驚愕の告発
エリアリアさん、ルージュ、エリザベッタ王女と無事に契約魔法で契約を結んでから30分ぐらいすると、教会から司教が到着したと連絡がきた。
本来ならこんな早く司教が動くことはあり得ないんだが、奴隷契約の告発となると、下手をすれば被害が拡大するため、教会としては最優先で対応することになっているそうだ。
今回も、最初に話を聞いた司教が、その教会を取りまとめている大司教に許可を取り、急いで来てくれたんだとか。
奴隷契約には神々も関わっているから、スフェール教を信仰している教会からしたら、優先度が高くなるのも当然の話か。
「遅くなって申し訳ありません」
「司教様、ご足労をお掛けします」
司教さんは妙齢の男性ヒューマンだった。
女性比が高いこともあって、女性でも役職に就くのは珍しくないから、てっきり司教さんも女性だと思ってたんだが、よく考えれば女性が多いってだけだから、高位の役職についてる男もそれなりにいるよな。
「お話は伺っています。彼らが告発に来た奴隷ですね?」
「正確には、あちらの3名です。彼はこの2名のマスターで、故あって彼女達をシュロスブルクまで連れてきたそうです」
「そうですか。それでは早速、場を整えましょう」
そう言って司教さんは、部屋の中に祭壇を構え、祝詞を唱え始めた。
「司教様が祝詞を唱えることで、この部屋は告発の場になる。告発の場になったとしても、この部屋で話した内容は外に漏れないし、裁きが下されるまで君達の身は神々によって守られるから、相手が皇帝陛下であっても、君達を害することは出来ない。裁きを下された後は、別の話になるけどね」
聞いてはいたが、本当に神々が保護してくれるんだな。
神罰が下るかどうかの瀬戸際だし、証拠隠滅のために俺達が害されてしまえば、深層は闇に葬られてしまう。
だからそんな事態を防ぐために、神々が直接守ってくれるってことなんだろう。
「これでこの部屋は、告発の場になりました。トレーダーズマスター、いつでも始めて下さい」
「分かりました。では告発を始めます。まずは告発者3名、同行者3名の名前と身分を」
「はい。エリアリアと申します。ナハトシュトローマン男爵の奴隷です」
「ルージュです。ナハトシュトローマン男爵の奴隷です」
「エリザベッタと申します。同じくナハトシュトローマン男爵の奴隷となります」
3人に続いて、俺達も名前と身分を口にする。
「コウヤ・ミナセ、Sランクハンターです」
「アリスフィア、浩哉様の奴隷です」
「エレオノーラです。同じく浩哉様の奴隷になります」
続いて告発内容を促されて、3人が口を開く。
奴隷は衣食住を保証されているが、ナハトシュトローマン男爵の奴隷はみすぼらしい離れに押し込まれ、食事も1日1食、病気になっても治療はされず、それなのに仕事は普通に与えられ、ミスをしたり時間を掛け過ぎてしまえば罰を受ける。
この時点で契約違反は明確であり、むしろ何故これほどの暴挙が明るみに出なかったのか、不思議で仕方がない。
「これは……さすがに酷過ぎると言わざるを得ませんな」
「はい。浩哉君、だったわね。あなた達が関わることになった理由は、契約にあるってことだけど、それを教えてもらえる?」
「それは俺より、アリスフィアの口から話してもらいます。アリス、お願い」
「分かりました、マスター」
敬語を使われて一瞬戸惑ったが、外じゃこれが普通の対応なんだった。
そのアリスの口から、自分が奴隷に落とされた経緯が語られ、奴隷契約の条件がナハトシュトローマン男爵への復讐であった事も併せて告げられる。
「まさか……ナハトシュトローマン男爵は、そのような不当な手段で奴隷を作っていたというのか?ではまさか、あなた方も?」
「あたしは行商人だった両親と移動している最中に、盗賊に襲われました。両親は盗賊に殺されてしまい、あたしだけが助かったんです」
ルージュの両親は、盗賊に殺されていたのか。
いや、その後で偶然通りがかったナハトシュトローマン男爵に保護されたって続いたから、その盗賊がナハトシュトローマン男爵の手勢だったっていう可能性は残ってるな。
「私はアリスフィアの姉になります。ナハトシュトローマン男爵がアリスフィアを自らの物にするため、小さな商店を開いていた両親は無実の罪で捕らえられ、処刑されました。私は妹に対する人質として捕らえられ、ナハトシュタットのトレーダーズマスターによって強引に奴隷契約を結ばされたのです」
ちょ、それってマジなのか?
エリアリアさんのご両親ってことは、アリスのご両親ってことでもある。
だけどご両親は、ナハトシュトローマン男爵がアリスを手に入れるためだけに無実の罪で捕まり、さらに処刑された?
俺よりアリスの方が驚きが強いが、無理もないだろ、それは。
「なんですと?」
「推測でしかありませんが、同様の身の上の奴隷はまだいると思います。不幸中の幸いと申しますか、男爵は契約を履行するつもりはなかったようで、最初から性行為を了承した奴隷以外には手を出していません。ですがご嫡男の世話係を任されていたこちらの2名、特にルージュは、圧力に屈する寸前でした」
「無辜の民を陥れたばかりか、関係まで強要するとは……」
「さらに、こちらのエリザベッタ様のこともあります。ただの平民だった私でも、フロイントシャフト帝国の存亡の危機だと思えてしまいます」
淡々と言葉を紡ぐエリアリアさんに促されて、ようやくエリザベッタ王女も口を開く。
「今はナハトシュトローマン男爵の奴隷として家名は剥奪されていましたが、それ以前のわたくしはエリザベッタ・ルーナ・ディ・カルディナーレと名乗っておりました」
「「「なっ!?」」」
場が整えられたことで、この場では偽証が出来なくなっている。
だからエリザベッタ王女が身の証を立てられなくても、その言葉は真実味を帯びているんだが、さすがに話が大きくなり過ぎだから、逆に信憑性が疑われる内容だ。
「わたくしは皇太子殿下との縁を頼りに、皇帝陛下にカルディナーレ妖王国への援軍をお願いするために参りました。ですがナハトシュタットの近くで盗賊に襲われ、護衛を含む使用人は全て殺され、わたくしは捕らえられてしまったのです。その折に身分を示す物は紛失しているため、自らの言葉でしか身の証を立てる事は出来ません」
偽証が出来ないからといって、すぐに信じられるかは別問題だ。
だからこそ身分証があるし、ステータスを見ても分かるようになっているんだが、奴隷になってしまうとステータスは意味をなさなくなってしまうという欠点がある。
「な、なんということを……」
「これはすぐにでも、陛下のお耳に入れなければ……」
さすがに友好国のお姫様まで奴隷にされているとは思ってなかったトレーダーズマスターや司教さんは、手で顔を覆いながら嘆いている。
普通の犯罪行為でさえ問題なのに、外交問題直結の大問題、さらに契約違反ってことで神罰が下ることも確定しているから、こんな奴を放置していたフロイントシャフト帝国やトレーダーズギルドも被害が出るのは避けられない。
「済まない、あまりにも問題が大きすぎるから、さすがにトレーダーズギルドや司教様だけでは先に進めない。悪いが一度中断させてくれ」
トレーダーズマスターが中断を提案してきたが、やっぱりこうなったか。
「それは構いませんけど、どうするんですか?」
「陛下にも話を通す。さすがに陛下は動けないだろうが、エリザベッタ殿下と面識のある皇太子殿下の派遣ぐらいはすぐにして下さるだろう」
「私も大司教に臨席をお願いしなければなりません。申し訳ないですが、再開は早くても明日の昼過ぎになるでしょう」
「こちらの都合でもあるし、問題が大きすぎるから、君達はトレーダーズギルドの貴賓室に滞在してもらう。外部から君達に接触しようとする物は全てシャットアウトするから、安全も確約するよ」
宿をどうしようかと思ってたが、トレーダーズギルドに、しかも貴賓室を宛がってくれるのか。
アリスの事もあるから、助かるな。
「俺達はそれで構いません」
「助かる。では司教様」
「ええ。トレーダーズマスターも同行頂けますか?大司教様とトレーダーズマスターの連名の署名があれば、陛下も至急で確認してくださるでしょうから」
「勿論です。ああ、彼らに使ってもらう部屋は、一番奥だ」
「分かりました。この後でご案内します」
トレーダーズマスターと司教は、慌ただしく部屋を出て行った。
予想してたとはいえ、大変なことになったな。
俺も他人事じゃないし、まずはアリスを落ち着かせないと。
「ではお部屋までご案内します」
残っていたアフェリーさんが、俺達をその部屋まで案内してくれることになった。
その部屋は告発に際して使われることが多いが、それ以外でも重要な商談、重要参考人の保護のためにも使われるそうだ。
告発を行うのは奴隷だが、俺みたいに誰かが付き添ってくることもあるし、その奴隷が元貴族なんてことも稀にあるため、客室にはいくつかのランクがある。
一番下のランク2部屋あり、中は2段ベッドが3つあるだけで、奴隷や身分の低い人が利用することを前提としている。
その次の部屋は、ベッドが2つにテーブル、椅子が備え付けられている、ごくごく一般的な宿の内装で、一番使用頻度の高い部屋でもあるため、4部屋用意されているみたいだ。
そして俺達が案内されたのは、一番グレードの高い貴賓室で、貴族が使うことを前提としているため、部屋の中にリビングがあり、さらにその先に主人用の寝室や使用人室を含む客間が4部屋、風呂やトイレまで備え付けという豪華さだ。
一番使われない部屋でもあるが一番重要な部屋でもあるため1部屋しかなく、しっかりと管理もされている。
重要な案件に関わることが多いため、情報漏洩や侵入対策などのセキュリティは万全で、万が一漏れてしまっても、たとえ皇家でさえ面会を断るという徹底ぶりだ。
「滞在中、この部屋は自由にお使いください。何かありましたら、この魔導具を使っていただければ、担当が参りますから」
「ありがとうございます」
宿屋みたいな対応だが、トレーダーズギルドからしたら重要な話に使う訳だから、これぐらいの対応は普通かもしれない。
今はそれより、アリスのことだ。
「姉さん……さっきの話、本当なの?」
「……本当よ。ナハトシュトローマン男爵との契約で、私から口にすることは出来なかったの。多分男爵は、自分の口から直接伝えて、あなたを追い込むつもりだったんだと思う」
性格悪すぎだろ、男爵。
ナハトシュトローマン男爵の中じゃ、アリスとエリアリアさんの再会は、男爵がアリスと無理矢理契約を結んだとだったはずだから、その後でアリスに伝えて絶望させて、そのままっていう感じだったんじゃないだろうか?
そのためだけに両親を無実の罪で処刑してたとは、まさにクズっていう言葉がピッタリだ。
「本気でクズだな。じゃあエリアリアさんだけが奴隷に?」
「はい。私だけが処刑を免れた理由は、アリスをより効果的に追い込むためもありますが、私も男爵の目に留まってしまったからです。男爵は両親の命と引き換えに私の体を要求してきたのですが、そのような約束を守るとは思わなかった父が突っぱね、そのまま……」
ご両親の処刑は、アリスだけじゃなくエリアリアさんを追い込むためでもあったのか。
だけどエリアリアさんは、気丈にも男爵に指一本触れさせず、体を差し出すのは契約を履行してからだと常に口にしていた。
男爵としても不愉快ではあったが、アリスを手に入れるための準備は整ったし、元々アリスは手に入れるつもりだから、エリアリアさんとの契約も履行できると踏んでいたんだろう。
「あたしが……あたしが男爵との契約を拒んでいたから、父さんや母さん達が……」
「いいえ、お父さんは男爵の要請を何度も突っぱねていたから、遅かれ早かれこんなことになっていたと思うわ。お母さん達も、若い頃男爵に言い寄られたことがあるって言ってたから、私達が男爵の慰み者にならないよう、喜んで処刑台に向かってくれたの……」
「だけどアリスが男爵と契約を結んでしまっていたら、エリアリアさんとの契約は履行されてしまう。俺がアリスと契約を結んだことで、最悪の事態は防げたってことになるのか」
アリスと契約を結んだのは偶然だが、結果としてそれが男爵の悪行を証明するきっかけになるとは思わなかった。
「アリス、あなたが浩哉さんと契約を結んだことで、お父さんやお母さん達の仇も討てた。気にするなとは言わないけど、お父さん達もあなたや私の幸せを祈りながら天に召されたんだから、あなたにも幸せになる義務がある。奴隷という身分であっても、それは変わらないわ」
涙を流すアリスを優しく抱き締めながら、エリアリアさんも涙を流す。
アリスも辛いが、エリアリアさんも辛かっただろうな。
目の前で両親が処刑されてしまったし、契約のせいで誰にもそのことを伝えられなかったんだから、その心中は察して余りある。
かといって、俺に出来る事が無いのも事実なんだよな。
「浩哉さん、あなたには感謝しかありません。あなたがアリスと契約を結び、ナハトシュタットまで来てくださったから、男爵の悪行は証明され、私達も解放されます。本当にありがとうございます」
俺に深く頭を下げるエリアリアさんだが、俺はただ、アリスとの契約を履行しただけでしかない。
思ってたより大事になったのは間違いないが、俺にとってはそれだけだ。
「アリス、大丈夫?」
「……分からない。浩哉と契約出来たから、あたしは復讐を果たすだけじゃなく、父さん達の仇も討てた。だけどあたしが男爵と契約してたら、父さん達は死なずに済んだし、姉さんも奴隷になることはなかった……。だから……」
混乱しているな。
無理もない話だが、俺としてはエリアリアさんの言う通りなんじゃないかと思う。
「エリアリアさんも言ってたけど、男爵がそこまでするクズだったんなら、アリスが男爵と契約を結んだとしても、最終的にはエリアリアさんも奴隷に落とされてたんじゃないか?お母さん達は言い寄られてたって話だし、お父さんも男爵の要求を突っぱねてたそうだから、結果としてはそっちの方が最悪になってたと思うよ」
俺の予想だが、男爵が奴隷契約を誤魔化し始めたのは、ここ数年じゃないかと思う。
もっと前からそんなことをしていたんなら、アリスとエリアリアさんのお母さんが犠牲になってただろうし、2人が生まれてくることもなかったはずだ。
無い頭を必死に振り絞って考えたのか、誰かの入れ知恵かなのは分からないが、男爵が契約奴隷を求めだした時期と照らし合わせれば、そこは判明するかもしれない。
不法奴隷は見つかったら極刑だし、疑惑の段階でも徹底的な調査が行われるから、それを避けるためにトレーダーズマスターを抱き込み、使用人には緘口令を徹底して、奴隷が告発出来ないようにしていたんだろうな。
「ごめん……ありがとう、浩哉」
取り繕う余裕もなくなったアリスが、俺に抱き着いてきた。
「最終的に契約を決めたのはアリスなんだから、お礼を言われるようなことじゃない」
「いいえ、お礼を言うようなことよ。でも……ごめん。今は……」
俺の胸に顔をうずめ、小さく声を上げて、アリスが泣き続ける。
俺に出来る事は、優しく抱き締めることだけだった。




