047
「さっさと出ていけ! この悪魔め!!」
礼拝堂に集まる人々の影から、誰かがそう叫んだ。
「背教者」
「……汚らわしい魔女め」
「悪魔の使いだ……」
他の人々も、ぼそぼそとシルフィを罵っている。
しかし、表立って彼女に罵声を浴びせるものはいない。彼女がその気になれば、自分たちなどたちまち皆殺しに出来る存在だと分かっているからだろうか。
「ラクト、早くこちらへ!」
案じるような顔で、フェリン神父がラクト少年を呼んだ。
これ以上、彼女と関われば、この罵りの声はラクトにも向けられるかもしれないことを危惧しているのだろう。
「姉ちゃん……」
「行け」
ラクト少年に呼ばれたシルフィが、突き放すような声で言う。
彼女の数歩後ろに立って、詰まらなそうに虚空を眺めていたダンテは、シルフィを罵っている者たちの中に昨日、串焼きを売ってくれた店の女将を見つけた。
「よう、おばちゃん! 昨日の練り肉の棒焼き、旨かったぜー!」
突然、ダンテが無邪気に笑いながらそう大きく手を振る。
ただ声を掛けられただけならば、いくらでも誤魔化しようはあったかもしれない。
だが、練り肉の棒焼きを売っている店はこの街にただ一軒しかない。
女将の顔が真っ青に染まった。
周囲の住民たちが、汚いものでも見つけたかのように彼女から一歩後ずさる。
「さっさと出ていけ!! 悪魔め!!」
「無論。すぐに出て行く」
悲愴な叫びをあげた女将に、シルフィは冷静な顔で頷いた。
それから、ただ、と口籠る。
「その、申し訳ないのだが、荷物が、まだ……」
酷く申し訳なさそうに、彼女はそう言った。
彼女の荷物は教会の中に置きっぱなしだ。
それを取りに行かせて欲しいのだろう。
しかし、フェリン神父はそれを許してくれそうにない。
他の人々もまた、そんな彼女のことを無視している。
困ったような顔で立ち尽くしているシルフィを見て、動いたのはラクトだった。
人々を押し分けて礼拝堂の奥に消えた彼が、小さな袋を手に戻ってくる。
「姉ちゃん、これ――」
ラクトはそれをシルフィに手渡そうとしたが、フェリン神父が許さなかった。
彼は少年の手から袋をひったくるように奪うと、まるで汚物でも扱うかのように礼拝堂の外へ放り捨てた。
石畳に落ちた袋から、軽いものが石にぶつかる音が響く。
よほど大切なものでも入っているのだろうか。それを見たシルフィが、慌てて投げ捨てられた荷物に駆け寄る。
中身を確かめると、彼女はほっとしたように息を吐いた。
「感謝します」
そして、そんな仕打ちを受けたにも関わらず、シルフィは神父に深々と頭を下げた。
フェリンはそれを当然のように無視したが、彼女は何も言わず、そのまま街の外へ向けて歩き出す。
「姉ちゃん!」
その背中を、ラクト少年の涙で濡れた声が呼びとめた。
フェリンとイムザの制止も振り切って、少年は通りへと飛び出す。
「俺はっ」
「やめろ、少年。その続きは口にするな。私に礼を言うな。頼む」
ラクト少年が何かを言うよりも早く、背を向けたままシルフィがそう言った。
言おうとした言葉を、言わないでくれと頼まれた少年が悔しそうに呻く。
「なんで、なんでだよ……」
街を救っておきながら、人々を救っておきながら。
何故、彼女がこんな仕打ちを受けなければならないのかと少年は思っているのだろう。
それに。
「これで良いのだ」
やはり振り返ることもなく、シルフィは答えた。
「私は許されないことをした。決して縋ってはならないものに手を伸ばした。それをすれば、こうなることは分かっていた。分かっていながら、私は神を裏切ったのだ。だから、これで良いのだ」
そう。たとえ神様を裏切っても。それでも助けたい人がいた。
その人は自分なんかよりもずっと神様に愛されている人だった。
自分なんかよりもずっと、神様と人々の役に立てる人だった。
その人がいるなら、自分などいなくても。きっと、神様は大丈夫だ。
だから。これで良いのだ。
何度も、自分に言い聞かせてきた言葉を頭の中で繰り返す。
そんな彼女に。
「そんなの……だって、こんなの……」
良いわけがない。と。
絞り出すように呟いた少年の言葉に、シルフィの肩がぴくりと揺れた。
ああ。こんな自分にまだ。あの人と同じ言葉を掛けてくれる人がいたのかと。
少しだけ嬉しくなった。
「……私のことは忘れるんだ、少年」
彼に背を向けたまま、シルフィは言った。
酷く穏やかな、優しい声だった。
「これまで通り、主を信じろ。教えを守って、誰かに尽くせ」
そして、最後に一度だけ彼女は振り返った。
「どうか」
その顔に浮かんでいたのは仏頂面ではなく、柔らかな笑み。
思わず見惚れるほど美しいその笑みで、彼女は言った。
「あなたに、神の御加護がありますように」




