奴隷との面接
担当者さんにアルディリーさんを連れてきてもらい、面接を開始する。
担当者さんは部屋の外にいてこちらの様子を監視しているが、内容を知る事は出来ない。
だから俺も、安心して面接を行える。
「えっと、初めまして、浩哉と言います」
「さっきも名乗ったけど、元Bランクハンターのアリスフィアよ。あたしが奴隷になった経緯は聞いてると思うから、簡単に言うわ。あたしが契約する条件は、あたしを奴隷に落とした奴等への復讐よ」
初っ端から、思いっきりハードな条件を突き付けてきなすった!
「ふ、復讐って言われても、そのハンターがどこにいるかも分からないし、何より殺したら今度は犯罪奴隷になるでしょ?それでも構わないの?」
「まさか。治療費はしっかりと返してもらうけど、そもそもあたしが奴隷になったのは、あいつとグルになってるトレーダーやヒーラーのせいでもあるのよ」
ん?
なんか話が思ってもみなかった方向にいってないか?
「どういう事?」
「主犯はナハトシュトローマン男爵ね。あなたも知ってると思うけど、ハンターズギルドに報酬の安い依頼を出してる馬鹿男爵よ」
聞いた事ある名前だと思ったら、ジェダイト・ディアーの素材を格安で依頼しているあの男爵か
アリスフィアさんの話によると、そのナハトシュトローマン男爵がアリスフィアさんを自分の物にしようと画策した事なんだそうだ。
そのために怪我をしたアリスフィアさんの仲間の治療費を、担当したヒーラーを買収して釣り上げ、同じく買収したトレーダーを通じて借金をさせる。
さらにアリスフィアさんの仲間に権力で脅しをかけて、アリスフィアさんを見捨てさせた上で奴隷にする。
その後で自分が主人としてアリスフィアさんを買おうとしてたんだそうだ。
しかもナハトシュトローマン男爵は、何度か同じ手を使って目を付けた女性を奴隷に落としているという噂があるし、ヒューマン至上主義者でもあるらしいから、アルディリーであるアリスフィアさんのことも下賤な亜人としか見ておらず、目的も体みたいだな。
「つまりアリスフィアさんは、ナハトシュトローマン男爵に復讐をしたいってこと?」
「そうなるわ。だけど相手はフロイントシャフトの貴族だから、みんな尻込みしちゃうのよ。ハンター程度じゃ、国を敵に回すなんて考えもしないもの。その代わりって訳じゃないけど、復讐を成し遂げた後は、あたしの全てを捧げるつもり」
ランクがどれだけ高くても、普通は国を敵に回すなんて考えないでしょ。
仲間達に思うところはあるが、男爵に脅されたらBランクハンターじゃ何もできないだろうし、アリスフィアさんも特に恨んでる訳じゃなさそうだ。
さすがに二度とパーティーを組む事はないだろうけど、元パーティーメンバーはアリスフィアさんの復讐の対象からは外れてるみたいだしな。
というか、成し遂げられたら全てを捧げるって、さすがに条件と釣り合ってなくない?
「それはそうかもね。あたしと契約っていう時点で、この国を敵に回すかもしれないっていうリスクを負っているし、最低でもナハトシュトローマン男爵家は敵になるんだから」
俺と感じ方が逆な気がするな。
俺としては、対価が大きすぎないかと思ってたんだが、アリスフィアさんは逆だと考えているっぽい。
確かに国を敵に回すかもしれないリスクは大きいが、嫌なら契約しなければいいだけだと思うぞ。
ともかく話を纏めると、アリスフィアさんはナハトシュトローマン男爵、買収されたヒーラーとトレーダーに復讐をしたい。
最悪の場合、フロイントシャフト帝国を敵に回す可能性もあるが、ナハトシュトローマン男爵がヒューマン至上主義者であり、不自然なほど身請奴隷を購入している事は知られている。
だからこちらにある程度の力があれば、フロイントシャフト側も無視はできず、調査に乗り出すんじゃないかって事か。
ナハトシュトローマン男爵が購入している奴隷が、全て亜人と称されている種族なのも決め手になりそうだ。
必要とされるのは、男爵家の圧力に負けない事、暴力で訴えられてもそれを撥ね退けられる力を持っている事か。
別に俺はフロイントシャフトに所属してる訳じゃないから、これは問題無い。
暴力ってのが、どれぐらいのレベルの人間を動員してくるのかは分からないが、それでもレベル50オーバーは多くないから、最強装備でガチガチに身を固めておけば、後れを取る事もないだろう。
万が一の場合は、アクエリアスを使って外海に出れば、追ってこられることも無い。
「可能かどうかで言えば、可能だな」
「はい?」
呆けた顔をするアリスフィアさんだが、マジで可能だと思うよ。
「証拠になるか分からないけど、これを見れば少しは信じられないかな?」
ライセンスじゃレベルは確認出来ないから、俺はステータリングを開いて、アリスフィアさんにも閲覧許可を出す。
「え?レベル55?嘘でしょ?しかもステータスも凄いけど、よく分からないスキルがいっぱいあるわ……。それなのにあたしと同い年って……あなた、いったい何者なの?」
そうかもしれないとは思ってたけど、本当に同い年だったのか。
「この先は、契約出来たらになるかな。契約で口外出来ないのは知ってるけど、なるべく知る人は少ない方がいいんだ」
「そ、そう……。だけどあなた程高レベルの希望者は、今までいなかったわ。あたしとしては理想的だけど、最悪の場合、フロイントシャフトを敵に回すことになる。本当に構わないの?」
「それぐらい、っていうのもおかしいけど、特に不自由は感じないかな。それにもしそんなことになったら、国内のヒューマン至上主義者を付け上がらせるだけだと思う。ただでさえ近隣にもヒューマン至上主義国があるのに、そんな事をしたら国内がガタガタになって、付け入る隙を与えるだけじゃないかな?」
半分はハッタリも混じってるが、周辺国にヒューマン至上主義国があるという現状を考えると、その可能性はゼロじゃないだろう。
「否定できないわね」
「皇帝がどんな人か知らないけど、よっぽどの暗愚じゃなければ、ナハトシュトローマン男爵が処分されて終わると思う。さすがにすぐって訳にはいかないから、しばらくは勘弁してもらうことになるけど」
「それは当然よ。あたしだって、すぐにナハトシュトローマンを潰せるなんて考えてないから」
「分かった。じゃあこれで面接を終わるよ。契約をどうするかは、後で担当者から聞けるんだっけ?」
「ええ、そうよ。先に契約できてしまったら、後から面接をする奴隷が不利だからね」
言われてみれば、確かにそうだよな。
これなら断念したヒューマンさんとタイガリーさんも、面接しても良かったかもしれない。
いや、アリスフィアさんの話が予想以上に重かったから、さすがに契約の段階で断られるか。
契約する奴隷が複数の場合、互いの条件も伝えないと齟齬が生じるどころの話じゃないからな。
奴隷同士の相性の問題もあるから、最終確認は必須だ。
「わかった。できれば俺は、アリスフィアさんと契約したいと思ってるよ」
「あたしも、どうするかはもう決めてある。だけどこの場では口に出来ないから、後で答えを伝えてもらうわ」
多分だけど、アリスフィアさんは俺と契約してくれそうな雰囲気だ。
言葉にしたら契約違反って事になるからしていないが、雰囲気は隠せていない。
俺の勘違いっていう可能性もあるから、過度な期待はしないでおこう。
アリスフィアさんが部屋を出ていき、しばらくするとウンディーネさんが入室してきた。
こちらにも自己紹介をしてから座ってもらう。
「改めて、初めまして。ウンディーネのエレオノーラと申します」
「単刀直入に聞きますけど、エレオノーラさんと契約するのは、どんな条件が必要なんですか?」
エレオノーラさんは身売りした形だが、その金は全て村長が取り上げ、家族は困窮した生活を強いられていると聞いている。
ハッキリ言うと、エレオノーラさんが身売りした意味が全くなくなってしまっているんだが、アリスフィアさんのこともあるから、村長に復讐とか言われる可能性も否定できない。
だけど条件を聞かないと契約できるかどうかも判断できないから、意を決して条件を聞かないと。
「私の条件は、家族を含む亜人を村から救い出す事です」
家族を救うって事は、村から連れ出せばいいってことだよな?
他の亜人の人達もっていうのは、ちょっと大変だから、何か考えないといけないが。
「私の村は、エーデルスト王国の辺境にあります」
だけど村の場所を聞いた瞬間、難易度が一気に跳ね上がった。
エーデルスト王国はフロイントシャフト帝国の隣国だが、ここ数年でヒューマン至上主義が蔓延しだした国だ。
元々はフロイントシャフト帝国と同じく差別のない国だったんだが、王太子が迎え入れた妃が生粋のヒューマン至上主義者で、しかも王太子が凄い熱を入れているため、フロイントシャフト帝国とも関係が悪化し、逆にヒューマン至上主義国との関係が深くなってきた。
その流れは市井の民にも影響を与え、多くのヒューマンが亜人を蔑み、虐げるようになりだしてきたらしい。
エレオノーラさんの村も同様で、ヒューマンの村長がウンディーネのエレオノーラさん達を露骨に差別し始め、迫害まで行われている。
その村は、ヒューマンが人口は3分の2以上を占め、さらに村長の息子がそれなりに高レベルという事もあって、亜人の人達は下手に逆らえないんだそうだ。
その村長の息子とやらとは、確実にひと悶着あるな、これは。
「つまり村の亜人とされている人達を、フロイントシャフト帝国に移住させたいと?」
「はい。難しいことは承知していますが、ぜひお願いしたいです。成功すれば、私は身も心もあなた様に捧げる覚悟です」
エレオノーラさんも、身も心も捧げるとか言い出しちゃったよ。
こっちはエーデルスト王国を敵に回すリスクがあるとはいえ、なんで自分自身を捧げるような覚悟を決められるのか、俺にはさっぱり理解できない。
いや、俺も男だから、惹かれる提案なんだけどさ。
「やはり難しいですよね。村の亜人は40名近くいますから、連れ出すだけでも大変な大事です。しかも隣国ですから、移動ばかりか護衛の手配も必要になります。その上でエーデルスト王国を敵に回る可能性があるのですから、私ごときでは全てを捧げても、到底釣り合いません」
悲しそうな顔をするエレオノーラさん。
確かに大変なのは間違いないが、やってやれなくはないと思うんだよな。
「エレオノーラさんの村って、エーデルスト王国のどの辺にあるんですか?」
「え?あ、はい。私の村は、エーデルスト王国の東の端にある漁村です」
ブルースフィアを起動させ、地図を呼び出す。
条件に合う村を探してみると、あっさりとその村の位置が判明した。
「ここか。確かに漁村だし、港も広そうだな」
エレオノーラさんの村は、西側に山脈が、北側が森が広がっていたが、東から南にかけては海に面していた。
山や森に囲われている立地上、畑を大きくすることが難しいため、海産物が村の重要な収入源となっているそうだ。
あとマップの情報を見る限りじゃ、水深は一部が3メートル近くあるから、アクエリアスでも入れるな。
ブルースフィア・クロニクルのマップは、位置情報の確認はもちろんだが、水深も確認出来るようになっている。
船で移動することが多いゲームだったから、停泊できるかどうかはけっこう重要な情報だし、船によって喫水線が異なるから、必要な情報だったな。
ヘリオスフィアに転移した際に、地図は創造神様が差し替えてくれていたが、基本的な機能は水深の確認も含めて変わってないから、けっこう重宝している。
「あの……もしかして、本当に可能なんですか?」
「下見も含めて準備は必要だけど、多分出来るかと。あと村長の息子が暴力に訴えてくるかもしれないですけど、それは俺が抑えます。これを見て下さい」
直接アクエリアスに乗り付ける事が出来るみたいだから、乗り込んでもらってる間だけ周囲の警戒をしておけばいいだろう。
特にその村の村長をはじめとしたヒューマン達は、亜人扱いしているとはいえ村人を連れて行かれておもしろいわけがないから、力で訴えてくることも考えられる。
しかも村長の息子はレベル40を超えてるそうだから、そう考えておいた方がいい。
「レ、レベル55!?そんな……私より年下なのに、こんな凄い人だったなんて……」
予想通りだが、エレオノーラさんは年上でしたか。
それは契約できたら詳しく聞くとして、今は面接を続けよう。
「口外出来ないのは知ってますが、それでもこの場で話せない事はあります。なのでこの先の話は、正式に契約できてからになりますが」
特にブルースフィアについては、余程の事が無ければ口にするつもりはない。
「本当に……本当に村の人達を連れ出せるんですか?」
「手段はあるんで、何とかなるでしょう。むしろ問題は、連れ出した後ですね。事前に受け入れ先を探して交渉しておかないと、トラブルにしかなりませんよ」
アクエリアスでも大丈夫だと思うが、40人近くいるってことだと、ちょっと狭いかもしれないから、大型船を買うことも視野にいれておこう。
「受け入れ先がどこになるかは、現時点じゃ見当すらつきません。なので村と同じく、海に面しているところになるかも分かりません。山の中という可能性もあるでしょう。その場合、村の人達を護衛しながら徒歩か獣車での移動になりますから、エレオノーラさんにも護衛をしてもらう事になりますよ?」
「勿論です。全力を尽くします」
護衛っていう単語で少し引いた気がするけど、なんか結論が出てないか?
いや、この場じゃ口に出来ないんだから、まだ分からないと思っておこう。
「では面接を終わります。この後最終確認になりますけど、もう1人面接した人がいますから、その人と一緒でも問題無いかどうかは、ちゃんと確認してくださいね」
「はい、ありがとうございます」
この後の最終面接で、アリスフィアさんともどうなるかが決まる。
奴隷同士の相性問題もあるけど、互いの契約も大きな枷になることがあるから、こればっかりは実際に条件を聞かせてみないと分からない。
互いとも国を敵に回しかねない条件っていうのが気になるが、エーデルスト王国はともかくフロイントシャフト帝国は大丈夫だと思う。
できれば2人とも契約したいから、良い返事を聞きたいな。




