009
「最初の被害が出たのは、三月ほど前のことでした」
長椅子の一つに腰を下ろしながら、フェリン神父は話始めた。
「近隣の都市と交易を行っている隊商が、期日を過ぎても戻らなかったため、雇い主の商会が街に駐屯する聖堂騎士隊へ掛け合って、捜索隊を出してもらったのですが」
話を聞きながら、シルフィは無言で頷いていた。
聖堂騎士とは人々の信仰を守るため、教会の総本山である教皇府に仕える騎士たちのことだ。
教皇府の下、いくつかの騎士団に分かれており、その成り立ち故に軍隊を持たないメルクルシア聖教国において実質的な軍事力を担っている他、各都市に駐屯する騎士隊には街の治安維持など、自警団としての役割もある。
「捜索に出た騎士たちが、西の街道で隊商の亡骸を発見したのが始まりです」
発見された時。彼らはいずれも人の形をしていなかったという。
次の犠牲者とされているのは、街に住んでいた木こりの親子だ。
ある朝、いつも通り森へ仕事に出かけて以来、今日に至るまで、終ぞ帰ってこないという。
さらに日が経つにつれて、交易商たちの被害は続出した。
「聖堂騎士たちも、隊商の護衛に着いたり、周辺の見回りを強化したりと手は尽くしたのすが……それでも、被害は増え続ける一方で」
「騎士団本部にこのことは?」
「伝令は出したそうです。団本部からは、今しばらく耐えろとの指示があったと」
シルフィの質問に、神父は力なく答えた。
「ただ」
そう言い淀むように言葉を飲んでから、フェリンは言い辛そうに先を続けた。
「その指示があったのも、かれこれ一月以上前の事で……数日前に、騎士隊はしびれを切らしたのか、魔物を討つために、討伐隊を編成して……」
「愚か者め」
神父が言い終わるよりも先に、シルフィが小さく呟いた。
結果は聞かずとも分かるのだろう。
しかし、決して罵っているような響きではなかった。むしろ、憐れんでいるようにも聞こえる。
「何人、生き残ったのですか」
シルフィの質問は直球だった。
「討伐隊として参加した者のうち、数人だと聞いています」
「そうですか」
その答えを聞いたきり、彼女はしばらく考え込むように黙った。
やがて、壁に立てかけていた剣を掴みながらフェリンに尋ねる。
「騎士隊の詰め所はどこにありますか」
「北の、正門の所ですが……どうなさるおつもりですか」
「詳しい話を聞きたい」
驚いたように訊き返した神父へ、彼女は当然のような声で答えた。
「なにか、嫌な予感がする。このあたりに潜んでいるはずの妖魔と呪骸について、少しでも情報が欲しい」
それを知ったところで、どうにかなるものでもないだろう。
そう思いつつ、神父は不安そうに彼女へ訊く。
「嫌な予感とは?」
「妖魔は、神とその信徒を深く憎んでいる。目にした聖教徒を一人残らず皆殺しにしなければいられないほどに。だというのに、何故、この街はまだ襲われていないのか。街の外に出た者だけを狙っているとしても、それは道理に合わない」
要するに、この街はとっくに滅んでいてもおかしくないのだという彼女の言葉に、フェリン神父は顔を青褪めさせた。
どうやら、彼女はよほど妖魔について詳しいようだ。
そして信じ難いことに、呪骸を両断するほどの剣士でもある。
神父は改めて、シルフィを観察した。
未だ、少女と呼んでもおかしくない年頃だ。あんな細い腕で、どうやって怪物と戦うことができるのだろうか。
やはり、どう考えてもただの流れの騎士ではない。
そんな彼の視線から何かを察したのか。
「勘違いしないで欲しいのですが」
彼女は、突き放すような声で言った。
「これは、私が勝手にやろうとしているだけです。感謝されるいわれはありません」
どうしてそこまで頑ななのだろうかと、不思議に思いながらも、フェリンは曖昧に頷いた。
特に何を、というわけでもなく、神への感謝を呟く。
今度はシルフィも、それを咎めなかった。




