032
それは男の声で、女の声で、少年の、少女の、老人の、赤子の泣き声で。
様々に叫ばれる、聖教を憎み、聖教徒を恨み、神を呪う、怨嗟の声。
頭の中で吹き荒れるその声に突き動かされるように、シルフィの両足に力が籠る。
焼けるように痛む肺に無理やり空気を詰め込んで、彼女は立ち上がった。
無数の何かが肌の下を這いまわっているような感覚とともに、砕けた骨が、潰れた内臓が、断たれた腱が、傷ついた身体が瞬く間に癒えてゆく。
「どうやら。今回も耐えられたようだな」
ダンテの楽しげな声が響いて、シルフィはそちらに顔を向けた。
視界は真っ赤に染まっている。
彼女の前には、真っ黒な影が立っていた。
それはもはや、粗末な衣服に身を包んだ、みすぼらしい少年などではない。
今や、彼はその正体を隠そうともしていなかった。
「いいか? くれぐれも。声に呑まれて、勝手に聖教徒を殺して回るなよ?」
妖魔。
神の敵と呼ばれるそれが、地の底から響くような声でそう告げる。
「分かっている」
頭の中で鳴り響き続ける怨嗟の絶叫に顔を顰めながら、シルフィは答えた。
そも。妖魔とは何か。
それは元々、神や精霊と呼ばれていた存在であった。
人々に祀られ、崇められることによって霊格を得た、意思を持つ力の集合体。
では何故、神とまで呼ばれた彼らが人々に害を成す悪魔と成り果てたのか。
それは、メルクルシア聖教国が大陸を統一するまでの数百年に渡って行った徹底的な異教弾圧。聖戦の名の下に吹き荒れた、虐殺の嵐が原因であった。
聖教は唯一絶対の神のみを信仰する教えだ。
それは同時に、唯一神以外の如何なる神秘的な存在を一切認めないということでもある。
であるから。聖教は彼らの神ならざる存在を悪魔として貶め、それらを崇拝する者たちを異教徒として蔑んだ。
異教徒は人に非ず。
そんな言葉とともに、聖なる旗印を掲げた聖教騎士団は改宗に応じない異教徒たちを容赦なく殺戮した。
そして遂には、それらを信仰し奉る民を一人残らず、大陸から絶滅させたのだ。
殺され、滅ぼされゆくその過程で、異教徒と呼ばれた者たちは、彼らの神に祈った。
聖教を憎み、聖教徒を恨み、その神を呪い、その一切を滅ぼせと願う、怨嗟の絶叫。
本来、神や精霊というのは人々のそうであって欲しいという願いが形を成したものだ。
捧げられた怨嗟の祈りを受けて、彼らの神々はその多くが悪魔という呼び名に相応しい怪物へと変貌した。
ただただ、聖教を滅ぼすという願いを果たすため、この世を彷徨う狂った霊として。
もしも。時と場所が違えばシルフィは精霊の加護を受けた者として人々から称賛されただろう。
だが、今や妖魔と呼び蔑まれる彼らの纏う神気は毒を帯び、人智を超えた加護を授け、肉体を強靭にし、傷を癒し、生命を長らえさせるその力もまた呪いに塗れている。
身の毛もよだつような瘴気をその身に纏わせて、シルフィは歩き出した。
目的はただ一つ。
聖教徒を。
「救う」




