戦争参加の決意
引き続き、妖王家と話し合いを続けている俺です。
話をまとめると、妖王家としてはエリザを奴隷から解放し、その上で娶ってもらいたい。
その際エリザは降嫁という扱いになるから、エリザ本人が王位に就く事はないが、ヴァンパイアの娘が生まれた場合は王位継承権が発生する。
エリザが元奴隷という立場になってしまうため、その子の王位継承権はかなり低くなるが、それでも王位に就く可能性は十分あり得るんだそうだ。
対して俺は、エリザを娶ると妖王家と懇意になってしまうため、今後の旅に支障が出てしまう。
エリザはハイヒューマンの俺に嫁ぐため、爵位とかも一切与えられない予定だが、生まれてきた子供についてはその限りではない。
ヴァンパイアの娘は王位継承権が与えられるが、俺と同じヒューマンやハーフであっても貴族かそれに準ずる待遇は保証してくれるそうだ。
だけど子供が生まれた場合、俺は旅を続けているから、気付かぬうちに人質になったり、最悪の場合は命を奪われた上で俺を奴隷にしようとする貴族が出てくる可能性がある。
さらにヴァンパイアの娘が王位に就いてしまった場合、元奴隷の娘風情がって事で、反発する貴族は必ず出てくる。
そうなるとカルディナーレ妖王国が荒れるに決まってるし、下手したらその子が暗殺なんて事にもなりかねない。
その場合、当然俺は報復に出るだろうから、荒れるどころかカルディナーレ妖王国が滅びる可能性も否定できない。
さらに他の奴隷達の事もあるから、エリザとだけ結婚っていうのは、俺の中では考えられない話になる。
「思ってたより面倒な話になるわね」
「ええ。本人も解放を望んでいないワケだし、彼への褒賞という事で、エリザベッタの立場は現状維持っていうのが無難な気がしてくるわ」
キアラ王女とシャルロット王女が、本当に面倒くさそうな顔をしながら、妥協案、というか投げやりな回答を口にする。
この2人、王位継承権一位二位って聞いてるが、もうちょっと考えてから判断を下すべきなんじゃないかと、他人事ながら思えてしまう。
エリザが解放を望まない理由は、俺の秘密を口外しないためっていう理由もあるが、ブルースフィアに魂まで魅了されてしまってるからっていう理由もある。
あとは女王にならずにすむとか、煩わしい王宮や貴族との付き合いが無くなるから、っていう理由もあったな。
「エリザベッタよ、再度問うが、本当に奴隷からの解放は望まないのか?」
「はい、望みません。結婚のお話は魅力的ですが、わたくしとだけ結婚というのも、浩哉様にとっては障害になってしまいますから、こちらも遠慮させていただきたく存じます」
「其方を含めて5人、だったか。しかも他4人は既に契約を達成済みで、其方も時間の問題か、もしやすれば既に達成している可能性もある。ハイヒューマンという事実を差し引いても、なかなか聞かぬ話だな」
いえ、確かにアリスとエレナはそれなりに大変だったと思うけど、エリアとルージュは契約そのものが条件だったから、エリザを含めても契約達成奴隷は実質3人です。
「身なりもだけど、肌艶も良いし、大切にされてるのは間違いないわね」
「それはもう」
まあエリザ達は、ブルースフィアで購入出来るシャンプーやリンス、ボディソープを使ってるし、飯も同様だからな。
ヘリオスフィアにも風呂文化があるから、石鹸はトレーダーズギルドで買う事が出来る。
さすがにブルースフィアの石鹸程種類がある訳じゃないが、それでも高級石鹸なんかもあるから、常に需要があると言える。
なのに食文化は発展してないから、アンバランスが凄い世界だと思う。
それはどうでもいいが、俺が思ってたより、姉妹仲は良いみたいだ。
王家って言ったら、王位を巡って血みどろの争いをしてるっていう印象があったんだが、よくよく考えてみたらカルディナーレ妖王国の場合、ヴァンパイアの王女はほとんどが王位に就くらしいし、在位期間も長くて10年ぐらいらしいから、争う意味も無いって事か。
カタリーナ女王は今年で在位16年と平均より長いが、これは本来跡を継ぐはずだった妹が病死してしまって、さらに2人の姉にもヴァンパイアの子供が生まれなかったから、止むを得ずっていう事情らしい。
本人としては早くシャルロット王女に王位を譲りたいんだが、そのシャルロット王女は現在妊娠中らしく、お腹の中の子が生まれるまでは譲位出来ないんだとか。
というかカルディナーレ妖王国では、出産経験のない王女は、どれだけ王位継承権が高くても、絶対に王位に就く事は出来ないみたいだ。
妖族が産む子は、基本女の子かつ母親と同じ種族だが、稀に父親の特徴が混じったハーフが生まれる事がある。
もちろんそれでも出産を経験したってことになるから王位には就けるんだが、ヴァンパイアが王位に就くカルディナーレ妖王国にとってはあまり歓迎できる事じゃない。
だからこそカタリーナ女王は、俺にエリザを娶ってもらって、ヴァンパイアの子が生まれたら王族として迎え入れたいって考えてるんだそうだ。
現在王位継承権を持ってるのはシャルロット王女とキアラ王女以外だと、カタリーナ女王の姉の娘が1人、公爵家に1人ヴァンパイアがいるぐらいらしい。
しかもカタリーナ女王の姪はまだ10歳だし、公爵家の人は既に50歳を超えてる上に子供も出来なかったそうだから、普通に血統断絶の危機だな。
「それに加え、リスティヒの問題もある。なにせこの数ヶ月で、既に20隻近くの船が沈められておるからな」
「フロイントシャフトから提供された技術による新造船も竣工してはいるけど、リスティヒの船は小回りが効くから、接近されてしまうと面倒だという報告もあるわね」
「中型船という事もあって、それなりに時間もかかるのも痛いな」
そっちの問題もあったな。
というか、無理に中型船じゃなくてもいいだろうに。
リスティヒ王国の魔導船が小型船だっていう情報を得ているなら尚更だ。
「その事ですが、何故中型船に拘っているのですか?」
「乗員、だな。軍を速やかに上陸させるためには、船体は大きな方が良い。小回りの利く小型船の利点は承知しているが、リスティヒを完全に下すためには、どうしても王都を落とさなければならん。しかも陸路は使い辛く、さらに王都は海に面しているため、上陸するためには海路を使わざるを得ん」
なるほど、それは確かに納得できる理由だ。
小型船の利点も分かっていて、だけど時間がないから建造出来ないって事なら、中型船を優先するのは仕方がない気がする。
だけどリスティヒ王国では小型船が大量に用意されていて、下手をすればレジーナジャルディーノすら落とされるかもしれない現状だと、中型船ばかりを優先させるのは問題じゃないだろうか?
「お母様、わたくし達はレジーナジャルディーノに来る前に、リスティヒの軍港ロイバーを、遠めではありますが見てきています。遠めであっても、中型船が50隻、小型船ともなると100では利かない数がありました」
実際にはハイディング・フィールドを展開させてロイバー港に入って確認しているが、さすがにそれは言えないから、エリザは遠目で確認したと説明する。
実際にはその倍はあったし、他の港や貴族所有の船も含めると、それ以上の数になるのは間違いない。
「なんじゃと?」
「そ、そんなにあったの?」
「はい。さすがに正確には分かりませんが、あれだけの戦力で攻めてこられてしまえば、レジーナジャルディーノでも落ちるのではないかと危惧しております」
予想外の戦力に、妖王家の面々の顔色は青い。
単純な戦力だけならカルディナーレ妖王国の方が上だが、船の性能はリスティヒ王国の方が上で、しかも魔導船の数ならこちらもリスティヒ王国の方が多い。
いくら俺が伝えた技術を使ったフロイントシャフト帝国の新造船でも、それだけの数の魔導船に襲われたら沈むか拿捕されるに決まってる。
さらに悪いことに、カルディナーレ妖王国海軍の主戦力は帆船だから、尚更相手にならない。
リスティヒ王国は陸軍が脆弱だって話だから上陸させれば撃退は可能だと思うが、そうなるとレジーナジャルディーノを舞台にした市街戦になってしまうから、カルディナーレ妖王国陸軍がどれだけ精強だろうと上陸させた時点で負けが決まってしまうようなものでもある。
つまりリスティヒ王国を撃退するためには、どうしても海戦しかないという訳だ。
「俺としてもエリザの故郷の危機に黙ってるつもりはないんで、許可をいただければ参戦するつもりです」
これは俺の正直な気持ちだ。
カルディナーレ妖王家が傲慢な性格だったりしたら見捨てるっていう考えもあったが、実際に会ってみたらそんな事はなかったし、エリザの事を大切に想ってたのも分かった。
だからカルディナーレ妖王国を守るためにも、俺もこの戦争に参加する。
「我々としてはありがたいが……本当に構わぬのか?」
「はい。まだエリザを解放しないっていうのは、俺の都合です。ですからその謝罪も込めて」
エリザを解放できない理由は、解放した後にブルースフィアがどうなるかが分からないからだ。
ブルースフィアの装備スロットは、俺と契約を結ぶ事で解放されている。
つまり現在エリザを含むみんなは、奴隷契約のおかげで装備スロットが開放されているし、多分スキル:ブルースフィア・イージネスも同じだろう。
だから奴隷契約を解除した場合、装備スロットどころかブルースフィア・イージネスすら使えなくなってしまう可能性がある。
パーティーメンバーに効果のあるパッシブスキルは作用してるから大丈夫な気もしないでもないけど、万が一っていう可能性は残るし、その場合貸与している装備やアイテムとかがどうなるかも分からない。
残るとは思うが、最悪消えてしまうかもしれない以上、さすがに試すのは怖いんだよ。
だから試すのは、この戦争が終わってから別の誰かと奴隷契約を結び、その人の契約を履行してからにしようと思ってる。
「……いずれはエリザベッタを解放してくれると、そう考えても良いのだな?」
「いつとは断言できませんが、必ず」
いつまでもエリザ達を奴隷のままにしておくつもりは、俺にもない。
奴隷から解放した後で俺から離れるっていうなら、残念だけどそれはそれで仕方ないと思う。
みんなは離れるつもりも解放されるつもりもないって言ってくれてるけど、それはそれだ。
だから戦争が終わったらヴェルトハイリヒ聖教国聖都ゼーレテンペルに行った後になるけど、ちゃんと調べてみようと思ってる。
「分かった。ではそなたへの褒賞は奴隷となったエリザベッタの身柄のみであり、此度の戦もエリザベッタを解放しないための贖罪として処理する。それで構わぬか?」
「十分です」
実際その通りだし、他に欲しい物は無いからな。
いっそのことロイバーに出向いて、先に魔導船を沈めてやろうかと思ってるぐらいだ。
だけどそれをやってしまうと、カルディナーレ妖王国のみならずフロイントシャフト帝国にも泥を塗る形になるし、何よりリスティヒ王国の船がそれで全部とは限らないから、出航されてしまったら意味が薄い。
さらに現在フロイントシャフト帝国との連合軍が、カルディナーレ妖王国の西にあるディザイア王国とぶつかり合ってる最中でもあるから、少なくともあと1ヶ月は国としては動きにくいし、ハイラミアさんもそちらにいるらしい。
もちろんその間にリスティヒ王国が攻めてくる可能性はあるから、カルディナーレ妖王国は海軍をレジーナジャルディーノに集結させているし、フロイントシャフト帝国もピッチを上げて新造船の建造を行っているが。
だからこそハイヒューマンでもある俺がレジーナジャルディーノの守りについていれば、リスティヒ王国は無視する事は出来ないはずだ。
俺がハイヒューマンだって事を信じないかもしれないし、ハイヒューマンだからこそヒューマン至上主義を受け入れるべきだって言ってくるかもしれないが、それならそれで構わない。
俺という存在でリスティヒ王国の動きを牽制できるなら、いくらでも使ってくれと思う。
「感謝するぞ」
「いえ、やっぱりこれも、俺の都合なので」
ヒューマン至上主義に始まる種族至上主義は、俺にとっても相容れない。
だからそんな国は、滅んでも構わないと思っている。
極端な思考だっていうのは分かってるけど、それを言ったら種族至上主義者だってそうだしな。
とはいえ、俺やエリザ、数日前の海戦で戦ったアリスはともかく、エレナ、エリア、ルージュに戦う事を強要するつもりもないから、後でちゃんと説明はするぞ。
無理矢理戦わせるばかりか人を殺せなんて、さすがにそんな無茶を言うつもりはないからな。




