開戦前の決意
レジーナジャルディーノで妖王家と謁見し、エリザとの奴隷契約達成手続きを済ませてから2ヶ月経った。
この2ヶ月の間にカルディナーレ妖王国の西の隣国であるディザイア王国が、カルディナーレ妖王国とフロイントシャフト帝国連合軍の前に敗れ、滅んだ。
既にディザイア王家や反抗的な貴族は処刑され、カルディナーレ妖王国に併合されている。
統治に関しては信頼出来る貴族を派遣しているから、しばらくは混乱が続くだろうがいずれは落ち着くんじゃないだろうか。
カルディナーレ陸軍も半数は旧ディザイア王国の治安維持のために残っているが、カルディナーレ最強のハイラミアは既にレジーナジャルディーノに戻ってきており、俺も一度だけ面会させてもらった。
エリザの事で軽く威圧されたが、ここしばらくの狩りで俺のレベルはそのハイラミアと同じぐらいまで上がっていたから、あんまり影響は感じなかったな。
あ、現在俺のレベルは107、アリスが96、エレナ77、エリア71、ルージュ72、エリザ91になってるぞ。
アリスも進化するまで頑張りたかったんだが、残念ながら戦争には間に合わなさそうだ。
さりげなくルージュのレベルがエリアを追い抜いてるが、本人的にも狩りが楽しくなってきたらしい。
実際魔物に対する攻撃は、ルージュが一番多いしな。
ハンターズギルドでの依頼は、実はあまり受けていない。
それなりに依頼は出てたんだが、リスティヒ王国の偵察隊だか先遣隊だかが頻繁に派遣されてきてたから、俺達は狩りよりそちらへの対処を優先したからだ。
50隻ほど沈めているが、リスティヒ王国の魔導船は200隻近くあるから、戦力的にはまだまだ残っている。
それでも海の魔物は狩ってるから、レジーナジャルディーノに戻るたびにSランクまでの魔物をいくらか売ったし、一度だけGランクのグレートブレード・フィッシュも売った。
ハンターズギルドにとっても数年ぶりの大物って事で大歓迎されたが、現状が現状だし相手が相手だから、次回入荷は未定なのが少し申し訳ないと思う。
あ、Pランクモンスターも狩ってるが、さすがにそれを売るのは問題になるって分かり切ってるから、全部ブルースフィアで換金済みだ。
全部で3,421万ゴールドになったが、ヘリオスフィアに来てから改装やら新規購入やらでだいぶ減っていた資金もようやく補填出来たな。
遭遇するたびに沈めてた成果なのか、最近は滅多にリスティヒ王国とは遭遇しなくなってるが、その代わりにロイバーに海軍が集結し始めているようで、進軍してくるのもそう遠くはないだろう。
報告を受けたカルディナーレ妖王国も迎撃準備を整えているし、フロイントシャフト帝国からも、新型魔導船25隻を含む援軍がレジーナジャルディーノに派遣されてきてるからな。
カルディナーレ妖王国は各地にあるクラフターズギルドを総動員して魔導船の建造を行ったため、現在レジーナジャルディーノには33隻停泊中だ。
「そろそろリスティヒが動きそうだったから戻ってきたけど、報告はまだみたいね」
「ロイバーの様子を見る限りでは、集まった海兵は半数と少しのようでしたから、早ければ半月後といったところでしょうか」
「実際カルディナーレも、それぐらいはかかると見てる感じだな」
リスティヒ海軍だが、現在ロイバーに集まっている海兵は、全体の半数程だった。
さすがに全軍を動員する事はないだろうが、カルディナーレ妖王国が入手した情報だと、既に集まっている海兵は正規軍で、現在ロイバーに招集をかけているのは徴収された兵になるらしい。
徴兵だけあって、普段は農業や林業、鉱業なんかを営んでいるみたいだが、リスティヒ王国は全ての国民が最低でも2年は海兵として勤める義務がある。
だから突然の徴兵であっても、最低限の事は出来るんだろう。
もっともそれでも、海軍全体の3割程にしかならないみたいだが。
「徴兵ってのは思うところがあるけど、ヒューマン至上主義を掲げて侵略してくるんだから、遠慮はいらないわよね」
アリスの言う通り、俺も徴兵には思うところが無い訳じゃない。
なにせ2年は軍属となる法があったとしても、基本的には普通に暮らしてる人達だからな。
だけどリスティヒ王国ではヒューマン以外はほとんど奴隷だと言われているぐらいで、その人達もヒューマン至上主義者ってのは間違いないから、戦後に人手不足に陥る可能性はあるが、そこはリスティヒ王国の問題だと割り切った方がいい気がする。
ちなみに奴隷だが、偵察した限りじゃリスティヒ王国の船は魔導船のみのようだから、肉の盾としても使える可能性がある陸軍と違い、海軍には雑用係ぐらいしかいないみたいだった。
魔導船は機密の塊だし、拿捕されてしまったら奴隷から内部事情から全部漏れる可能性もあるから、魔導船に乗せる事は無い感じだったな。
「むしろ遠慮なんかしたら、レジーナジャルディーノが落とされるんじゃないか?」
「でしょうね」
性能はともかくとしても、魔導船の数はリスティヒ王国の方が多いからな。
防衛ラインを突破されたら帆船や旧式魔導船じゃ追い付けないし、新型魔導船は数が少ないから対処が面倒だし、最悪の場合は上陸を許すことにもなりかねない。
もちろん上陸されてしまった場合に備えて陸軍も配備されているが、上陸される場所によっては民間に被害が出る可能性も否定できないから、それだけは絶対に阻止しないといけないんだが。
「その件で俺とエリザは、城に呼ばれてるんだ。だから悪いんだけど、アリス達はまた留守番になる」
「まあ、仕方ないでしょうね」
「ええ。ハイヒューマンである浩哉さんも戦力に数えられるとはいえ、軍属というワケではありませんから」
俺というハイヒューマンが参戦する事は既に通達されていて、一応は歓迎されている。
だけど正式に軍に入った訳じゃなく、そればかりかハンターとしての参加って事で、軍の一部は眉を顰めているらしい。
俺達との連絡役を務めてくれているドラゴニュート隊長の話だと、その一部っていうのは権力志向が強く、どうにかして俺を取り込めないかと考えているみたいだ。
特に処罰された2つの辺境伯家に従っていたせいで権力を削がれた貴族達は、俺を取り込んで発言力を高めたいって考えてるって教えてもらっている。
俺には権力なんて必要ないし、そんな連中は大なり小なり種族至上主義に傾倒してるから、下手をしなくても気分を害する結果になるだろう。
その事はカタリーナ女王の口からも伝えられているんだが、貴族っていうのは自分だけは大丈夫だって考える輩が多いとも言われてるから、場合によっては面倒に巻き込まれるかもしれない。
妖王家に丸投げするつもりだけど、こればっかりはどうなるか分からないのがまた面倒だ。
「軍属どころか、国に所属するつもりもないけどな。自由気ままに旅をしてる方が楽だし、ブルースフィアのおかげで暇つぶしどころか生活にも困ってないから」
「それはそれでどうかと思いますけど、私達もその恩恵を頂いていますからね」
エリアの言う通り、ブルースフィアに頼りっ切りっていうのも、確かに問題なんだよな。
だけど文化拡散の役にも立ってるし、創造神様も俺の好きに生きて構わないって言ってたから、先の事はともかく今はこの生活を続けたい。
「そうだよね」
「一度は行ってみたいと思ってたし、良い機会ね」
創造神様の神像が祀られてるのは、北大陸だとヴェルトハイリヒ聖教国聖都ゼーレテンペルのみとなっている。
スフェール教の総本山でもあり、巡礼者はもちろん信者も多くが訪れるため、賑わってるのはもちろん食や文化という面でも北大陸の最先端の一角なんだそうだ。
フロイントシャフト帝国帝都シュロスブルクやグレートクロス帝国帝都ニューイーラも最先端だが、ゼーレテンペルはスフェール教の総本山っていう事もあって、各国からの情報や技術が集まりやすく、それでいて秘匿する事もないから、新技術なんかはゼーレテンペルが発祥となることも珍しくないんだとか。
それでいて宗教国家ということもあって、町並みは華美な装飾とかはほとんどなく、最大の建物がエスペリオ大神殿っていうスフェール教の総本山になっている。
エスペリオ大神殿は王城並みの大きさで、ヴェルトハイリヒ教皇の座す城でもあるそうだから、これ以上の建物は建てにくいか。
「一度行った事がありますが、美しく荘厳な建物でした。ステンドグラスの壁画もそこにしかありませんから、スフェール教徒ならば一度は行ってみたいと思うのも当然だと思います」
エリザは王女時代に、エスペリオ大神殿を訪れた事があるそうだ。
というより各国の王家は、必ず一度は訪れて礼拝するのが習わしらしい。
ヒューマン至上主義国が訪れる事は無いが、過去のスフェール教を廃したグレートクロス帝国も訪れるそうだから、もしヴェルトハイリヒ聖教国を攻めたりなんかしたら、全てのスフェール教国家を敵に回す事になる。
特に神罰を受けたグレートクロス帝国は、次に牙を剥いたりしたら国そのものが更地になる可能性もあるらしく、ヴェルトハイリヒ聖教国の防衛には過剰なまでに気を配っていると聞く。
「楽しみだなぁ。あ、誰か来たみたいだよ」
「迎えかな?」
「おそらくはそうでしょう」
俺もエスペリオ大神殿に行くのは楽しみだから、ルージュの気持ちはよく分かるし、みんなも同じ気持ちみたいだ。
だけどそのタイミングで、どうやら城からの迎えが来たみたいだ。
カルディナーレ妖王国は対リスティヒ王国戦の大会議が行われてるんだが、俺とエリザが参加する訳じゃない。
参加したところで意見とか言える訳じゃないし、何より俺はカルディナーレ妖王国所属じゃないから、国家機密なんかも出てくるであろう会議に参加なんてさせてもらえる訳がない。
だから結果を聞いて、それでどうするのかを伝達されるっていう感じになる。
「夜には戻られるんですよね?」
「もちろん」
「お母様は一度ぐらい城に泊まっていただきたいと思っているようですが、アクアベアリの方が快適に過ごせますし、何より皆さんがいますから」
何度か登城しているが、泊まった事は一度もない。
カタリーナ女王やシャルロット、キアラ両王女は宿泊を勧めてくれてたんだが、登城するのは毎回俺とエリザだけで、アリス達はアクアベアリで留守番をしてもらっている。
みんな一緒だったら一度ぐらいは考えたけど、みんなを残してっていうのは俺としても考えてない。
アリス達もヘリオスフィアじゃ上から数えた方が早い程の高レベルになってるが、それでも身分は奴隷だから、登城が許されてないんだよ。
エリザも奴隷ではあるが、対外的には解放した事になってるし、そうでなくても自国の王女様だから、こちらは特に問題にはなっていないな。
「それじゃあ行ってくるよ。なるべく早く帰ってくるから」
「ええ」
「お気をつけて」
「はい、行って参ります」
迎えに来てくれたドラゴニュート隊長に簡単に挨拶してから、俺はサダルメリクを召喚し、エリザと共に乗り込んだ。
いよいよ戦争だからなのか、気分が高揚してきてる気がする。
カルディナーレ妖王国はエリザの国だし、エリザと旅を続けるためにも、絶対にリスティヒ王国は倒さないとな。




