046
目の前にある全てのものから興味を失ったようにそっぽを向いたダンテから目を離して、シルフィは礼拝堂へと振り返った。
フェリン神父とイムザを筆頭に、人々の侮蔑と怯懦に満ちた視線が彼女に突き刺さる。
それを正面から受け止めて、シルフィは深く、彼らに対して腰を折った。
「申し訳なかった。勝手を働いて、皆さまの信仰の道を穢してしまった。すぐに街を出て行く。これ以上、誰も傷つけるつもりはない」
「なんで姉ちゃんが謝るんだよ!」
頭を下げた彼女を見て、ラクト少年が憤慨したように声を荒げる。
「みんなだって、おかしいよ! 姉ちゃんがいたから、俺たちは助かったのに!」
自分たちを守ろうと、数多の呪骸の群れと戦っていた彼女を見ていなかったのか。
あんなに傷だらけになって。あんなに辛そうにしながら。それでも、ただの一匹も呪骸を礼拝堂に入り込ませなかった彼女の奮闘を見ていなかったのか。
見ていたとして、それに何も感じなかったのか。
問いかけるように少年は叫ぶ。
それは激情に駆られた、子供の言葉足らずな叫びであった。
そして、大人たちは誰も彼の言葉に耳を貸さなかった。
「少年、それは違う」
そして遂には、庇おうとしていたはずのシルフィにまでそんなことを言われてしまう。
「私を庇う必要などないし、私に感謝などしてはならない。私は勝手な私怨から妖魔と呪骸を皆殺しにしたのであって、君たちが助かったのは主の御慈悲があったからだ」
「そ、そんな……」
「やめとけ、やめとけ。何言ったって無駄だ」
反論しようとしたラクトを遮ったのはダンテだった。
「どうだ? 聖教徒ってのは恩知らずで恥知らずだろ? そんなカミサマの教えなんかよりも、俺様を奉ってみたらどうだ、小僧」
からかうような彼の言葉に、少年は怪訝そうに眉を顰めた。
「何、いきなりそんな、自分のことを神様みたいに……」
悪魔のくせに。
という続きは、恐ろしくて言えないようだ。
「みたい、じゃなくて、神様だからな。いや、だった、か」
そんなラクトに、ダンテは事も無げにそんなことを呟く。
「おい」
シルフィが咎めるように口を挟んだ。
「なんだよ。良いじゃねぇか。真実を教えてやろうってんだ」
「彼が知る必要はない」
にやにやと笑っているダンテに、シルフィは今にも剣を抜きそうな態度で応じた。
しかし、剣の柄に手を置いた彼女を見てもなお、ダンテは嘲るような笑みを浮かべたままだ。
「何を知る必要が無いって? 今や、妖魔なんぞと呼ばれている俺様が、かつては神様として祀られていた存在だった事か? それとも、俺様を祀っていた連中が聖教徒によって皆殺しにされたことか?」
「えっ……」
「やめろ!!」
ラクトが理解の追いつかない声を漏らしたのと、シルフィが剣を抜いたのは同時だった。
「少年。こんな男の言うことに耳を貸すな」
切先をダンテに突きつけて、彼女は言った。
「君は、ただ主を信じろ。教えに背いた私にこんなことを言われたくはないだろうが、それでも。信じるんだ」
力強く、そう断言する。
彼女は知っている。
ダンテの話が真実であると。
それは、彼の中で響く何億という怨嗟の声を聞いたから。
聖教を恨み、憎み、呪う人々の絶叫と、彼らの記憶。その全てを知ったから。
だが、この少年は知らない。
知らなくていいし、知る必要もない。
そもそも。かつて、神の名の下にどのような非道が行われたとしても、今、この国に生きている人々に罪はない。
数百年前に殺された人々の無念と憎悪を知って、彼らを悼むことはできても、もう救ってやることはできないのだ。
だから、これは終わった話なのだ。
いや。私が終わらせる話なのだ。
シルフィは心の中で、そう呟いた。
この馬鹿げた殺し合いを。繰り返される悲劇の連鎖を。止まない、あの怨嗟を。
たとえ全ての人々から恨まれることになろうとも。全ての者から憎まれることになろうとも。たとえ、全てのものから呪われることになろうとも。
それだけのことを、私はしたのだから。




