29.四人での初対面
「おっはよー晃」
「おはようございます霧島先輩」
予定通りの時間に夏樹のマンションの下に到着すると、既に二人は待ち構えていた。
「おう、二人ともおはよう」
手を上げて軽く挨拶を交わし、二人にはとりあえず後ろの座席に座ってもらうと、俺はナビで今日の目的地を確認しつつ、改めて助手席に座るマオを紹介する。
「ってなわけで、こっちが俺の彼女のマオだ」
「マオ・ハーフェリだ。ゆかりんとはショッピングモールで会った日以来だな」
「ええ。お久しぶりですマオさん。……相変わらず女の私でも見惚れるほどに美しいですね。未だにこの霧島さんの彼女だなんて信じられません。もしも何か弱みを握られている、なんて理由で先輩に関係を強要されているのでしたら気にせず私に相談してください。先輩を陥れることなんて造作もないことですので」
「おい夏樹、相変わらずお前の彼女怖いんだけど! なんか俺に対していつも辛辣じゃない?」
「あはは、ゆかりちゃんはね、僕と仲のいい君に嫉妬してるんだよ。僕はそういうところが可愛いと思う」
「こんな朝イチでノロケぶっこんでくるんじゃねえ」
ほわほわとした笑顔で千草さんを見つめる夏樹に、俺はため息を吐く。
もう好きにしてくれ。
「んでマオ、その千草さんの隣が、俺の同僚で千草さんの彼氏の夏樹な」
「はじめまして。僕は晃の大親友の五代夏樹だよ」
いつの間に大親友に昇格したのか俺には覚えがないが、まあ色々喋れる数少ない友人には変わりない。
「ふむ、主がこの間ゆかりんの言っておった例の釣りの男か」
「あ、そっか、そういえばその時に会ったんだよね、ゆかりちゃんとは。お魚好きなんだってね。今度釣れたら持っていくよ、えーと、ハーフェリさん、だったかな?」
「名字は長いから名前で構わんが、彼女でもない異性を下の名前で呼ぶのは、まずいのだったかな」
マオの気遣いが地味にすごい。
しかし他ならぬ千草さんがそれを許可した。
「マオさん、夏樹さんのことは好きに呼んでください。夏樹くんでも夏君でもなっつんでも」
「そうか、ならばゆかりんとゴロも近いから、なっつんと呼ばせてもらおう」
「あはは、なっつんっていいね。ゆかりちゃんのゆかりんとお揃いみたいで嬉しいな」
夏樹が嬉しそうににぱっと笑った。
お揃いといえば。
「相変わらず、お前らは仲が良いな」
俺はカーナビ画面から目を離すと、二人の装いを交互に見比べる。
サイズ違いの白のシャツと、下はゆるっとしたジーンズで、靴は有名スポーツメーカーの限定モデルの真っ赤なスニーカー。
いわゆるお揃いコーデというやつか。
休日に三人で出掛けることはあんまりないが、俺が見る時は大体二人は揃いの服のことがほとんどだ。
さすがに会社に行く時の服装は違うがな。
「晃のとこも揃えたらいいのに」
「別に俺は、一緒の服を着たいとかは思わんからな。むしろマオには、マオの好きな服を着てほしいし」
そして存分に可愛く着飾ったマオを眺めたい。
そんなマオは今日行く場所が遊園地ということもあり、例のワンピース姿ではない。
ちょっと残念だが。
けど、服自体はワンピースと同じブランドのとこで買ったもので、アクティブな装いだが、肩のあたりにフリルがついていたりしてて可愛い系統の服であることに変わりはない。
あと今日は珍しくマオは髪を頭の高い位置で一つにくくったポニーテール姿で、いつもは隠れているうなじとか白い首筋があらわになっていて、目に入ると慣れなくて地味にドキッとする。
ちなみにそんな俺に目ざとく気付いたマオが、存分に見るがよいし触るがよい、と言ってきて迫ってきて、それを頑張って軽くいなす、という一悶着が出掛ける前にあった。
それはそれとして。
「道も今のところそんなに混んでなさげだな。そんじゃあゆかりんもなっつんも、高速に乗るからシートベルト締めろよ。そろそろ出発するぞー」
「先輩には、ゆかりんって呼ばないでくださいと言ったはずですが。この世から滅しますよ」
「君になっつんとか言われるとちょっと背中がゾワゾワするんだけど」
俺がそう呼ぶのはやっぱりだめらしい。
元々本気でそう呼ぶ気はないが。
しかしなっつんは、俺も言いながら背筋が寒くなったから冗談でも呼ばんでおこう。
とにもかくにも、これで出発かと思いきや、直前で千草さんが異議を唱えた。
「先輩、私はマオさんともっと二人でじっくり交流を深めたいので、マオさんと後ろに乗りたいんですけど」
ということで、俺の隣にいたマオは後部座席に移り、代わりに夏樹が隣に座り、ようやく出発することができた。
すると千草さんがマオと交流を深めたいと言っていたのは本当のようで、車が動き出すやいなやかなりの熱量でマオに話しかけ、マオもそれに対してにこやかに答えている。
話し始めてそんなに時間は経っていないが、既に二人の会話は盛り上がりを見せ、俺や夏樹が入る隙がない。
魔王城で会った時は魔王という立場から、それでなくともマオの見た目は美人すぎて、表情がなかったり怒ったりしていると、威圧感は半端ない。
だけど本来のマオ自身は意外に気さくだし、こうやってちょっとずつマオの世界を広げてやれれば、あっという間に友達もできるだろう。
やっぱりずっと俺だけっていうのもな。
俺としては独り占めしたいという気持ちも心の隅になくもないが、せっかく魔王という立場ではなく、ただのマオとしてこの世界でしばらく暮らしていくことになるのだから、マオにはマオらしく、存分に羽根を伸ばしてもらいたいという気持ちの方が大きい。
……まあ、楽しそうに話している内容が猥談ってのもどうかと思うんだが。
「なるほど、ゆかりんの書いているその小説とやらは非常に興味深いな。特に触手というものを使うというのは、そういえば我の知り合いの中にもそういったものを好む者がおったぞ」
「そういう需要は一定数ありますから。ちなみに霧島先輩はどういった趣向をお持ちですか?」
「晃は見た目は普通を装っておるが、我が思うにそれはあくまでもポーズであり、本音はだな」
「朝からなんっつー会話してんだ! あとマオ、俺は装うも何も普通だから! 極めてノーマル!」
さすがに俺の趣味嗜好が話の中心になるのはいただけたないので、俺は即座に割って入る。
そうしたら千草さんが不満げに口をとがらせる。
「なんですか、先輩。今からが面白いところなのに」
「俺はなんにも面白くないから! しかもそれを俺がすぐそこにいるのに、マオに聞くな」
「だって先輩に聞いても教えてれないですよね?」
「当たり前だろう! あとマオも根拠のないことは言わないでくれ」
「? 根拠ならあるぞ。先日、主のパソコンから晃の集めたコレクションらしきファイルを見つけたからな」
「!?」
待て待て、見つからないようしてたのに、マオのやつ、あの隠しファイル見つけたのかよ!
帰ったら速攻で隠し直さないと……って、今はそうじゃなくて。
「とにかく、するなら二人とも別の話題にしてくれ。もっとあるだろう。例えば趣味の話とか」
「先輩、この猥談は趣味と実益を兼ねています。つまり今はまさに先輩の要望している趣味の話をしているんですが」
なんつぅ曇りない眼でこっちを見てくるんだ、この後輩は。
「……おい夏樹、お前の彼女だろう。何とかしてくれ」
仕方ないので俺は隣に助けを求めたが。
「楽しそうに話をするゆかりちゃん、可愛いなぁ」
と、能天気にもにこにこと千草さんを見つめている。
あ、これ駄目だわ。
このメンバーだとまともなツッコミがいやしない。
今日は始まったばかりだというのに、既にこのダブルデートに俺は不安を覚え始めていた。




