2人との奴隷契約
エレオノーラさんが部屋から出て行ってしばらくすると、担当者さんが声を掛けてきた。
「見てる限りだが、良い感触だったな。あの2人が納得できる条件を提示できるとは、まだ若いのに凄いじゃないか」
「そうだといいんですけど。あ、最終確認って、30分ぐらい後になるんでしたっけ?」
「それぐらいだな。アリスフィアはともかくエレオノーラは面接を終えたばかりだから、それぐらいは時間を空けた方がいい。まあ、エレオノーラもどうするかは決めてるみたいだったが」
最終確認は、面接を終えてから少し時間を空ける事になっている。
面接したのが1人だけなら面接と最終確認を兼ねられるんだが、2人以上だと互いの条件の確認や相性の問題が出てくるから、確認は必要だ。
これから一緒に過ごすことになる可能性があるんだから、相性が悪かったりなんてしたら、互いにとっても最悪だし、俺にとっても良い事はないからな。
その最終確認は、最後の人が面接を終えてから、30分ぐらいは時間を空ける事になっている。
奴隷間で、誰が面接をしたのかはすぐに伝わるんだが、条件は最終確認の折にこの部屋で伝えるから、どれだけ感触が良くても最終確認で断られてしまうことは珍しくない。
だけど購入者側も奴隷側も、この部屋の中で知り得た事を口外するのは禁止されていて、万が一の場合は神罰が下るから、契約できなかった場合でも俺のスキルが広まるような事はない。
「奴隷契約をするために、こんな苦労をするとは思いませんでした」
「仕方ねえさ。俺達だって、適当や奴に任せたくはねえ。先に互いの事情を知ることも出来るし、性格の相性だって確認出来るんだ。必要な事だと思っておけよ」
担当者さんの言う通りだな。
職員さんが運んできたお茶を喉に流し込みながら、本当にそう思う。
「念のために確認しておくが、あの2人と契約が成立した場合、費用は合わせて380万オールになる」
「大丈夫です。ほら」
ライセンスを出して、担当者さんにも残高が600万オール以上ある事を確認してもらう。
「それだけあるんなら、もう1人ぐらいいけたんじゃねえか?」
「かもしれませんが、こっちにも事情があるので」
「それもそうか。それにしてもお前さん、Tランクハンターだったのかよ。もっと上のランクかと思ってたぜ」
あー、そういや依頼を受けてないから、ハンターズランクが上がってないんだった。
ハンターズランクはレベルも加味されるらしいが、それでも何度か魔物を狩らないとランクが上がらない。
俺はマーダー・グリズリーやジェダイト・ディアーを倒せる実力者だって受付嬢さんに言われたから、近いうちにランクアップできるようだが、どのランクになるのかはハンターズマスターが決めることだから、それまではランクアップしないって聞いている。
「近日中にランクアップできるそうです。まあ、登録したばかりのペーペーって事に違いはないですけど」
「登録したばかりってのは間違いないが、ペーペーってことはねえだろうよ。噂は聞いてるぜ?」
さすがトレーダーズギルドの職員さんって言うべきか、俺がマーダー・グリズリーとジェダイト・ディアーを登録した日に持ち込んだことは知ってたみたいだ。
ハンターズギルドに持ち込まれた魔物は、クラフターが解体を行い、トレーダーズギルドから流通させることになってるから、トレーダーズギルドが知らないのも問題か。
さすがに根掘り葉掘り聞かれることはなかったが、担当者さんと話してるとすぐに30分経ってしまった。
担当者さんにとっても最後の奴隷契約になるかもしれないからって事で、俺に注意点なんかを事細かく教えてくれたな。
俺としては奴隷としてより友人として付き合っていきたいから、普通の扱いをするつもりでいる。
だけどそれは、他の奴隷の手前もあるから、逆に好ましくないと言われてしまった。
他の奴隷が見たり、それを見て奴隷になった人がいたら、条件に加えられてしまい、契約出来なくなる可能性があるんだそうだ。
その程度でと思わなくもないが、身請奴隷は契約できなければ解放されることもないし、トレーダーズギルドから出ることもできない。
トレーダーズギルドとしても、売れない奴隷を抱えていても困るだけだから、なるべく良い条件での契約はもちろんだが、ある程度条件を妥協することも勧めている。
何年も契約されなければ、条件を見直して契約に臨むことになるが、奴隷側としては妥協どころの話じゃなくなるから、結果として契約を断り、トレーダーズギルドの奴隷として過ごすことになる人もいるみたいだ。
なかなか難しい話だが、要はしっかりと公私を別を付けろって事か。
「そう思っておけ。プライベートで奴隷と何をしていようと、法に触れない限りこっちから介入することはないんだからな」
無理矢理肉体関係を迫ったり、契約を反故にしたりっていう場合か。
俺も男だから、いずれはそうなったらいいなという気持ちがあるのは否定しないが、さすがに無理矢理迫るなんていう真似はするつもりもない。
契約反故なんて、普通に神罰コースだから、こっちも同様だ。
それでもやらかす人が一定数いるらしいから、トレーダーズギルドとしても頭が痛い問題なんだろう。
「それじゃあ2人を連れてくる。最終確認は奴隷同士の条件の擦り合わせが主だから、面接みたいに緊張する必要はないぞ」
「いや、契約できるかどうかの瀬戸際なんですから、緊張するなっていうのは無茶な話でしょう?」
面接での感触が良くても、最終確認で断られることもザラにあるって教えてくれたの、あなたじゃないですか。
まあ断られる理由は、奴隷同士が反りが合わなかったり、条件が良くても主になる人間と相性が悪かったりっていう、性格的なものが大きいんだが。
「細けえことは気にすんな。じゃあ、連れてくるぜ」
担当者さんが出て行ってしばらくすると、アリスフィアさんとエレオノーラさんが部屋に入って来た。
既に互いが面接した事は知らされているが、ここでも一応確認して、その後で条件の擦り合わせを行い、問題なければ契約か。
なんか、すげえ緊張してきたぞ。
「それじゃあ最終確認ですね」
2人が席に着いてから、俺は本題を切り出す。
「ええ。エレオノーラとはよく話してるから、性格の面では問題無いわ」
「私もです。後は互いの条件ですけど、奴隷になった理由も知っていますから、ある程度は予想できています」
性格面で問題無しなら、最初の障害が取り除かれたことになる。
だけど最大の問題は、契約するための条件だ。
なにせどちらも、最悪の場合は国を敵に回す可能性があるんだからな。
普通なら、条件が良かったとしても契約には二の足を踏むし、契約そのものを断る人だって多いだろう。
ある程度予想できてるってエレオノーラさんは言うが、それでも実際に聞いてみないと判断できないぞ。
「アリスフィアさんはナハトシュトローマン男爵への復讐が条件、エレオノーラさんは村の亜人の移住が条件ですね。どちらも国を敵に回す可能性がありますが、お互いそれはどう思いますか?」
「あたしは特に問題ないわ。エーデルスト王国の噂はルストブルクにも聞こえてきてるけど、本当にあの国がヒューマン至上主義に傾倒するようなら、遠からず敵に回すことになるでしょうし」
「私としては、フロイントシャフト帝国が敵に回るのは困ります。ですがナハトシュトローマン男爵の悪行は私も知っていますから、言い逃れのできない状況まで追い込めば、その可能性は低くなるんじゃないかと思ってます」
エーデルスト王国を敵に回すのは、アリスフィアさんも望むところって感じがするな。
ヒューマン至上主義国になってしまったら、アルディリーのアリスフィアさんも迫害の対象になるから、そう思うのも無理もない話か。
村の亜人をフロイントシャフト帝国に移住させたいエレオノーラさんからしたら、フロイントシャフト帝国を敵に回すと困った事になってしまう。
だけど絶対に敵に回ると決まった訳じゃないし、ナハトシュトローマン男爵は悪い噂が尽きない貴族でもあるから、俺も上手く立ち回ればその可能性は低くなると思う。
もちろんリスクはあるから、フロイントシャフトを敵に回してしまった場合に対する備えもしておいた方がいいか。
「エーデルストの方は、敵に回しても問題なしですね。フロイントシャフトは、エレオノーラさんには困った事になるけど、可能性がゼロではないので、万が一に備えて保険をかけておこうと思います」
「保険、ですか?」
「ええ。いずれヴェルトハイリヒ聖教国に行こうと思ってるんです。なのでヴェルトハイリヒに縁を作っておいて、万が一の場合は村の人達をつれてそこに逃げ込みます」
ヴェルトハイリヒ聖教国はスフェール教の国で、スフェール教は亜人虐待を謳っているオルドロワ教を邪教認定しているから、エレオノーラさんの村の人達を連れて行っても、受け入れてくれるんじゃないかと思ってる。
「その手があったわね。最初からヴェルトハイリヒに連れて行けばと思わなくも無いけど、縁もゆかりもない村人を連れて行っても、受け入れて貰えるかは分からない。だから最初は縁のあるフロイントシャフトに連れてきて、それでもダメだったらヴェルトハイリヒにってことね」
「そうなります。もちろんこれも絶対じゃないですけど、スフェール教の教義から考えても、無碍に断られることは無いでしょう」
これが俺に出来る精一杯だ。
これでもダメなら、残念だけど契約は諦めよう。
「いえ、十分です。ありがとうございます。私はあなたをマスターとして、契約したいと思います」
「あたしもよ。あたし達の条件は、いずれ満たせなくなるのは分かってた。まだ期間はあるけど、多分あなた以上の人は現れないと思う。だからあたしも、あなたにマスターになってもらいたいわ」
一瞬何を言われたか分からなかったが、アリスフィアさんもエレオノーラさんも、俺と契約を結んでもいいと言ってくれた。
え?マジでいいの?
「本当にいいんですか?」
「さっきも言ったけど、あなた以外で私達の条件を飲んでくれる人はいないわ。それに、興味もあるの」
「私も同じです」
条件の他に、興味もあったのか。
だけど本当に2人とも契約を結んでくれるとは思わなかったから、マジで嬉しいな。
「ありがとうございます。不自由はさせないつもりなんで、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくね、マスター」
「よろしくお願いします、マスター」
ヘリオスフィアでは、奴隷の主人はマスターと呼ばれる。
だから俺もマスターになる訳だが、なんか急に偉くなったみたいな気がしてむず痒い。
マスターが望めば他の呼び方もできるそうだから、変えてもらうのもいいかもしれない。
ご主人様はハードル高いから、名前にしてもらうか?
「おう、無事に決まったようだな」
「あ、はい。すいませんが契約をお願いします」
「分かった」
奴隷契約は、マスターの魔力を奴隷に流し、奴隷紋を描くことで完了する。
奴隷紋をどこに描くかは人によって様々だが、背中っていうのが一番多いらしい。
手の甲とか首とか、目立つところに奴隷紋を描く悪趣味な奴もいるそうだが、俺にそんな趣味はないから、背中にしてもらおう。
「奴隷紋は隠すこともできるが、どうする?ちなみに隠す場合は、1万オール掛かるぞ」
「隠してください」
担当者さんにそう言われて、一瞬の間も置かずに答えた。
好きで奴隷になった訳じゃないんだし、奴隷差別をする輩もいるって話だから、隠せるんなら隠しておいた方が良いに決まってる。
「分かった。じゃあアリスフィア、背中を出せ」
「分かったわ」
奴隷紋を描くには、直接肌に触れる必要がある。
さすがに上着を全部脱ぐ訳じゃないが、それでも背中を見せられるとドキドキしてくるな。
あ、リスっぽい毛が生えてる。
そういや獣族は、背中や二の腕、太もも辺りにかけて、元になった動物の毛が生えてるんだっけか。
種族の特徴だし、素直に綺麗だと感じる。
「じゃ、じゃあ、失礼します」
「遠慮しないで。それと、ありがとう、マスター」
少し振り向いて、はにかみながらお礼を言われてしまった事で、俺の顔は真っ赤になったんじゃないだろうか?
「なんか可愛いわね。とてもじゃないけど、高レベルのハンターとは思えないわ」
「本当ですね。庇護欲をそそられます」
既に手玉に取られているというか、揶揄われている気がするが、悪い気分じゃない。
こんなやり取りなんて、ほとんど無かったからな。
そのままアリスフィアさんの契約を終え、エレオノーラさんとの契約に移る。
ウンディーネは頭髪以外に体毛が無い関係か、とても綺麗でスベスベした肌だった。
ちょっと肌の色が青味がかってたけど、全く気にならなかったな。
「これで契約完了だ」
「ありがとうございます。えっと、支払いはこれでお願いします」
「おう」
担当者さんが持ってきた水晶にライセンスをかざし、2人の購入額と奴隷紋の隠蔽料382万オールを引き落とす。
これで本当に、アリスフィアさんとエレオノーラさんは俺の奴隷になったんだな。
「これが最後になるか分からねえが、アリスフィアとエレオノーラの契約を見届ける事が出来て、心残りが1つ減った。ありがとよ、浩哉」
「心残りって、そこまで心配かけてたの?」
「当然だろ。お前らの条件は知ってるからな。正直、それで構わないって奴が出てくるとは思ってなかったぜ」
国を敵に回す可能性があるんだから、普通はそうだよな。
「諦めなくて良かったと思っています。今までお世話になりました」
「これが俺の仕事だからな。元気でやれよ?」
「はい」
「ええ、ありがとう」
見てるだけで温かくなるやり取りだが、これが奴隷の販売担当者と奴隷って事を考えると、なんか変な感じがするな。
これからどうするかだが、2人にはブルースフィアの装備を渡しておきたいから、ルストブルクの外に出ようと思ってる。
せっかくだし、今日はアクエリアスに泊まるのもいいかもしれない。
まあ、条件を満たすまで、2人には手出し厳禁だし、俺もそのつもりで契約したわけじゃないけど。
ほとんど丸腰でルストブルクの外に出る訳だから、安全のためにもスカトを召喚しよう。




