018
「どうして?」
妖魔を倒すために、妖魔の力を借りれば良い。
そう言った自分を否定したラクトに、ダンテが訊き返した。
「どうしてって……」
ラクトは返答に困った。
説明できないわけでは無い。無いのだが、どう言葉にしたら良いのか分からないのだ。
それ程までに、それは当たり前のこと過ぎた。
確かに妖魔の力を借りれば、同じ存在である妖魔を傷つけることも、倒すこともできるかもしれない。
けれどそれは、聖教徒であれば口に出すことも許されない禁忌である。
聖教は唯一絶対の神様だけを信仰する教えだ。
この世において奇跡を行使するのは神様だけであり、それ以外の神秘的、超越的な存在を認めていない。
つまり妖魔とは、神様が定めたこの世の理を外れた存在なのだ。
それに妖魔は力を貸す時、つまり契約の際に、対価としてその人間の魂を要求するという。
魂は全て、天上に座す神様のものである。
地上に生きる人々はみな、それを貸し与えられているだけに過ぎない。
妖魔と契約するということは、神様からの借りものである魂を勝手に売り払う行為だ。
それは聖教徒にとって、最悪の背信に他ならない。
フェリン神父から教わったことを、たどたどしい言葉でそう説明したラクトに、しかしダンテは納得していない様子だった。
「そんなにいけない事なのかねぇ。だったら、お前、ニナ・シュトラスレインの事はどう思うんだ?」
「……誰? その人?」
ダンテが口にした人物の名を純粋に知らなかったので、ラクトは首を傾げた。
「誰って……百年くらい前の聖女様だろうが。史上最強の魔王殺しの」
呆れたようにそう言われて、ラクトはフェリン神父の講義を思い出す。
聖女とは教会によって一代に一人選ばれる、神の声を聞くとされる巫女の事だ。
聖女は地上における神の代弁者であり、この国では教皇に次いで重要な地位にある。
神託を直接授かる聖女は重大な祭儀を執り行う際に無くてはならない存在だからだ。
その中でも特に重要なものが、新たな聖騎士の任命である。
神に選ばれ、神の使徒となった者にその使命を告げるのだ。
聖騎士とは、その時代における最大の英雄である。
そんな彼らを人々が讃える際には、彼らを任命した歴代の聖女も合わせて語られることが多い。
ラクトは歴代聖女の名前を正確に憶えているわけでは無いが、それでも名前を聞けば、ああ、あの聖騎士を任命した人だなと思い出すことはできた。
だが、ニナ・シュトラスレインという名前の聖女は聞いたことが無い。
しかも、最強の魔王殺しとは何のことだろうか。
「はぁあ? 本当に知らんのか? デスデュロイの魔王もロンゴ=ロンドの魔王も、アバシュールも。いったい、誰が倒したと思ってるんだ。まさか、勝手に消えたとでも?」
首を捻っているラクトに、ダンテが呆れ果てたような声でそう言った。
今度はラクトも聞いたことがあった。
妖魔の中でも、特に強大な力を持つものは魔王と呼ばれ、それらが根城にしていた場所や戦場になった地名などで呼び分けられている。
ダンテが口にしたのはいずれも、魔王と聖騎士たちが戦った古戦場の名だ。
例えば、デスデュロイはある魔王が山の地下に築いた要塞のことだと伝わっている。
数千の悪鬼が潜むその要塞にたった三人の聖騎士が攻め入り、見事、これを陥落させたという英雄譚が残っていた。
しかし、そこに聖女の名など出てこない。
そもそも、魔王とは強い力を持った妖魔の事なのだから、それを倒したのは聖騎士に決まっている。
ラクトがそう話して聞かせた途端、ダンテは急に不機嫌になって黙り込んだ。
「そうか。そういうことにしたのか。如何にも、連中が考えそうなことだ。良い事は全部、カミサマのおかげ。悪い事は全部、悪魔のせい。だから言ったんだ。やめておけと。ま。これもアイツの思い通りなのかもしれないが」
静かにそう呟いた彼は、何かを懐かしむように空を仰いでいた。
「おい、ところでお前。この街には何か、旨い食い物とかないのか?」
しばらく不機嫌そうに黙り込んでいたダンテだったが、唐突に顔をあげるとそう訊いた。
「え? うーん……そうだなぁ」
それにラクトが首を捻る。
「この街の名物といえば、炉端焼きなんだけど……」
言いながら、ラクトは閑散としている通りへ目をやった。
元々、ここは南にある海沿いの都市から塩を始めとした海産物を運ぶための拠点として造られた街だ。
普段ならばこの通りも多くの行商人たちで賑わい、そんな彼らの懐を目当てに魚や海老、蟹など海の幸を焼く屋台がそこら中に立ち並んでいるのだが。
そうした海産物は鮮度が命だ。
立て続く呪骸被害のせいで交易が止まっている今は、屋台など出ているはずもない。
「それ以外だと……廻る小鹿亭なら、もしかしたら」
「お。なんだそこは。何が食えるんだ?」
ぽつりとラクトが口にした店名に、ダンテが興味津々といった様子で食いついた。
「ええと、練り肉の棒焼きっていう……練った肉を棒にくっつけて焼いたものが、そこの名物なんだけど……」
海産物ではないから、材料が残っていれば作れるかもしれない。
もっとも、店がやっているかどうかは分からない。
そう説明したラクトに、ダンテは立ち上がると、ふんぞり返るように腕を組んだ。
「よし。そこに案内しろ」
「うーん……でも、お店がやってなくても、恨まないでよ?」
「それは無理だな」
念を押すラクトに、ダンテは冗談のようにケケケと笑った。




