017
翌朝、ラクト少年が目を覚ました頃にはもう、シルフィの姿はなかった。
フェリン神父に訊いたところ、朝早くから何処かへ出掛けたそうだ。
それを聞いたラクトはいそいそと教会の手伝いを終えて、普段からこのくらい真面目にやりなさいという神父の小言を背中で聞きながら、シルフィを探そうと街へ出た。
と言っても、昨日この街へ来たばかりの彼女が行きそうな場所に心当たりなどあるはずもない。
ラクトは少し考えてから、とりあえず騎士隊の詰め所を目指すことにした。
その途中で。
「あれ? 何してんの、兄ちゃん。こんなところで」
通り掛かった民家の軒下に寝転んでいる黒髪の少年を見つけて、ラクトは驚いたように声を掛けた。
「あん? ああ、何だ。昨日のガキか」
黒髪の少年は片目を開けてラクトを一瞥すると、興味もなさそうにまた瞼を閉じてしまう。
「……もしかして兄ちゃん、ここで寝たの?」
昨日、去り際に彼が言っていた台詞を思い出しながら、ラクトが訊く。
「ん~、まぁな」
黒髪の少年は気だるそうな声でそれに応じる。
シルフィは何処に行ったのかと訊くと、知らーんという間延びした返事が返ってきた。
「ねえ、兄ちゃん……えーと、ところで名前は?」
「あー? 名前ぇ? んー……ダンテ」
名前を訪ねたラクトに、少年は記憶を掘り起こすように眉を顰めてから答えた。
「……自分の名前思い出すのに、すごい時間かかったね?」
「うるせぇなぁ。名を名乗るのなんて、久しぶりなんだよ」
疑うように訊き返したラクトへ、ダンテと名乗った少年は面倒そうに目を開けた。
「久しぶりって……」
「おう。実に百年ぶりだ。光栄に思え」
そう言って、何が面白いのか。ケケケと声をあげて笑うダンテ。
「それに、アイツに教えたところで、どうせアイツは俺の名なんて呼ばんだろうしなー」
「どんな関係なのさ、それ」
アイツというのは、シルフィの事だろう。
そう思ってラクトが訊くと、ダンテは主従だと答えた。
「じゃあ、ダンテは従者なのか」
なるほどと頷いてラクトが言う。
それにしては偉そうだなと思っていると。
「ばーか。誰が従者だ、誰が。どう見ても、ご主人様は俺様だろうが」
どう見てもそうは見えないのだが。道端に寝転んだまま、ダンテはふんぞり返るようにそう言った。
そんな彼を見下ろしながら、結局どんな関係なのだろうかとラクトは首を捻る。
だが、考えても答えが出るはずもない。
「それで、姉ちゃんが何処に行ったのか、本当に知らないの?」
なので、それ以上彼の話には付き合うこともなく、改めてそう訊きなおす。
「知らん、知らん。さっきからそればっかりだなお前……ん、まさか」
面倒そうにラクトの相手をしていたダンテが突然、何かに気付いた様子で跳ね起きた。
「お前、アイツに惚れたのか?」
にやにやと笑いながら、そんなことを言う。
「へ? いや、ちが――」
慌てて否定しようとしたラクトだが、ダンテは聞いてもいない。
「そうか、そうか。そうだよな、アイツはあの鉄面皮さえどうにかすれば、そこそこ男受けする顔してるもんなあ。まあ、ちょっと胸が貧相だが……」
うん、うんと頷きながら、勝手に話を進めてしまう。
「でもなあ、アイツを口説くのは難しいぞ? なにせ、カミサマにぞっこんだからなぁ……いや、でも割と乙女だしな。押せば案外、ころりといくかもしれん。初心だろうし。うん。もうちっと大きくなれば、お前でもいけるかもしれんぞ。多分」
そう言うと、ダンテは励ますようにラクトの背中をバシバシ叩いた。
「いや、違うって」
なんでこんな話になったのかさっぱりわからないが。
背中に回された手を払いながら、ラクトが言い返す。
「俺、将来、聖騎士になりたいんだ」
「はあ。で?」
そう宣言した彼に、ダンテは心の底からどうでも良さそうに応じた。
そんなダンテには目もくれず、少年が夢を語り出す。
「姉ちゃんみたいに、妖魔とか呪骸を倒しまくって……」
そう。だから、聞きたいことがたくさんあるのだ。
どうすれば、呪骸を切り伏せられるほど強くなれるのか。
彼女がいつまで、この街にいるのか分からないからこそ、そのきっかけだけでも聞いておきたい。
ラクトが鼻息荒くそう語るのを、ダンテは片耳に指を突っ込みながら聞いていた。
「でも。聖騎士じゃないのに、どうやって妖魔を倒すつもりなんだろう?」
昨日、シルフィに聞き逃したその質問を、ラクトはダンテにした。
従者なら、何か知っているだろうと思ったからだ。
「別に。聖騎士じゃなけりゃ、絶対に妖魔を滅ぼせねえわけじゃねえからな」
その質問に、ダンテがどうでも良さそうに答える。
どういうことかと首を捻ったラクトに、彼は言った。
「妖魔を倒せるのは何も、聖銀の武器とカミサマの力だけじゃねえってことだ。この世には摩訶不思議な力がたくさんあるからな。そもそも、お前らが妖魔と呼んでる存在の力だって――」
「それは駄目だよ」
面倒そうに説明するダンテを、ラクトがきっぱりとした声で遮った。




