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023

 ダンテがどこかへ消えてしまった後。

 シルフィは持ち帰った腕を持って、騎士隊の詰め所へと向かった。

 事情を説明してから、イムザに腕を検めてもらったところ、部下のもので間違いないようだった。

 かたじけないと深く腰を折った彼に、シルフィは逆にこれしか持ち帰れなかったことを詫びた。

 武器を失ったせいで捜索は断念せざるを得なかったが、探せばまだ遺体は見つかったかもしれないのだ。それがたとえ一部だけだったとしても。

 そう頭を下げる彼女に、イムザたちは感心しているような、呆れているような顔を向けていた。


 騎士隊への報告を終えたシルフィは、ちゃっかり後に着いてきていたラクトとともに教会へと戻った。

 結局、二晩続けてフェリン神父の好意に甘えることになってしまったことに、シルフィは情けなくなった。


「ねえ、神父様。ニナ・シュトラスレインって聖女様、知ってる?」


 夕食の席。ラクトが何気ない口調で尋ねたのがその発端だった。

 フェリン神父は少年の質問にすぐには答えず、まず口の中にあったパンをゆっくりと咀嚼してから、葡萄酒とともに飲み込んだ。

 そして、ナプキンで口元を拭ってから。


「何処で、その名を聞いたのですか」


 発せられたのは、叱責に近い声だった。


「え、いや……」


 何か不味いことを言ってしまったのかと、ラクトが戸惑ったように口籠る。

 そんな少年に、神父が言った。


「二度と、その名を口に出してはいけません」


「え、ど、どうして?」


「穢れた聖女の名前だからだ」


 混乱した様子のラクトに、そう教えたのはシルフィだった。


「あらゆる信徒の中でも最も神の傍近くに侍りその声を聞く聖女でありながら、妖魔と契約して神の敵に成り果てた、この国始まって以来、最悪の背信者。それが第12代聖女、ニナ・シュトラスレインだ」


 この国の歴史において、神を裏切り、妖魔と契約した人間というのは、実はそれほど少ないわけではない。

 そうした背信者の中で何故、ニナ・シュトラスレインだけが最悪と言われているのか。


「それは、彼女が契約した妖魔が、一体だけではないからだ。話によれば、彼女は魔王と呼ばれるものとまで契約した。デスディロイやロンゴロンド……」


「それに、アバシュール?」


 指を折って古戦場の名を読み上げるシルフィの後を、ラクトが継いだ。


「そうだ」


 彼がその名を知っていることに驚いたのか。わずかに眉を動かしたシルフィが頷く。


「いったい、誰の口からそれを聞いたのですか?」


 追及するようにフェリン神父が口を挟んだ。


「い、いや……ちょっと小耳に挟んだだけなんだ。誰が話しているのかは分からないけど、ただ、聖女で、史上最強の魔王殺しだとか言ってるのを。でも、聞いたことが無い名前だったから、神父様なら何か知っているかなと」


 ラクト少年は咄嗟に、そう嘘をついた。

 本当のことを。ダンテから、つまりシルフィの従者から聞いたと言えば、彼女の立場が悪くなるような気がしたからだ。

 そのシルフィは、口にしてはいけない名前だとは知らなかったと謝るラクトの横で黙々と食事を続けていた。


「……これは教えていなかった私の責任ですね」


 謝るラクトに、フェリン神父は葡萄酒を一口飲んでいった。


「いったい、誰がその話をしていたのかは気になりますが……しかし、魔王殺しなどと言うのは聞いたことが無い。確かにこの魔女は妖魔と契約して、恐るべき魔力を身につけたとは聞いたことがありますが……」


「それで、その人はどうなったの……?」


 好奇心から、ラクトは思わずそう訊いてしまった。

 フェリン神父が叱るような目で彼を見る。

 しまった。話してはいけないのだったと少年が反省したところで。


「死んだ」


 ぽつりと答えたのはシルフィだった。


「彼女と契約した魔王たちとともに、聖騎士たちによって討ち取られた」


 いつの間にか食事を終えていた彼女はそこで言葉を切ると、グラスに残っていた葡萄酒を飲み干した。


「かつて、妖魔と契約した者が一人残らずそうなったように。もっとも敬虔な信徒であるべき聖女だった彼女は、妖魔の恐るべき魔力に飲まれて正気を失い、数多の聖教徒たちを苦しめる魔王の下僕へと成り果てた。最悪といえば、これ以上はないほど最悪の背信者だな」


 そう語る彼女の口調は、どこか自嘲めいて聞こえた。


「その通りです」


 彼女の対面では、フェリン神父が力強く頷いていた。

 シルフィはほんのわずかに顔を伏せると、悲しそうに微笑んだ。

 それから思い出したように、私は明日、この街を出ますと言った。

 引き止める二人の言葉を無視して、彼女は二晩の寝食についての礼を言うと、部屋へ戻っていった。


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