043
『聖教は滅ぼすのだ。聖教徒は皆殺すのだ。それが我に捧げられた願いなのだ。殺す、殺す、殺す。一人残らず、蛆の苗床になるがいい』
ぎち、ぎち、ぎち、と。憎悪の音を鳴らしている妖魔になど目もくれず、ダンテは通りに転がっているシルフィを見下ろした。
うつ伏せに倒れたまま、ピクリとも動かない彼女は誰の目から見ても死体そのものだ。
ダンテがそれを何食わぬ表情で見つめていると、ぎちぎちと勝ち誇るような音が通りに響いた。
『これで貴様の駒もなくなった』
「は? 何が?」
嘲笑うようなその音に、ダンテは本当に何を言っているのか分からないという顔で、首を傾げた。
「まさか、お前。こいつがもう終わりだとでも思ってるのか?」
馬鹿にしたように笑う彼の足元から、ゆらりと影のようなものが立ち昇る。
それに妖魔が警戒するように身構えた。
だが、その影は妖魔ではなく、シルフィに向けて伸びてゆく。死体そのものの彼女の身体を包み込んで、そして。
『なに……』
ぎち、と。漏れたのは驚愕の音。
「なぁに驚いてんだ?」
せせら笑うように、ダンテがそれに答えた。
彼の足元では、散々に破壊し尽くされたはずのシルフィが動き出している。
その身を包む黒い力の流れに従って、零れた臓物が腹の中へ、心臓に穿たれた穴が塞がり、割れた頭蓋骨がみるみる内に元へ戻ってゆく。
「腹を裂いた。心臓を穿った。頭を吹き飛ばした。肉体をどれほど壊したところで、そんなことは関係ない。俺がコイツに暮れてやったのはその程度の加護じゃあない。お前の作った使い捨ての呪骸なんぞと一緒にされちゃあ困るね。コイツは、コイツ自身の魂が壊れない限り、何度でも甦る」
黒い夜の中に、ダンテの哄笑が響いた。
「さあ、刮目するがいい。コイツはいずれ神をも殺す、俺の最高傑作。我が愛しの抜魂鬼」
羽衣のように闇を纏いながら、シルフィが立ち上がった。
その手が剣を掴み、顔が上を向く。
ゆっくりと開かれた瞳に宿るのは、血よりも赤く、炎よりも激しい妖光。
「さあ、どうした」
立ち上がったシルフィの後ろから、ダンテは妖魔に向けて右腕を伸ばした。
それをゆらゆらと、誘うように揺らしながら彼は凄惨に笑う。
「どうした。お前もさっさと、あそこに転がっている蟲どもを蘇らせてみたらどうだ?」
嘲笑うようなダンテの言葉と共に、シルフィが妖魔に向けて飛んだ。
先ほどよりも遥かに早い。爆発的な踏み込み。
たったの一呼吸も置かずに妖魔へ肉薄した彼女が、手にした剣を無造作に一閃する。
その斬撃は大気を砕き、通りの石畳を割った。
『ぐっ……』
辛うじてその剣閃を躱した妖魔は、シルフィの脇をすり抜けると、ダンテの下へと疾駆した。
「お?」
思いがけないその行動に、ダンテの顔に面白がるような笑みが浮かぶ。
妖魔が襤褸切れの下から、毒手を突き出した。
狙っているのは、ダンテが首にかけている銀細工。
翡翠の宝石が嵌め込まれた聖印。
恐らく。それが。
しかし、妖魔の呪骸が宝石を砕くよりも早く、追いついてきたシルフィがその両足を後ろから切断した。
突進していた妖魔の態勢ががくりと崩れ、ダンテの足元に倒れ込む。
『おのれ……』
届かなかった毒針をそれでも突きだそうとする妖魔の背中に、シルフィが聖銀の剣を突き立てた。




