15.コンビニで気付くこと
休日を迎える前日。
とんでもないミスをやらかした新人の尻拭いをしていたからか、仕事が終わったのは夜の十二時を回る前だった。
「あう、す、すみません先輩」
「とりあえずなんとか修正は間に合ったから、楠さんは気にするな。──っと、ヤバイもうこんな時間か。後は週明けに回してさっさと帰るぞ」
いつもだったら明け方まで居残りするが、明日の予定があるので、今日はおとなしく家路につく。
「あの、先輩……! 私の家、この近くなんです! だからもし電車がなかったらうちに……」
「気持ちだけもらっとく。走れば間に合うから大丈夫だ。あとそういうことは軽々しく異性に言わんほうがいいぞ。勘違いする輩もいるからな」
俺は大丈夫だ。
そんな勘違いなんぞしない。
俺は楠さんを連れて会社を出ると、夜も危ないので家の近くまで送り届ける。
「今日はお疲れさん。あんまり気を落とすなよ。ミスは誰にでもあることだからさ。じゃあまた来週な」
「お疲れ様です……」
気落ちしたような楠さんに慰めるようにそう言った俺は、そこからダッシュで駅へと向かう。
最近体が重くなった気がする。
運動とかしといたほうがいいかな、俺も一応アラサーになったことだしと考えながら足を動かし、ギリ終電に間に合った。
遅くなるから寝ててくれとは言ったものの、あの魔王のことだから起きて待ってる気がする。
なら酒でも買って帰るか。
俺も飲みたいし。
となると、この時間でも開いてるのはいつものコンビニくらいである。
「っらっしゃいませ」
今日も例によって、金髪の彼女がレジには立っていた。
しかし俺は前回うざい絡み方をしてしまったことを思い出し、若干気まずさを覚える。
籠に八本余りの酒を入れレジに向かった俺は、ばつの悪い顔でとりあえず謝罪をする。
「あーっと、この前は妙なテンションで接して悪かった」
普通に考えれば、一応顔を覚えているだろうとはいえ、世間話すらしたことのない異性の客にいきなり手を振られたりチョコレートをもらうなんて、気持ち悪いし怖かっただろう。
あの時の俺は確実にヤバい客だった。
入店禁止にされてもおかしくないだろう。
だが意外なことに彼女は、商品をスキャンしつつ、少し笑いながら明るい口調で返してきた。
「あれにはびびったっすよ。お客さん変な薬でもしたのかってマジで疑ったし。でもあのチョコ、うちの好きなやつだったんで嬉しかったっす」
そう言って俺が支払いを終えた後、袋に全て商品を詰め終わった彼女は、俺が買った商品ではない物をポンと一番上に乗せた。
「これ、あれの別の味バージョン。このコンビニには売ってないんすけど、うちんちの近くで買ってきた限定品っすよ」
「いいのか?」
「もちろん。この前のお礼っすよ」
「悪いな、んじゃあ遠慮なく貰っとくよ。ありがとう、えーっと店員さん」
最近は店員のプライバシー保護のため、本名を記載しない店舗も多い。
彼女の胸元についている名札も、R.Iとイニシャルのみの表記だ。
さすがにRさんとは言いにくい。
すると彼女はあっさりと名前を教えてくれた。
「店員さんでもいいっすけど、ちなみにうちの名前は一ノ瀬っす。一ノ瀬瑠衣」
「なるほど、だからR.Iか。俺の名前は霧島晃だ」
「霧島さんっすね。……なんか変な感じっす。一年以上顔合わせてるのに初めてちゃんと会話してるっていうか」
「だな。最低でも週に二回は一ノ瀬さんがレジしてくれてるのにな」
「霧島さんいつも来るの遅い時間っすよね? 社畜っすか?」
「間違ってはないな。が、正しくは自ら望んだ社畜的な」
「マジっすか。霧島さんドМじゃないっすか」
「ははっ、否定はしねぇ」
彼女は現在大学二年生らしい。
他にもいくつかアルバイトを掛け持ちしているらしく、他にはディッシュ配りや居酒屋、遊園地の着ぐるみの中の人なんてのもやってるらしい。
深夜に働くのは危なくないかと聞いたら、裏に店長がいるし、あとこう見えて合気道と柔道が五段で、キックボクシングも習っているという。
「その辺の野郎には負けないっすよ。それにどんなに強い相手でも、最終股間攻撃すりゃあ勝てるっす」
聞きながら自分の股間がひゅっと縮こまる。
男にとってここやられたら冗談抜きでヤバイ。
悶絶してしばらく動けないことは必至だ。
「極論はそうだけど、まあ変な奴も多いし、気を付けなよ」
「うっす」
それじゃあと手を上げて別れ、コンビニを出てから重大なことに気付く。
────すんごい今更だけど、俺、魔王に自分の名前言ってなくないか?
そして魔王の名前も聞いてない。
家では俺は魔王さんと呼んでるし、向こうは俺のことをお主と呼んでいる。
そのことに何の違和感も感じていなかったが、明日買い物に行くのに、外で「魔王さん」なんて呼ぶのはまずいだろう。
本物の魔王がいるとは誰も思わないだろうが、周囲に妙な目で見られるんじゃないだろうか。
っていうか名前を名乗り合う前に先に家に連れ込むとか、順番間違ってるよなと思いながら足早に帰ると、電気がついているのが外からでも確認できた。
で、やっぱり起きていた魔王さんと向き合い、俺たちは今更ながらの自己紹介をすることになった。




