36.マオと観覧車①
例の二人組も無事にどこかに引き渡したらしい絶叫ちゃん、もとい一ノ瀬さんとも、約束通りノリノリで写真を撮り、再度絶叫ジェットコースターにも乗って、他にも回りたいアトラクションは全て回ったところで時計を見ると、もうすぐ閉園時間だった。
「結構遊んだなぁ」
「遊園地で朝からこんなに遊び倒したのって久ぶりだったよ。学生の頃に戻ったみたいで楽しかった」
夏樹の言う通り、こんだけ全力で遊んだのは久々だ。
「今度は他の場所に行ってもいいね。勿論同じところでもいいけど。それで、マオさんも今日は楽しめたかな……って聞くまでもなかったかな」
夏樹の言葉に俺もマオの方を見ると、マオの顔は爛々と輝いていた。
誰がどう見ても、十分に満喫できたんだと分かるほどだ。
二人だけで来てもよかったが、みんなで遊ぶってのもきっとマオ的にはポイントが高かったんだろう。
「さて。最後に何か一つ乗れそうだけど、どうしようか」
「うむ……。コースターはもう存分に楽しめた故、他に乗るものとなると」
もう一度時刻を確認すると、あと三十分くらいある。
お化け屋敷はさすがに無理だが──というか歩くだけなら俺たちであれば時間は足りるが、もういいだろう──あんまり並んでないものなら三つくらいはいけそうだ。
マオは折り畳んでいた園内マップを大事そうに鞄から取り出し、真剣な表情を浮かべて悩んでいる。
「ならあれはどうですか?」
と、悩むマオに千草さんが指さして提案したのは、巨大観覧車だった。
「一周二十分ほどなのでちょうどいいんじゃありませんか?」
それに対しマオは、ぽんっと手を叩くと大きく頷く。
「そうであるな! 確かこういうデートの最後は、観覧車に乗るのが定番だと聞いたことがあるぞ」
「まあ、言われてみればそうかもな」
てなわけで、あっさりと観覧車に乗ることが決まった。
園内の中心に位置していて、少しだけ陽が落ちてきているためか、回転する観覧車はライトアップされていた。
人も並んでなかったので、ちょうどいい。
で、てっきり狭いゴンドラに四人で乗るのかと、窮屈そうで微妙に嫌だなと思っていたんだが。
「今日は僕らも二人のお出かけのお邪魔しちゃったし、折角だから最後くらいは二人で乗ったらいいんじゃないかな」
と夏樹は言い残し、千草さんと二人でさっさと先に乗ってしまった。
ここまで来て乗らないって選択肢はないし、マオは既に次にやってきたゴンドラに乗りかけてるしってことで、俺もマオと同じゴンドラに乗り込むと、扉が閉まって鍵がかかる。
中は意外にも快適で、冷房がついているようだった。
結構歩いたりもして暑かったので、助かった。
「晃、見てみろ! あれはさっき乗ったコースターではないか?」
俺がだらりと座って涼を取っていると、向かいのマオがはしゃいだ声を上げながら外を指さしていた。
マオは疲れ知らずなのか、朝来た時と変わらないテンションだ。
羨ましい限りだ。
やっぱり俺も、平日でも余裕あれば、マオと一緒に早起きしてもっとランニングとかして体力つけるかなと考えながら答える。
「おー、確かにそうだな。あと、あの辺にあるのはお化け屋敷か。絶叫には程遠かったが、あれはあれでよかったかな。室内で涼しかったし」
「今くるくると回転しておるのはブランコのようだ。他にも我たちの乗ったものがたくさん見えるな」
「ああ……」
そう答えた俺は、目の前のマオを見つめ、言葉を忘れて思わず見惚れる。
少しだけ夕陽の差し込んだマオの横顔は、とても綺麗だった。
今のマオはどっからどう見ても魔王には見えない。
ただの普通の女の子だ。
いつも一緒にいるってのに、普段とは違う場所だからか、しかも密室のせいもあってか、俺の胸が妙にざわつく。
……ああ、駄目だ。
少し頭を冷やそうと思い、ふっとマオから視線を逸らした俺は、そこで衝撃的な光景を目にする。
「あいつらっ……!」
いや分かってたはずなんだがな。
なにせ休日に毎回ペアルック決めてくる二人だ。
今日は俺とマオがいたから普段よりは糖度を押さえていたんだろう。
で、そんなある意味邪魔者の俺たちがいなくなったカップルが密室で何するかって、大体予想はつけとくべきだった。
夏樹のやつ、なんだかんだ言いながら、さては千草さんと二人になりたかっただけだな。
「!? 晃、急に動くとびっくりするではないか」
さすがに見知った顔の二人のイチャイチャラブラブシーンなんて見たくはない俺は、即座にマオの隣に席を移ると、動いたはずみで大きくゴンドラが動き、マオが少し非難めいた口調になるが、こればっかしは許してほしい。
あれを見続ける勇気は俺にはない。
「悪い。ちょっと見たくないもんが見えたから移動した」
「お主は一体何が見えていたというのだ」
マオが首を傾げ、俺がさっき見ていた先に視線を移し、そして瞬間絶句していた。
「っ!」
「そういうことだ」
が、マオは後ろに向けた首はそのままで、微動だにせずそのままがっつり見ていた。
「……あの、マオ? 人様のああいうシーンを、そんなじっくりと見るもんじゃないと俺は思うんだが」
「いや、しかしだ。我はこれまで何一つ経験がないし、実際に見るのは初めて故、あそこまで激しい睦み合いになんとなく目が離せないというかだな」
「は? 待て待て、待て!」
俺が見た時はまだ普通にキスしてるだけだったが、あいつら今一体公共の場で何してやがるんだ!?
見たいわけじゃないが一応確認のためちらっと背後を見て、俺は即座に首を元の位置に戻すと同時に、マオの顔に手を伸ばして無理やりこっちを向かせた。
途端にマオの顔にちょっとだけ眉間にシワがより、不満を顕にする。
「何をするのだ晃。痛いではないか」
「うるせぇ。いいか、あれはじっくり見ていいもんじゃない。っていうか見るな」
あいつら、マオになんてもん見せるんだ。
あとで厳重に抗議してやる。
「しかし恋人というのはああいうものなのではないのか?」
「あんなのは他人の目があるところでするもんじゃないんだって」
「なら、付き合っている者同士は、こういう場ではどこまでするものなのだ。今晃と我は、表向きはそういう関係であろう?」
「どこまでって、そりゃあ、まあ……」
言いながら、俺は自分の手が未だにマオに触れていることに気付き、っていうか今更ながらマオの体温が感じるほどの距離に移動したことを後悔していた。
俺自身がガッツリとマオの顔を俺の方に向けているせいで、長いまつ毛とか、純度の高いルビーがはめ込まれたような赤い瞳とか、リップを付けたほんのり桜色に色付く唇とか、そんなのが全部近くで見えて、さっき収まってたはずの鼓動が再び早くなるのを感じる。
だからさっさとマオから距離を取ろうとしたのに、そうなる前にマオが俺の手の上に自分の手を重ねる。
火照る俺と違ってマオの手はひんやりと冷たくて心地いい……って、そんな感想を呑気に思い浮かべている場合じゃない。
「なあ晃。恋人関係だと謳っている以上、周囲から怪しまれぬよう、それっぽい行動を取った方がよいと思うのだが」
「べ、別に誰かが見ているわけじゃないんだし今何かしなくてもよくないか!?」
動揺しすぎて声が裏返る。
何にも知らないガキじゃあるまいし、きょどりすぎだろう俺!
だけど俺が後ずさるのと同時に、マオは手を握ったまま、同じ分だけ距離を詰めてくる。
そしてここは狭いゴンドラ内。
あっという間に俺の背中に窓ガラスが当たり、それ以上は逃げられない。
そうしたらマオはそのままぐっと接近してきて、俺たちの間にほとんど空間はなくなってしまった。




