16.今更ながらの自己紹介
今更ながらこうして向かい合って座るのは、妙に尻がもぞもぞする。
これまで顔を突き合わせてご飯を食べて酒を飲んで、なんなら一緒のベッドで寝ておいて何を言ってんだという感じだが。
「えーっと、改めまして、俺の名前は霧島晃だ」
「ほう、霧島が名前か?」
「いんや、晃のほうだ。俺のことは、まあ魔王さんになら名前で呼んでもらっていい。年は二十六な。仕事はいわゆるサラリーマンってやつ」
「サラリーマン。テレビドラマで見たぞ。会社という場所に行って仕事をするのだな」
「そうそう、それ」
「しかし主の帰りは今日は遅かったな。もしやブラック企業というやつか!? 毎日残業は当たり前、休日もなく会社に拘束され、安い給料でこき使われ、心身ともにすり減っていくという……!」
「そんな会社もあるだろうけど、うちは超健全なホワイトな企業だ。今日遅かったのはちょっとトラブルがあったってだけ」
そしてそれ以外の理由でも俺の帰りが遅いのは、ただ単に俺が好きで残業してるからである。
にしてもどこでそんな知識を覚えたんだと聞けば、やはりテレビだという。
「なるほど、主の会社はそれには当てはまらぬと」
「そう。給料も平均より高いしな。んで、知っての通り、片付けは死ぬほど苦手だし、料理も作るといったらカップ麺くらいだ」
あれが果たして料理のカテゴリーに入るかと問われると疑問だが、魔王も同じことを思ったらしい。
「つまり家でするとしても、お湯を沸かすことくらいということだな。我も今日初めてカップ麺とやらを食べてみたら、何とも背徳的な味わいでなかなかに良かったが……あれは料理とは言えぬ」
「つまりはそんくらいなんもできないってことだ。あとはそうだな、酒が好きだ」
「それはここ数日で目の当たりにしておるから、知っておるぞ。しかも我よりも強い」
だが、これでも昔よりは弱くなっている。
前は一ケース程缶を空けても余裕だったが、最近はそこまで飲めない。
「で、次は魔王さんの番な」
「うむ」
魔王はコホンと一つ咳ばらいをすると名を名乗ったのだが、彼女の名前は俺の想像の遥かに上をいくものだった。
「我の名は、マオルーシェル・バランスチカ・メリルキルナ・ロス・クリスピニアーノ・フォルダンシェ・リキア・フロイズ・ラーベルタール・ピスカ・ハーフェリだ」
「…………え、待て、長くないか?」
「そうはいってもな。魔族のランクが高いほど、より長いものになるのだ」
長すぎてなんかの呪文かと思った。
これ、何て呼べばいいのか。
……さすがに名前全部は呼べないし、っていうか覚えきれない。
「ちなみに名がマオルーシェルで、家名がハーフェリ。間は全てミドルネームだ。我のことは、マオルーシェルと呼べばよい」
「それでも長いな。なら、────マオさん、とかでもいいいか?」
「呼び捨てで構わん」
「分かった」
魔王相手にさん付けしないってのはどうかと一瞬思ったが、相手が呼び捨てでいいと言うのだからいいんだろう。
あと、魔王さんからマオっていうのはあんまり変わり映えしない気もするが、こっちとしては呼びやすいからいいか。
「我は現在父の後を継ぎ、第三十七代目の魔王として魔界を治めておる」
「魔王って世襲制なのか?」
「いや、一番力の強い者が自然とその役割を担う。そして我がハーフェリ家は突出して魔力量が多い一族でな。ここ十代ほどはハーフェリ家の者が魔王として君臨しておる」
「魔王が今魔界にはいないわけだが、その辺は大丈夫なのか?」
「魔王の不在時は、四天王の中でも最も力のあるものが代理で治めることとなっているから問題はない」
その力ある者ってあの変態のどっちかだろうかと思っていたら、それを読み取った魔王がすかさず答える。
「あの中で強いのは、一番まともな思考を持つ、土魔法を得意とするゴルドンという男だ。おそらく彼が代わりに統治しておる。あやつなら任せられるし心配はしておらん」
ゴルドンってあのゴーレム作って襲い掛かってきたやつか。
確かにまともそうだったし、真面目でもありそうだった。
あと、強力な四天王の中でも王女たちがもっとも苦戦していた敵だ。
「それで我の年は、人間の年齢で換算すると大体二十三、四とったところか。我らはおおよそ三倍ほどの寿命を持っている。魔族の中でも我はまだ若輩者の部類に入るな。我も酒は好きだぞ」
「なんだっけ、ワインがいいんだったよな?」
「うむ。だが今は誰かさんのお陰で酎ハイというやつにはまっておる」
あ、酎ハイで思い出した。
「そういや買ってきてたんだったわ」
明日は朝から買い物の予定だし、時間的に一本が限界だが、家での晩酌は俺にとって欠かせない。
「どれがいい? レモンの酎ハイの他に、期間限定のマスカットもあるけど」
「ならば我はマスカットを所望したいぞ!」
「了解」
俺は彼女に一つ渡しながら、
「なら魔王さん……じゃなかった、マオ、これからよろしく」
そう口にする。
しばらくはうっかり魔王さんと呼んでしまいそうだが、そのうちに慣れるだろう。
すると呼ばれたマオは、完全に慣れた手つきでプシュッと蓋を開けた後、ちょっとだけ表情を緩ませる。
「魔王以外で呼ばれるなど久しくなかったからな。とても新鮮な気分だ。……晃、こちらこそ、迷惑をかけると思うがよろしく頼む」
なんだか妙にくすぐったい気持ちになって変ににやけそうな顔を抑えつつ、俺たちはいつものように缶を合わせた。




