38.遊園地デートの終わりは
長かったような短かったようなゴンドラを降りると、夏樹たちが何食わぬ顔で待っていた。
なので、俺は早速満面の笑みで近付くと、夏樹の肩に手を回しながら千草さんとマオから引き離した後、ゴンドラの中で決めていた通り、厳重に抗議をする。
「おいっ! 頼むから公共の場でのいちゃいちゃはもうちょい自重してくれ!」
すると夏樹は心底驚いた声を上げる。
「なんで晃がそのこと知ってるの? まさか僕たちのことが気になるからって覗いていたんじゃ……」
「んなわけあるか! 俺にはそんな趣味はない! お前らが勝手に視界に入ってきたんだよ!」
しかし当の夏樹は悪びれた様子もなく、むしろ照れ笑いまで浮かべて見せた。
「ごめんごめん、まさか見えてるとは思っていなかったからさ。ゆかりちゃんと同じ空間に二人っきりだと思うと、つい抑えが効かなくてね」
「それくらい家まで我慢しろ!」
「うん、今度からは気を付けるね。できるだけ」
「それ絶対に気を付けないやつだろう……」
まあ、視界にさえ入らんかったら好きにしてくれって感じだが、なんにせよ、マオに妙な影響を与えさえしなければいい。
こいつらのバカップルぶりは今に始まったことじゃないし、とにかく気を付けてくれともう一度強く念押ししたところでマオと千草さんのところに戻ると、二人は何やらスマホを見ながら楽しそうに話をしていた。
「ほう、これがゆかりんの書いておる小説とやらか。なになに……『触手使いのおっさんとエルフ少女達とのハーレム生活』とな。五巻まで出ているうえに漫画にもなっているのか。他にも何やら奇怪なタイトルの物がたくさんあるのだな」
「はい。電子書籍もありますけど、うちに紙書籍版もあります。実はその触手おじさん小説バージョンは今日マオさんに渡そうと思って持ってきたんです。霧島先輩の車に紙袋に入れて置いているので後で渡しますね」
「なるほど、それは楽しみであるな!」
……あいつらはこんな、子供たちの夢の詰まった遊園地でなんつう本のタイトルを会話にぶち込んでくるんだ。
そして人の車に何を置いてくれてんだ。
むしろ千草さんの存在自体がマオに変な影響を与えかねん。
まあ、さっきのあれから考えるに、その本を参考にあれこれ過激なことを仕掛けてくる可能性は低いし、気にしない方がいいかもしれない。
しかし、なんか今、どっと疲れが押し寄せた気がする。
「……とりあえず、ここ出て晩飯でも食べに行くか」
俺に呟きに、夏樹が相槌を打つ。
「そうだね。あ、でもその前に。ゆかりちゃん、お土産屋さんに寄りたいって行ってなかった?」
「そうでした。絶叫ちゃんのキーホルダーが欲しいんです」
ということで、出口近くにある土産物屋に寄って、千草さんが目当てだって言ってたキーホルダーを買う。
ついでに一緒に見ていたマオもそれが欲しそうだったので、それなら四人でお揃いの物はどう? という夏樹の提案で、全員それを入手することになった。
「お揃いの物か。……実は我はそういった類の物を持つのは初めてなのだ」
「え、そうなの?」
「そうなんですか?」
購入した絶叫ちゃんを手にしたマオの言葉に驚いた声を上げる夏樹たちに対し、マオはちょっとだけ寂しそうに目を伏せると、表情だけはなんでもない風を装って笑う。
「そういった機会に恵まれなかったものでな。だからなんというのかこう、嬉しいものであるな」
俺はマオの過去の一端をちょっと聞いてたからあれだけど、夏樹たちもなんとなく、マオのその態度で何かを察したらしい。
けれど二人はそれについては何も言わず、代わりに明るい声で言った。
「それならまた四人で遊んだ時は、毎回記念にお揃いの物を買いましょう!」
「僕もそう思ってたんだ。そうだね、次は水族館なんてどうかな。最近改装した水族館に、新しくシャチが増えてて、ショーもすごくいいって評判なんだって」
「む? シャチとはあの、白と黒の模様がカッコいい海の覇者のことか! 非常に興味があるぞ」
「なら次はそこだな」
水族館なんてそれこそ、小学校の遠足以来かもしれない。
当時は泳ぐ魚を見ながら、寿司を食べたいって言ったら友達に怒られたっけなとそんな記憶が蘇る。
閉園時間のアナウンスを聞きながら、ならまた予定立てないとなとそんなことを考えつつ駐車場へ向かっている俺の隣で、マオはホクホク顔で、いそいそとキーホルダーを自分の鞄につけていた。
「晃はどこに付けるのだ?」
「うーん、会社のバッグに付けるのはちょっとあれだし、かといって俺はそもそも普段は鞄を持ち歩かないし……。車の鍵にでも付けとくかな」
俺はポケットから鍵を取り出すと、絶叫ちゃんが満面の笑みでピースサインをしているその小さなキーホルダーを鍵に取り付ける。
夏樹んとこみたいに服も何もかんもってのは恥ずかしいし趣味じゃないが、こんくらいなら揃いの物を持つってのは悪くないなと、目を細めて嬉しそうに自分の鞄と俺の鍵とを見比べるマオを見ながら思った。
そんな笑顔満面のマオと、さっきの観覧車で話していた紹興酒について再度話をしていると、ふと目の前を歩く家族の姿が目に入る。
「お父さん、お母さん! きょうはとっても楽しかったからまた連れてきてね」
「翔太がちゃんといい子にしてたらな」
「ちゃんといい子にしとくから! 勉強も頑張るし、サッカーももっと上手になる!」
「ふふっ、じゃあ今度は夏休みにまた遊びに行こうね」
「やったぁ!」
小学校に入ったばかりの子供だろうか。その子を真ん中にして、父親と母親が両側から挟んで手を繋ぎ、楽しそうに歩いている。
今日この遊園地でも至る所で目にした、よくある幸せな家族の光景だ。
ああいうのを見ると否が応でも思い出してしまう。
あの家族と昔の自分が重なって見えるから。
今はもうなくなってしまった家族というものに、まだ捨てきれない憧れと未練があるのか。
目にするといつも、妙に胸の中に苦い気持ちが広がる。
思わず顔を背けた俺だったが、一方のマオは、小さくなっていくさっきの家族の後ろ姿を羨望の眼差しで見つめていた。
そうだ、考えてみれば俺と違ってマオは、そんな記憶すら持ち合わせていない。
気付けば俺の内に生じていた苦い感情は消え失せ、それよりも、これ以上マオにそんな顔をさせたくないって気持ちの方が強くなった俺は、自分の右手を差し出し、有無を言わせず彼女の手を握る。
そしてきょとんとするマオに、少し恥ずかしくなった俺は目線をそらしつつ、
「いや、なんかあれだ。急にそんな気分になったんだよ。ほら、マオが俺の彼女に見えないかもしれんって不安がってたから、手を繋ぐくらいならこういう場でやっても浮くこともないし、俺とマオの関係なら別に変じゃないっていうか自然っていうか、まあその、いいんじゃないかっていうかさ」
と、若干しどろもどろになりながら答える。
我ながらちょっと苦しい言い訳だったかなと思ったが、それでもマオは何も言わずに、ゆっくりと握る手に力を込めた。
後ろから夏樹の、自分だって人前でちゃっかり仲良く手を繋いだりしてるじゃんと言いたげな視線を感じたが、もっとどぎついことしてたお前と比べるなと内心で返しつつ、俺とマオはさっきまでの話の続きをしながら歩く。
が、車に到着して手を離す間際、一際強く手を掴まれたかと思うと、消え入りそうなほどに小さな声が俺の耳に届く。
「……また、こうして手を繋いでもよいか?」
それに対する返答なんて決まっている。
「マオは俺の彼女だろう。手ぐらい了承を取らなくても、好きな時に繋いでくれ」
「そうか、ではそうする」
その時笑ったマオの顔はこれまで見たことのない種類のもので、不覚にも少しドキッとしてしまった。
だが。
「しかしお主のもう一人の恋人と言っても過言ではない左手に触れる時は、やはり晃の許可がいるのではないかと我は思うのだが……」
「まだそのネタ引きずってんのかよ!」
真面目な顔で考察するマオに、一瞬感じたときめきも何もかもが空の彼方へと吹っ飛んでいった。




