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魔王さまのスマホダンジョン~課金する?~  作者: 十一屋 翠
後継者レース編

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第46話 違い

「ふーん、ダンジョン自体は普通なのね」


 キョロキョロと周囲を見回しながら、アイーナはラズルのダンジョンを視察していた。

 結局、あの後アイーナはラズルのダンジョンで暮らす事を強引に押し通してしまった。

 相手は大魔王の娘なのでラズルとしても迂闊に断る事が出来なかったのだ。


「で、何で俺なんですか?」


 ラズルは自分を抱えたままダンジョンを視察するアイーナに質問する。


「何が?」


「大魔王様の後継者の事ですよ。何で新参者の俺を選んだんですか? ほかに有力な魔王は幾らでも居るでしょう?」


 それはラズルの正直な思いだった。

 大魔王の後継者の座は、来年度の総合売上げ一位の者に与えられる。

 それを考えれば、魔王リオレオンを始めとした上位に君臨する魔王達を選ぶのが正しいだろう。


「ふふふ、ラズルくんは本当に自分の価値を分かっていないのねー」


 アイーナはくすくすと笑いながらラズルの質問に応える。


「確かにリオレオン殿の様な古参魔王が有利なのは依然変わらないわ。従来どおりの魔王業をしている限りは絶対に勝てない。……でもね」


 アイーナはラズルを下ろしてまっすぐにその瞳を見つめる。


「君は違う。君はこれまでの魔王が誰一人なしえなかった事を実現したのよ」


「な、何を……ですか?」


 あまりにまっすぐ己を見つめるその瞳に、ラズルは我知らず頬を染める。


「君は初めての魔王会で銀のテーブルに座る事を許された。でもね。あそこに座る事が出来るのは何十年もダンジョンを経営して、運営を軌道に乗せる事が出来た者だけなの。つまり、一人前の魔王として認められた者だけが座る事のできる席なのよ。あそこはとても成り立ての魔王が座る事の出来る場所じゃあないわ」


 アイーナは一拍おいてラズルに告げた。


「君のした事は、一足飛びどころか一〇足飛びで魔王の階段を飛び越える行為だったのよ。これまでどんな上位魔王も出来なかった事を君はやってのけた。だから私は君を選んだの。古い魔王達には出来ない事を成し遂げた君を私は見込んでいるのよ!」


「は、はぁ」


「と、いう訳で、今度は君の考案したガチャを見に行きましょう! それが君のダンジョンの最大の目玉なんでしょう!」


 言うや否や、アイーナはダンジョンの視察を切り上げ上層部へと向かう。


「確かにそうですが、ガチャ自体は俺が考案した訳ではなくこの世界に元からあった概念です。俺はソレをダンジョン運営に利用したに過ぎません。あと人間の前に出るなら人間に偽装してからにしてください。更に言えば上にいくなら専用の出入り口がありますから!」


 ダンジョンを普通に階段を使って上層部へ向かおうとしたアイーナを、ラズルは制止する。

 どう考えても、女と子供が何の装備も無しで下層から上がってきたら不自然極まりないからだ。


「あらそうね。じゃあ変装してから上に行きましょうか」


 この時、ラズルはアイーナの口調が最初に出会った時に比べ砕けた口調になっていた事にまだ気付いていなかった。


 ◆


「あれがガチャなのね」


 魔法で人間に扮したラズルとアイーナは、フリーフロアでガチャを回す

人間達の様子を覗いていた。


「でもアレってそんなに高価なアイテムじゃあないわよね」


「分かりましたか?」


 2人の会話は魔法でかく乱されている為、唇を読まない限り真の会話内容は理解できない様にされていた。


「ええ、ウルトラスーパーレアとか言うのが最も高価なアイテムみたいだけど、私達の世界ではそれなりに高いアイテムでしか無いわ。とても並み居る魔王達の売上げを追い越して銀のランクに到達できるようなウリには思えないわね」


 アイーナの言葉は事実であった。

 ラズルが用意したアイテムは、彼等の世界においてはそこまで貴重な品ではない。それなりに大きな町なら用意できるレベルのマジックアイテムばかりだ。


 元々、ラズルには先立つ物が無かった。

 いや、正しく言うならば、彼が用意した開業資金は並みの新人魔王の数倍の金額があった。

 それだけの金を貯めたのは、ラズルが自らのダンジョンを運営する為に最低限必要な金額だと判断したからだ。

 それゆえに、自分がダンジョンを開業する予定である世界の技術水準を調べ、魔法や戦争の情報も調査した。

 そう、この世界には魔法は存在しない。少なくとも、一般の大衆はそう思っている。例え存在していたとしても、魔法の存在は秘匿されている。

 そこまで理解したラズルは、この世界なら程度の低いマジックアイテムでも十分以上に売り物になると確信した。

 江戸の町ではありふれた浮世絵が、遠く離れたヨーロッパの地で大金になったように、ラズル達の故郷ではありふれた品でも、魔法の無いこの世界なら皆こぞって欲しがると確信したのだ。

 


「魔王のダンジョンにある宝としての価値は3流、高価な品でも2流ね。上層に配置されているモンスターもちょっと訓練した兵士なら倒せるレベルだわ。流石に下層のモンスターはそれなりに強いみたいだけれど」


 アイーナの見立てではラズルのダンジョンは非常に程度の低いダンジョンだった。間違っても銀の魔王が運営するようなダンジョンでは無い。

 だと言うのに、その売上げは事実上銀の売上げを越えている。

 

(この子が今回の魔王会で銀の地位に甘んじたのは、単純な経験不足が原因だわ。もし、もう少しだけ魔王としての経験があったなら、もしかしたら上級の少なくとも金には届いていたかもしれない)


 ラズルのダンジョンの実情を知ったアイーナはゾクリと震えが走るを感じた。

 アイーナは知らなかったが、ラズルがこの世界にダンジョンを開業する事を選んだのは、ひとえにこの世界の人間が既にガチャ中毒であったからだ。

 たとえ彼等の世界でガチャダンジョンを開業しても、上手くガチャの魅力に嵌まらせるには時間がかかる。異世界の人間がガチャの魅力を理解できるとは限らないからだ。

 だがこの世界の人間は既にどっぷりとガチャに嵌まっている。


 さらにはインターネットによる広告効果も大きかった。

 つまりこの世界では宣伝広告費など必要なしで、数百キロ以上離れた不特定多数の人間に一瞬で情報が共有されるという、魔王にとっては夢のような環境であった。


 実を言えば既にラズルの真似をしてガチャダンジョンの運営を始めた魔王は居た。だが彼等は今だガチャダンジョンを軌道に乗せる事が出来ないでいたのだ。

 理由は2つ。

 ひとつはガチャを知らないという事。

 もうひとつはラズル達の世界において人間と魔族は敵だという事が原因だ。

 敵がランダムで自分達に大打撃を与えられるかも知れない貴重なアイテムを、わざわざ自分から宝箱に仕込んでくれるとはとても信じられないのが理由だった。


 ラズルのガチャダンジョンが質の低いアイテムでも高い売上げを出せたのは、そうした背景があったからなのである。

 しかし異世界の背景をしらないアイーナにとっては、何故かラズルは質の低いアイテムだけで大儲けしている不思議な魔王としか映らなかった。

 情報量の違いが互いの認識に決定的な違いを与えたのだ。


「と、ガチャとダンジョンに関してはアイーナ様の見たとおりです。それ以上でもそれ以下でも無いですよ」


 深い思考の沼に嵌まりそうになったアイーナをラズルが引き戻す。

 アイーナは何も言わずにラズルを見つめた。


「何ですか?」


(この子、やっぱりとんでもない子だわ。この子なら、間違いなく大魔王の後継者になれる)


 ラズルのあずかり知らぬところで、アイーナはラズルを大魔王の後継者にしようと強く決心した。


「あとね、私の事はアイーナお姉ちゃんと呼びなさい」


 肝心の部分だけはブレなかったアイーナであった。

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