無駄にしてしまったことだ。


 起きた直後は自分がマオになんかしたのかもしんないということに全神経がいってたので全然気付けなかったが、マオの口から何もなかったと教えてもらいほっとしたら、急に頭痛やら眩暈やら気持ち悪さやらが一気に押し寄せてきた。


 マオは、自分なら魔法で二日酔いの症状を消せるがと言ってくれたけど、それは断った。


 貴重な魔力を俺のために使わせるのは申し訳ないし、この苦しみを消さずにいるのは、もう二度と考えなしに飲まないようにという戒めの意味もあるのだ。


 てな訳で、グロッキーな日曜日を終えた翌日。


 久しぶりの二日酔いとおさらばし完全復活した俺は、いつも通りマオに見送られ仕事へと向かうと、会社の入り口で見知った後輩と遭遇する。


「おはよう楠さん」


「っ、あ、お、おはようございます……!」


 一昨日の遊園地ぶりの楠さんは、前髪を整えつつ頭をぺこりと下げる。


 目的地は一緒だ。

 けど最近は少しでも体力をつけようと自分の働くフロアまで階段で移動しているので、朝の挨拶を終えたらエレベーターに乗ると思われた彼女とはそのまま別れようと思ったのだが、


「わ、私も、ご一緒していいでしょうか!?」


 と聞かれたので、特に断る理由もなく、そのまま二人で話しながら階段を上がっていく。


「先日は、その、助けていただいてありがとうございました」


「え? ああ、遊園地でのことか。そんな何回もお礼言われるようなことじゃないから、気にせんでくれ。まして可愛い後輩が困ってたんだから、助けに入るのはむしろ、当然のことだしな」


「っ、か、かか、可愛い後輩、ですか!? 私、研修の時だって今だって、先輩にたくさん迷惑かけてますし、面倒な後輩って思われるならともかく……。顔だって雰囲気だって可愛さの欠片もないと言うか、全体的に地味ですし!」


 楠さんの顔が急に赤くなり、息が上がる。

 分かる分かる、階段昇るのって地味に体にくる。

 まして話しながらだと。

 

 そんな彼女を見ながら、俺はその言葉を否定するように首を振る。


「新人の頃はむしろ迷惑かけて当然だし、気にすることないぞ。俺だって一年目の頃はそれなりにやらかしてたし、むしろ楠さんよりももっと先輩たちは俺に手を焼いてたと思う。それに楠さんはよく頑張ってるよ。間違ったらちゃんと反省して次に生かそうとして同じミスはしないところは楠さんのいいとこだよ。だから全然面倒なんかじゃない」

「そうでしょうか」

「そうそう。それに俺は楠さんのこと、地味だとか可愛さの欠片もないとかは思わんぞ。むしろ可愛いだろう」

「ふぇっ!?」


 派手じゃないのは確かだが、だからといって地味で可愛くないってのも違う。


 現に楠さんは、社内の男連中の間でもかなり人気がある。

 たまに空回ってるけどそれでも一生懸命仕事してる姿がキュンとしてつい世話を焼きたくなるとか、顔をクシャっとさせる笑い方が可愛いとか、そんな風に影では言われてる。

 

 後輩に不埒な感情は持ち合わせていないが、奴らのその言葉には俺も同意はできる。


「でもそうだな、せっかく仕事も少しずつできるようになってきてるし、マジのマジで楠さんは可愛いんだから、もう少し自信は持ってもいいかもな」


 けれどここで急に、楠さんの表情がわずかに曇る。


「あのっ、……き、霧島先輩の彼女さんって、どんな方なんですか?」

「なんか急に話飛んだな」

「あ、えっと、か、可愛いっていう言葉で、ちょっと思い出したと言いますか……。先輩って、これまで、すごく可愛い系の人にも、美人系の人にも、アプローチされても全然靡かなかったじゃないですか。だからそんな先輩はどんな人を彼女にしたのかなって、気になって」


 妙なことを言うもんだ。

 俺の記憶している限り、誰かにアプローチなんてされた覚えはまるでない。


 しかし後輩相手にそう言うのは、自分がモテてないって証明するようで微妙に恥ずかしいので、さらっとスルーすることにした。


「そっか、楠さんこの前、マオが来る前に友達迎えに行くって、すぐにいなくなっちゃったもんな」


 マオがどんな人か、か。


 正確には人じゃないが、それはこの際おいといて。


「……そうだな、見た目は、そりゃあもう俺が隣に並ぶのがおこがましいって思えるほどにすごい綺麗な人で、ぱっと見は近づきがたいくらいの雰囲気があるほどだ。けど中身は全然そんなことなくてさ。本人は超がつくほど真面目な性格で、しかも優しくて」


 表面的な、押しつけがましい優しさじゃない。


 俺の過去に何かあるかもと分かっていながら、言いたくないことを察して探ろうとはせず、それでも俺に寄り添おうとしてくれる。


「感情表現も豊かで、人懐っこくて、特にご飯食べてる時なんてものすごく幸せそうな顔しててさ。それがまたすごく可愛いんだ」


 今目の前にいなくても、マオの蕩けるような笑顔を思い出すだけで自然と頬が綻ぶ。


 本人を前にしたらもう軽々しく言えなくなったが、いない今ならすんなりと、可愛いと言葉にすることができた。


 すると俺の横顔をじっと見ていた楠さんが、どこか泣きそうな笑顔を浮かべて言った。


「……そんな顔で語っちゃうくらい、それだけその彼女さんのこと、霧島先輩は、好き、なんですね」


 そういえば夏樹にも似たようなことを遊園地で言われた。


 ダウンした後回復し、はしゃぎながら遊園地を進むマオの姿を見つめていた時に。


 あの時は結構マオのことが好きなんだろう、なんて自分でも思ってたが、結構どころか———。


「ああ、これまで出会ってきた誰よりも、俺はマオのことが好きだ」


 俺の全てを捧げてもいいと思えるほどに。

 あの笑顔を守るためなら何だってする。


 そうきっぱりと言い切った後、そういえばここは会社で、聞かれたからとはいえ朝っぱらから後輩相手にマオへの並々ならぬ気持ちを告白しているというこの状況に羞恥心を覚える。


「……なんか寒いよな俺。一人で熱く語っちゃって」


 階段を上るという運動以外の理由でも心拍数が上昇し、体が火照り出した俺は、恥ずかしさを誤魔化すように、次に彼女に会ったら一応聞いておこうと思っていたことを楠さんに尋ねる。


「そ、そういえば、遊園地の友達、トイレの水と一緒に異世界転移してるかもしれないって言ってたが大丈夫だったか!?」


「は、はひっ!? あ、ああ、そうでした、そ、そんなことも言ってましたよね私! あ、ゆ、友人は大丈夫でしたよ! ちゃんと現世に留まってましたので!」


「いやそれならよかった。実は微妙にずっと気になってたんだよ。ほら、そういう異世界転移小説を昔読んだことがあってさ」


「あ、それ私も知ってます! お姉ちゃんが好きでそのシリーズ全部持ってて。私もはまっちゃって」


「マジで? あれいいよな。俺も全巻持ってたわ。けど色々あって全部売っちゃったんだよなぁ。あ、知ってるか? あれ今全部廃刊になってて、電子書籍では売ってるんだが、個人的には紙の本の方が好きでさ。けど古本屋巡っても全然見つかんないんだよ。もう一回最初から読み直したいってのに」


 すると楠さんの口から思ってもみないことが飛び出した。


「わ、私、それ全部紙書籍で持ってます! お姉ちゃんが結婚して引っ越す時に、私に全部くれて。……もしご迷惑でなければ、お貸ししましょうか?」


「えっ、いいのか!?」


 目的の階に到着し、階段の踊り場で食い気味に返事しながら興奮のあまり思わず詰め寄ってしまい、瞬間顔を赤らめた楠さんを見て、これセクハラになるかもしれんと思って急いで離れる。


「悪い、ちょっと興奮したわ」


「い、いえ、全然! むしろ霧島先輩なら私は……」


 よかった、この反応を見るに、とりあえずキモイ先輩枠に俺はまだ入っていないようだ。


 


 そして翌日。


「先輩、これどうぞ!」


 朝のコーヒーを買い忘れた俺が、会社内の自販機の前でブラック缶を受け取り口から取り出したタイミングで、やってきた楠さんから紙袋を手渡される。

 中を見るとまさしく昨日話していた小説全巻セットが入っていた。


 まさか話をした翌日にすぐ持ってきてもらえるとは思ってなかった俺は、驚きつつもそれを受け取ると、ずっしりとした重みを感じる。


「こんなにすぐに貸してもらえるとは思わなかった。ごめんな、これ全部持ってくるとか重かっただろう。言ってくれたら俺が楠さんちの近くまで取りに行ったのに」


「い、いえ、いいんです、気にしないでください! 私もいい運動になりましたし、それに先輩が早く読みたそうにしていたので」


 どうも後輩に気を遣わせてしまったようだ。

 確かに昨日の俺、割とテンション上がってたもんな。


 自分の荷物もあるだろうに苦労して持ってこさせてしまったせめてものお礼とお詫びに、俺は自販機のボタンを押すと、出てきた商品を彼女に差し出す。


「持ってきてくれてありがとうな。とりあえずこれ、お礼にって大層なもんじゃないけど、やるよ」


 買ったのは、砂糖のたっぷり入った甘いミルクティー。


「確か好きだったよな、このメーカーのミルクティー。研修ん時もよく飲んでたし」


 楠さんの好みはある程度は知ってる。

 なんせ彼女の入社以来面倒を見てたのは俺だからな。

 ついでに、色んなメーカーが出してるけど、ここのが一番茶葉が濃くて好みだって会話したことも覚えてる。


 そう言ったら、楠さんの目が驚いたように見開かれる。


「そ、そんな会話まで、覚えていてくれたんですか?」


「勿論。他ならん楠さんのことだからな……って、あ、ヤバ。今日朝一で取引先と打ち合わせだったわ。悪いけど俺先行くな」


 何気に目に入った時計を見て今日の予定を思い出した俺は、彼女にペットポトルを手渡し、急いで踵を返す間際、


「今日は無理だが、今度お礼に飯でも奢らせてくれ!」


 そう言い残すと、急いで俺はその場を立ち去った。



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