027
門の状況は、良くはないが悪くもないといったところだった。
何度も差し込まれるイッカクカブトの角によって、門を押さえつけている男たちに死傷者が出ている。
それでも傷ついた者、あるいは刺殺された者に変わって、次々と男たちが門戸に殺到してゆく。そうして彼らが時間を稼いでいる間に、別の者たちが運ばれてきた資材をどうにか門へ打ち付けていく。
街に入り込んでくる呪骸は少なくないが、いずれも小さなものばかりだ。聖堂騎士たちで十分に対処できている。
ありったけの松明と木材を集めて燃やしているからか。通りは昼間のように明るい。
これならば、戦える。
シルフィはそう思った。
後は。朝まで耐えることができるかどうかだ。
その考えはイムザも同じようだった。
侵入してきた呪骸を切り捨てながら、懸命に部下や市民たちを叱咤している。
呪骸はともかくとして、ほとんどの妖魔は陽の光を嫌う。
太陽こそが、神が地上に贈られた恩寵の中でも最たるものだから、というのが教会の理屈である。実際はどうなのか分からないが、事実としてそうなのだ。
だからこそ、妖魔による襲撃は大抵、夜間に行われる。
そして朝日と共に去ってゆく。多くの場合で、誰一人残さずに。
中には陽の光すら意に介さないような妖魔もいるにはいるが、それは魔王などと呼ばれる存在だけだ。
そんなものが出て来たのだとしたら、聖騎士もいない状況で手の打ちようなどない。
「イムザ殿、騎士たちの中で瘴気に耐性があるものは?」
頭の中で、まだ残っている希望をどうにか数え上げながら、シルフィはイムザに駆け寄ると訊いた。
それは朝まで粘る上で、最大の問題だからだ。
「討伐隊で生き残った私と、門を押さえている二人は、ある。でなければ、今頃とうに死んでいる。だが、街に残っていた者は……どうかな。分からん」
「そうか。貴殿はまだ耐えられそうか?」
「……どうだかな」
乱れた息を整えるように大きく呼吸をしつつ、苦しそうな顔でイムザは答えた。
苦しいのは、息が乱れているからというだけではない。
シルフィはちらと彼の足元に目をやった。そこには、彼が切り捨てた蟲の死骸が積み重なっている。
死骸からは、黒い蒸気のようなものが立ち昇っている。
それは神の敵である妖魔に呪われた証。瘴気と呼ばれる毒の気だ。
呪骸との戦いで最も厄介なのは、その強靭さでも狂暴さでもない。
まるで死してなお呪いを撒き散らすかのように、傷口や死骸から漏れだす瘴気こそが最大の障害なのだった。
瘴気は呪骸との戦いで傷ついた身体を、内側からゆっくりと蝕んでゆく。
症状は咳や手足の冷えから始まって、やがては呼吸すら難しくなり、手足は痺れて動かなくなる。
戦場でこうなってしまえば、瘴気の毒が命を奪うよりも先に呪骸の餌食になってしまう。
聖堂騎士たちは瘴気の毒に耐えるため、浄化の護符を身に着けているが、それでも大量に吸い込んでしまえばただでは済まない。
今のところ、切り殺した呪骸はそれほど多くない。立ち昇る瘴気もそれほど濃くはないが、戦いが朝まで続くならば、それだけの死骸が積み重なってゆくはずだ。
「ところで。貴殿こそ大丈夫なのか」
案ずるような目を足元に向けているシルフィにイムザが訊いた。
「え。ああ、はい。私は、ええ」
答え辛そうにシルフィが頷く。
それにイムザはどこか納得した様子だった。
恐らく、故郷が妖魔に襲われたというシルフィが何故生き残れたのか。
その理由を察したのだろう。
彼の視線から逃れるように顔を背けたシルフィに、ハサミムカデが飛び掛かってきた。
驚くこともなく、彼女は剣を振るう。しかし、切り裂くことはできず、ただ跳ね飛ばしただけだった。これは剣の切れ味云々というよりも、単に腕力の問題だった。
「大したものだ」
シルフィが弾き飛ばしたハサミムカデに止めを刺しながら、イムザが感心した様に言った。
「女にしては、そうかもしれません」
彼女は悔しそうに答えた。
女のわりにやるではないか。
そう言われたのだと思ったからだった。




