048
「良かったのかぁ、これで?」
街の壁も見えなくなったところで、ダンテが先を行くシルフィの背中に声を掛けた。
「当然だ」
答えるシルフィの声に迷いはない。
「妖魔は倒した。私があの街に居続ける理由も資格も、もうない」
口が裂けても、街を救ったなどと言うつもりはないのだろう。
「私の目的はただ妖魔を倒すことのみ。その結果、誰かが救われたとしても、それは主の御慈悲があったというだけだ」
「あ、いや。そういう話じゃなくてだな」
頑なな口調のシルフィを、ダンテが遮った。
シルフィが訝しむように振り返ると、ダンテは彼女が腰に吊っている剣を指さしていた。
「それ、借り物だろ? 勝手に持ってきてよかったのか?」
言いながら、その顔は意地の悪い笑みに染まっている。
「あーあー、他人様のものを盗むのはカミサマの教えに反するんじゃないのかぁ? まぁた一つ、悪徳を積んじまったなぁ」
ケケケケケケケケケケと腹の底から楽しそうに笑うダンテに、シルフィの足が止まった。
無言で踵を返し、ダンテの脇をすり抜けて、いま来たばかりの道を引き返して行く。
「あん? どこ行くんだ?」
「返してくる」
「何? まさか、街に戻るのか? やめとけ、やめとけ。まぁた虐められるぞー。貰っちまえばいいじゃねぇか」
「うるさい。着いて来なくていい」
つっけんどんな態度のシルフィの後を、ダンテは気怠そうに追った。
迷いのない足取りで街へ戻ってゆく彼女の細い後姿を眺めながら、ダンテは首にかけている銀の聖印をちゃらりと撫でる。
彼女が自分に助けを求めた時のことを思い出した。
魔女の鍋をひっくり返したような凄惨な地獄の真っただ中で、血を吐くように神へ祈り続けていた彼女に力を与えた時の事を。
そこで聖教徒がかつて行った非道を、彼らに戮殺された人々の無念と怨嗟の声を、妖魔と呼ばれる存在が何故生まれたのかを知った時。
全てを清算すると彼女は言った。
恨みたければ、私を恨め。
憎みたければ、私を憎め。
呪いたければ、私を呪え。
私を。私だけを。
その口上はつまり。
「……まったく。いい女だ。やっぱり奴にはもったいない」
「なにか言ったか?」
小さく呟いたダンテに、シルフィが振り向いた。
その顔は相変わらずの仏頂面だ。
別に、とダンテが肩を竦めると、彼女はまた前を向いてしまう。
全て背負って、全てを終わらせる、か。
再び歩き始めた彼女の背中を、ダンテはぼんやりと見つめた。
細い身体だ。腕も足も、何もかもが華奢だ。
剣の腕すら大したことが無い。
とてもではないが、この国を彷徨う怨念どもと戦って、その全てを殲滅できるなどとは思えない。
だが、彼女はやると言った。
面白い。
やって見せてもらおう。
線の細い体躯に不釣り合いなほど強靭な、その意思の強さがあれば。或いは。
ダンテはこの旅の終わりを夢想する。
もしも、本当にそれを果たせたならば。
この国中に響く全ての怨嗟を止めることができたなら。
この自分すらも滅ぼせたのならば。
彼女は、自分の神様さえも救えるかもしれない。
ま。無理だろうがな。
ケケケと楽しそうに声をあげて笑いながら、ダンテは空を仰いだ。




