23.●魔王のはじめてのおつかい②
帰り道も行きと同じく人も車もまばらで、とても静かなのにどこか穏やかな空気が漂っている。
天気の良さもあり、どこかで寄り道をしてもいいかと一瞬思ったが、今日は初めての一人での外出である。
位置を把握されているとはいえ、予測される時間に家に帰っていなければ、晃のあの様子から察するに鬼電が来るどころか、ヘタをすれば早退するかもしれない。
だからマオはおとなしく、それでももう少しだけ外の空気を感じたくて、あえてゆっくりとした足取りで帰っていく。
だが、コンビニの前に差し掛かったところで、何やら慌ただしい様子で自動ドアから飛び出してきた男がふと目についた。
急ぎの用事でもあるのだろうか、一目散に走り出した男だったが、そのすぐ後に扉から出てきた店員と思しき女の子が、
「待つっすよこの万引き犯っ!!!!」
と、大きな声で叫んだことにより、マオは一瞬で状況を判断した。
もしかしたら女の子の勘違いかもしれないという可能性も否定はできないが、であれば逃げる必要はなく、その場で弁明すればいいだろう。
逃げる、ということはつまり、やましいところがあるということだ。
件のその男は、あと数秒ほどでマオの前を通り過ぎようとするほどの距離にいる。
「ふむ」
マオは風に溶けるほどの微かな声で何かを唱える。
体に少しずつ蓄積している魔素のほんのわずかな量を魔力へと体内で変換させ、それを魔法として放出すると、目には見えないかまいたちのような風魔法が男の足にまっすぐに飛んでいく。
「んぎゃっ!!」
見事に命中したそれで足を負傷したらしい男は、勢い待ってバランスを崩し、地面に倒れ込むその直前。
「うおりゃぁぁっ!!!」
男の背後から飛んできた店員の女の子の華麗な飛び蹴りをもろに喰らい、万引き犯と目された男はそのまま吹っ飛んでいった。
「観念するっす!! 店長────—っ、万引き犯捕まえたっすよ!!!!」
逃げられないようすぐさま男に馬乗りになりながら手首を捻り上げた女の子は、大きな声を上げてコンビニから出てきた小柄な男性に声をかける。
だが、あれだけの攻撃を喰らったにもかかわらず余力が残っていたのか、女の子の手から自身の手を無理やり引き抜き、隠し持っていたナイフを取り出したところで、マオはその男の手を思い切り踏んづけた。
「あぎゃっ!」
痛みに耐えきれず涙目になりながらナイフを離した瞬間、マオは凶器を取り上げた。
そして再度男が危険な行為をしないよう、マオはもう一度魔法を使い男を眠らせる。
見た目には気絶したような男の上に乗ったまま、店員の女の子はマオに向かって頭を下げた。
「すみませんっす、ありがとうございますお姉さん」
「気にするでない。それより警察とやらは呼んでいるのか?」
「はい。店長が多分」
「そうか。それにしてもお主のあの蹴りは見事なものだった」
金髪の女の子は、おそらく二十歳前後。
顔立ちはなかなかに整っており、とても愛らしい。
その上見た感じ華奢なように思えるが、まさかあのような攻撃力の高い一撃を繰り出せるとは思わなかった。
「あはは。うち昔から色々習ってるんっすよね」
「ほう、見かけによらず主は武闘家であったか」
「そんな仰々しいもんじゃないっすよ! 趣味に近いもんなんで。けど、こういう時には役立つっす!……っていうか、全然関係ないんすけど、お姉さんめっちゃ美人っすよね。しかもその目の色、超綺麗っす。どこのメーカーのカラコンっすか?」
カラコン……確かカラーコンタクトの略だったなとすぐさま頭の中で理解したマオは、首を横に振る。
「これはカラコンではない。自前だ」
「マジっすか!? 自前でその色っすか!? 羨ましいっす!」
「そういうお主の青い瞳はカラコンとやらなのか?」
「当然そうっすよ! うちバリバリの純日本人なんで。お姉さんは……」
「我はこの国以外の血が入っておる」
「なるほど、だからそんな色なんすねぇ」
海外どころかこの世界ですらないのだが、目の前の金髪少女は納得したようだった。
そんなのほほんとした呑気な会話を、潰れた万引き犯そっちのけで話していると、遠くの方からサイレンが聞こえてきた。
「うわっ、もう来たんすね警察」
悪いことをした人間を捕まえる機関だということは知っている。
だが、マオが犯人ではないが、この世界に籍のない彼女が事情を聞かれるのは色々とまずい。
魔法を使い相手の記憶を消すこともできるが、その人物の脳に支障をきたす可能性もあるため、むやみには使えない。
であれば、ここは早々に立ち去るに限る。
「すまないが我は買い物帰りでな。購入した魚が痛むやもしれぬ故、もう行っても良いか?」
「ああっ! 引き留めてすみませんっす! 大丈夫っすよ行ってもらって」
ではな、と言ってその場を立ち去りかけたマオだったが、後ろからあの女の子の声が飛ぶ。
「綺麗なお姉さん! うちこのコンビニでバイトしてるんで、もし良かったらまた来てください!! サービスするっすよ!」
果たしてアルバイトにそんな権限があるのかは分からないが、マオは一度振り返り、こくりと頷くと、笑顔で手を振った。




