35.遊園地での遭遇③
ヒーローショーも終わり、次にどこに行こうかと考えていたタイミングで千草さんから放たれた、
「すみません。私ちょっとお花摘みに行ってきますね」
という言葉を皮切りに、他の二人も声を上げる。
「実は我も行きたいと思っていたところだ」
「じゃあ僕も行こうっと」
「なら俺はこの辺で待ってるわ」
「えー、晃も一緒に行かないの? 一人で待ってるのって寂しくない?」
「アホ言うな。寂しいわけあるか。いいからさっさと行ってこいって」
というわけで三人を見送り、俺は近くのベンチに腰掛けて帰りを待つことにした。
ついでにマオの欲しがってたチュロスでも買っとくか、いやしかしここでの買い物は全部夏樹のおごりだから、きっと先に戻ってくるであろうあいつにやっぱり買わせようと、そんなことを思いながら、近くのチュロス屋を園内マップで探している時だった。
「なぁ、いいだろう? 暇ならその待ってるっていう連れの子も一緒に回ろうぜ」
「だから、い、嫌だって言ってるじゃないですか!」
「そんなこと言わずにさぁ」
声の方に顔を向けると、少し厳つめの若い兄ちゃんの二人組が、女の子に声をかけているところだった。
見た感じ知り合い……ってわけでもなさそうだし、声の感じから女の子も嫌がってそうな感じがする。
こんな真っ昼間の遊園地でもしかしてナンパか?
周囲に人はおらず、しゃあねえなと思いつつ、これが勘違いだったら恥ずかしいが、それで俺が赤っ恥をかくだけならまあ大したことないなということで、俺の足がそいつらに向かったところで、その女の子がまさかの顔見知りだったことに一瞬驚く。
向こうも俺の存在に気づいたみたいで、目を丸くしてこっちを凝視している。
なんなんだろう今日は。
こんなに一日の内に同じ場所で知り合いに遭遇するとは。
だがそれについてはおいておいて、今は目の前の問題を片付ける方が先決だ。
俺の勘は正しく、彼女はやっぱりこいつらにしつこく声をかけられて困っているらしい。
明らかに顔には困惑と迷惑と、若干の恐怖の感情が浮き出ていたから。
そりゃあ怖いよな。
割とでかめの身長の怖そうな兄ちゃん二人に囲まれたらさ。
だから早速彼女を助けるべく、俺は二人組に声をかける。
「なあ、お前ら俺の連れになんか用か?」
するとまるで漫画に出てくる不良さながらに、ああん? と言いながら奴らが振り返る。
「なんだてめぇは」
「今さっき言ったろう? その子の連れだけど」
そしてその彼女──俺の会社の後輩である楠さんの横に移動し、俺は彼女の前に立って男たちと対峙すると、心の中で楠木さんに対してすまんと思いながら、
「彼女と今デート中なんだわ。悪いんだけどよそ当たってくんない?」
「っ!?」
ただの先輩に彼女呼ばわりされて、明らかに動揺したように楠さんの体が跳ねるが、この言葉が功を奏したようで、男たちは、
「彼氏連れなら初めからそう言えよな」
とぶつぶつ言いながらあっさり身を引いてくれた。
よかった。
俺は一ノ瀬さんと違って格闘技なんて使えないから喧嘩にはまず勝てないし、マオみたいに口達者でもないからな。
あれで引いてくれなかったら、情けない話だが俺は彼女を連れて走って逃げる以外選択肢がなかった。
「あー、何とかなってよかったわ。それより悪いな、あいつらを追い払うためとはいえ、勝手に彼女とかデート中とか言っちゃって」
そう謝罪したら、楠さんは嫌そうな顔をするどころか超高速で首をぶんぶん振り、
「! い、いえいえいえいえそんなそんなそんなそんな! 先輩が謝ることはありません!! むしろ私は、助けてもらってお礼を言わないといけない立場です! 本当に、ありがとうございます!」
と言って、頭を下げた。
彼女は高校時代からの仲の良い女の子の友人と二人で、今日はここに遊びにきていたそうだ。
「お手洗いに行った友達を待っていたんですけど、そしたら急に絡まれてしまって。嫌ですって何回言ってもしつこかったので、とても助かりました!」
「俺もたまたまだけど、ちょうど居合わせられてよかったよ。可愛がってる後輩の楠さんを助けられたしな」
そうしたら、途端に楠さんの顔が赤くなった。
「ん? どうした、暑いのか?」
「えっとっ……そうです! そう、ちょっと今日は暑いなぁって思いまして。あははは」
「確かになぁ、天気もいいし、半袖の人もちらほら歩いてるしな」
「そういうことです! と、……ところで、先輩はどうしてこんなところに?」
「あー、それはだな」
俺が答えを言おうとしたところで、向こうから夏樹が手を振ってやってくるのが見えた。
夏樹は俺の隣に楠さんがいるのを見て、声を上げる。
「あれ、楠さん? 驚いちゃったよ。こんな場所で会うなんて奇遇だね」
「五代先輩!? えっと、もしかして霧島先輩がここにいるのって、五代先輩と二人で来ていたからですか?」
「さすがに野郎と二人でここに遊びにはこないって。他にも千草さんも一緒だぞ。後は俺の彼女のマオと、四人で遊びに来てたんだ」
そう答えたら、途端に楠さんの顔色が変わる。
「霧島先輩の、彼女…………」
「ああ。お、ちょうどあいつらも戻ってきたところだな。ほら、あっちから歩いてきてる千草さんの隣にいるのがそのマオって子で────」
だが俺がみなまで言う前に、なぜか楠さんはその言葉を遮るように大きな声で、
「あ──っ、すみません! 私の友達がちょっと遅いんで様子見てきます! もしかしたらトイレの水と一緒に異世界に流されて戻れなくなってきているかもなので!」
「え? 楠さん?」
なんだその異世界転移。
昔どっかの小説でそんな設定見たことあるし、異世界転移という現象がこの世にあることを俺は身をもって経験しているから知ってるが、なんで急にそんな。
だが俺が何か言う前に、楠さんは驚くほど機敏な動きで俺たちに再度頭を下げて、
「本当にすみません! さっきはしつこいナンパから助けてくれてありがとうございます! そういうことなので友人の安否を確かめる為に私はこのへんでお暇させていただきます!! っていうかまだ先輩の彼女を直視できるほど気持ちが割り切れていないんです失礼しますさようならまた来週会社でお会いしましょう!」
「お、おい楠さん……」
台詞の後半部分はあまりにも早口すぎて全然聞き取れんかったが、こっちが止める間もなく、楠さんは脱兎のごとくこの場から立ち去ってしまった。
「なんだったんだ」
突然の後輩の豹変ぶりに首を傾げてたら、夏樹が呆れたように息を吐く。
「ほんっと、晃って激鈍だよね」
「それよく伊吹課長にも言われるんだが」
「仕方ないけどね。だって晃だし。彼女に関してはどうするのともしてあげられないから、気にしなくていいと思うよ」
「なんだよそれ」
「女子には色々あるってこと」
いまいち腑に落ちないが、まあ、考えたところでどうしようもない。
……一応週明け会社行ったら、その友人が流されてなかったか確認くらいはしとくか。
彼女の言葉が、必ずしも嘘だとは言い切れんからな。
その後四人で合流し、園内を回っていると、一ノ瀬さんが入っていると思われる絶叫ちゃんが、さっき楠さんに声をかけてた二人組を、なぜか引きずりながらどこかへと向かっているのを見かけた。
「なんかあの二人、女の子達にしつこく声かけてたらしいよ。で、注意しにきた園内のスタッフに逆ギレして殴りかかったら、たまたま近くにいた絶叫ちゃんが返り討ちにしたんだって」
「見た見た! 動画がアップされてたんだよ。誰か撮ってたんだろうね。さっき上がったばっかりなのに再生数えげつないことになってるんだけど」
「すごかったよねあの絶叫ちゃんの中の人。超強いんだけど」
周囲の人達のヒソヒソ声に、大体の状況は把握できた。
あの時、何事もなく穏便に済んでマジで良かった。
あと、やっぱり一ノ瀬さん半端ないわと、その強さを俺は再認識するのであった。




