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『貴様……』
ゆっくりと、妖魔が振り返る。
背後に立っていたのは、薄汚れた服に身を包んだ黒髪の少年。
にやにやとした笑みを浮かべている彼に、呪骸たちは何故か近づこうともしない。
『この気配……間違いない、貴様か。貴様があの小娘に』
空気を焦げ付かせるような憎悪を発しながら、妖魔が絶叫する。
『何故だ!? 何故、我と同じものであるはずの貴様が! 聖教徒に味方をする!?』
「は。おいおい、お前と俺様を一緒にすんなよ」
喚きたてる妖魔に、ダンテはせせら笑うような声で応じた。
「別に聖教徒に味方してるわけじゃねえ。……しっかし、何だその姿は。我が身を差し出してくれるような信徒もいなかったのか?」
『黙れ!!』
怒鳴られたダンテが肩を竦める。
そんな彼に、妖魔は礼拝堂に籠る聖教徒たちを守るようにして戦っているシルフィを腕で示した。
『聖教徒に味方しているわけではない? ならば、あれはなんだ!?』
「ああ。良い女だろ?」
妖魔の詰め寄るような問に、ダンテはまるで答えになっていない言葉で答えた。
「誰よりもヤツを慕い、何よりもヤツを信じていながら、ヤツに見捨てられた、どうしようもなく哀れな、迷える子羊。だから俺が奪ってやった。もうヤツのものじゃない。俺のものだ。どうやらヤツは気付いてもいないらしいが、いずれ分かる。俺がいったい、どれだけのものを奪ってやったのかを」
彼は誇るように、そう胸を張る。
『何を、何を言っている……奴らが憎くないのか!? 奴らの神が憎くないのか!?』
妖魔が地団太を踏むように喚いた。
『忘れたのか、奴らが、聖教徒が、我らに何をしたのかを!?』
「忘れるものかよ」
妖魔の叫びに、ダンテは小さな声で答えた。
彼は今まさにシルフィが守り続けている者たちへ目を向けた。
その瞳に宿っているのは、隠しようもない憎悪と憤怒。
「忘れるものかよ。村を焼かれた少年の慟哭も。目の前で恋人を犯された青年の憤怒も。長年連れ添った伴侶を殺された老婆の悲哀も。何一つ」
これまでの気の抜けた声とは何もかも違う。
少年の姿には不釣り合いな、老練な響きのある声で、彼は言った。
『ならば何故! その怨嗟をもって、奴らを戮殺しない!?』
ぎちぎちと妖魔が怒鳴り散らす。
「無駄だからだ」
それに、ダンテはあっさりと答えた。
「貴様こそ、なんでこんなところでちまちまと聖教徒を殺している」
『当然、聖教を滅ぼすためだ』
断定的な妖魔の返答に、ダンテの鼻が小馬鹿にしたような音をたてる。
「どうやって? こんな辺鄙な街で、百だか二百だかの聖教徒を殺したところで、聖教は亡びやしないぞ? どうせなら、教皇の首でも獲りに行ったらどうだ」
挑発するようなその発言に、妖魔の雰囲気がすっと変わった。
『……では。この街を滅ぼした後で、そうしよう』
禍々しい瘴気が妖魔の周囲を包む。
『だが、その前に』
ぎちり、という殺意の音とともに。
妖魔がその凶腕をダンテへと突き出した。
無数の毒針が突き出すその腕を、しかし、ダンテは避けようともしない。
目の前の光景を、まるで他人事のような顔で眺めている。
しかし。毒手が彼の胸を貫く、その直前。妖魔の腕が、半ばから断ち切られた。
肌の粟立つような絶叫をあげて、妖魔が素早く背後に飛ぶ。
今まで妖魔が立っていた空間を、暴風のような剣が一閃した。
「ご苦労。よくやった、我が下僕」
ダンテが褒めるように言った。
「誰が、何時、貴様の下僕になった」
妖魔の腕を切り落としたシルフィは、それに厳しい声で言い返した。




