33.四人での昼食
付き合いたてのデートの邪魔をしちゃ悪いからと、高島たちとは早々に別れ、俺たちは予定通りレストランへと来ていた。
昼時には早いこともあって、店内はまだ半分ほど空いている。
「ここってバイキングだから、マオさんも気になるものがあったら好きなだけ気にせず食べられるよ」
「バイキング……つまり、あそこに並んでいるものはなんでも取り放題というわけだな!」
今日は中華フェアなるものを開催しているらしく、メニューもそういった系統のものが多い。
唐揚げや春巻きといった揚げ物から、海老餃子や水餃子、小籠包などの点心も充実していて、炒飯、天津飯、焼きそばにラーメンといったガッツリものもある。
デザートも、普通のケーキの他に中華らしく、ごま団子やマンゴープリン、杏仁豆腐なんてのも並んでいる。
色々作ってくれるマオだが、中華のメニューは何気にこれまでほとんどなかった。
つまりほぼほぼ初体験の料理を前に、マオのテンションが上がらないわけがなく。
戻ってきたマオの皿の上には、所狭しと、でも綺麗に、唐揚げやエビチリ、ニラ玉に麻婆豆腐などが盛り付けられていた。
そして全員が揃ったところで、完全にこっちの作法に馴染んだマオも含めて手を合わせていただきますと口にすると、早速食べ始める。
まずは一口目に春巻きを選んだマオがそれを口に含むと、パリッという音を立てるのと同時に、ふにゃりと顔をほころばせた。
「この皮の香ばしさがなんともたまらん。それに中も、何種類もの具材が混じり合って、濃いめの味付けであるがそれがまた食欲をそそる……。こんな時ではあるが、少し酒が欲しくなるな」
気持ちは分かる。
中華って濃い味が多いからな。
俺も昼メシに中華料理屋に行くと、無性にビールが飲みたくなる。
当たり前たが、仕事中なので我慢するが。
「マオさんお酒好きなんだってね。頼んでもいいよ。僕のおごりだし」
しかしマオは少しだけ残念そうにしながらも首を横に振る。
「さすがにこんな真っ昼間から、しかもまだまだ遊ぶというのに飲むわけにはいかぬ。気を遣わせてしまってすまないな、なっつん。それに、晃は今日運転手だから飲めぬ身であるしな。どうせならみんなで飲みたいものだ」
「俺のことは気にしなくてもいいんだけど」
「よいのだ。ちょっと思ったことが口に出てしまっただけなのでな。この飲み放題のコーラで十分であるぞ!」
そのあとも笑みを崩さぬまま、マオはどんどんと食べ進め、どれを食べても美味しそうに感嘆の息を漏らす。
相変わらずいい顔をして食べるもんだ。
そんなマオはやっぱり可愛いなと思いつつ、朝のアレは引きずっていないみたいでよかったと、俺は内心そっと胸を撫でおろす。
「マオさん、すごく美味しそうに、にこにこで食べるね。なんだか見ているこっちまで釣られて顔が緩んじゃうよ」
「事実美味しいのだから仕方がなかろう。ほれ、なっつんもどんどん食べるがよい。その回鍋肉とやらは、お肉も柔らかくてキャベツもシャキシャキで、大変米と合う代物であったぞ」
「マオさん、この小籠包はもう食べましたか? 中の肉汁がジューシーで、何個でもいけそうですよ」
「むむっ、そうなのか!? まだそちらのコーナーまではいけておらんでな。間もなく今の皿を食べ終わる故、すぐに取ってくることにしよう」
そして宣言通り、すぐに完食したマオは、第二陣を取りに席を立つ。
後ろから見ていても、楽しそうに選んでいるのが丸わかりだ。
俺も皿が空になったんで、二皿目を取りに行くことにして、あんまりにもマオが恍惚として食べていたから、一回目では取らなかった春巻きが気になってそれを選び、他に何にしようかと歩きながら眺めていると、席に戻る途中のマオとすれ違う。
「また結構な量を取ったなぁ」
「これでも控えめにしておるのだ。デザート腹も残しておかねばなるまいしな」
マオはこっちの世界での食事が美味しいからなのか、見た目年齢が同い年くらいの女性と比べてもよく食べる方だ。
俺が席に戻ったら、まだ一皿目を食べ終わっていない千草さんが、驚いたようにマオのお皿を見つめていた。
「マオさん……すごいですね、そんなにたくさん食べられるだなんて」
「我は食べるのが好きなのだ。デザートも全制覇するつもりであるぞ」
「たくさん食べるのになんでそんなに細いんですか?」
千草さんが羨ましそうにマオに視線を送る。
一方のマオは、不思議そうな顔で千草さんに視線を返す。
「そうであるか? ゆかりんも細いではないか」
「ですがマオさんのように凹凸のはっきりとした体ではありませんから」
まあ確かに、千草さんも細いが、マオと比べるとボリュームはささやかかもしれん……と思いかけて、しかしそんなことをいえばセクハラなので、勿論余計なことは言わない。
「この大きな胸に霧島先輩が自分の欲望を好き勝手にぶつけて、マオさんの体をいやらしく弄んでいるのかと思うと、腹が立ちますが、ついでに想像したら筆ものりそうですので、先輩とのあれやこれやをまた詳しく教えてください」
「僕は今のゆかりちゃんに不満はないよ。人間の魅力は大きさで決まるものじゃないと思うから」
ところで千草さんのこの発言は俺に対するセクハラじゃないか?
あと、飯時になんちゅう話ぶち込んでくるんだ。
そして夏樹、お前は少し黙ってろ。
俺は慌てて、猥談に持ちこまれそうになった話の軌道修正を行う。
「マオがたくさん食べてもそう体型が崩れんのは、多分あれだ! 毎朝走ったりしてるからだ! そうだよな、マオ」
「ふむ、それはあるやもしれんな」
マオは毎日俺よりも早く起床し、朝飯を作る前にストレッチや筋トレをおこなったあと、スマホも持たせて一人で買い物に行かせたあの日以降は、それに加えてランニングもしている。
「たくさん食べるのであればやはり運動は必須であるぞ。食べて動いてしっかり寝る。これが基本だ」
「にしても、マオは本当に体力あるよな。たまに俺も休みの日は付き合うけど、終わったあとはヘトヘトで動けないし」
「それでも、晃はよく頑張ってついてきておると思うぞ」
「そりゃあまあな」
だって運動したあとに飲むビールが格別に美味いし。
「そうだ! ゆかりんもよかったら、時間が合えば一緒に走ったりせぬか?」
「マオさんと運動、ですか……」
千草さんの家は、夏樹んちよりも更にうちに近い。
この提案に、千草さんは乗ることにしたようだ。
「いいですね。仕事の日は難しいですが、お休みの日であれば是非私も一緒に運動させてください。ダイエットもしたいとちょうど思っていましたので。それに最近は体力の限界も感じでいましたから」
「ゆかりん、お休みの日は執筆もあるから、あんまり体を動かしていないもんね。あれだと確かに体もどんどん固まってきちゃうよ。それなら僕も一緒に運動しようかな」
そうなると、俺も一緒にってことになりそうだな。
しかし。
「言っとくが、マオは結構スパルタだからな。そこんとこ覚悟して臨めよ」
これだけは言っとかないとと思って、俺は二人に注意喚起する。
これはマジな話で、運動中のマオは鬼教官に変わる。
俺が規定の回数の腹筋をこなせず、少しでも手を抜こうもんなら、マオから厳しい言葉が飛んでくる。
しかも満面の笑みで。
妥協は一切許さないのだ。
でもかといって、俺の体力を鑑みてギリギリできそうな範囲でメニューを組んでくれるから、そのへんはすごいなと思う。
ちなみにマオと同じメニューをこなせるようには、正直なれる自信がない。
マオみたいに十キロを軽く走るとか、無理だ。
それからマオはにこにこで更にもう一皿ご飯系を取りにいったあと、デザートに向かい、 それらも全て完食し満足げに微笑んでいた。




